2つ前の記事の訂正
2つ前の記事で年数を間違えていましたので、
年数に関わるところを訂正しました。↓
 
 2016.02.02 Tuesday 21:56 願いごと手帖 permalink  
間違えて買ってしまったスケジュール帳の使い道
今年のスケジュール帳は、
またまた F.O.B COOP を使っている…
と書いていいのだろうか。

F.O.B COOP の広尾のお店は2015年10月に閉店したとのこと。
http://roppongi.keizai.biz/column/26/

ちなみにスケジュール帳はキョクトウ・アソシエイツの商品で、
サイト内にいまも F.O.B COOP のページがあることはある。
http://www.kyokuto-note.co.jp/special/fob/

私が持っているスケジュール帳にも
華氏64度のマークが入っているから、
F.O.B COOP を使っているということでいいのかな?

ちなみに昨年とは仕様が違う商品で、
カバーが硬くて、ノートがついたもの。

去年の仕様のもののほうがまだよかったが、
もうあまりこだわらないことにした。

住めば都じゃないけど、
使えばそのうち慣れてくるし、
少し違いがあると見分けもつきやすいし。

それはそうとして、
実は手元にもう1冊スケジュール帳があるのだ。

情けないことに、
ネットで間違えて買ってしまったもの。

昨年秋、無印良品のネットショップで
買い物をする用事があり、
「そうだ!今年こそはやめに買っておくぞ!」
と思って一緒に注文して、
届いたのがB7サイズ…ショック。

B6サイズを注文したつもりだった。

「あーあ」と思いながらとりあえず保留にしたのだが、
老眼も始まったこの身にB7サイズは辛そうなので、
結局、これはこれで使い道をさがすとして、
新たに F.O.B COOP を購入したのだった。

で。

そのB7サイズのスケジュール帳の使い道が、
ひょんなことから見つかったのだ。

先日、「願いごと手帖」9年めに入っています
という記事を書いたけれど、
この9年半をふりかえるべく、noteのほうでも、
「願いごと手帖」の使い心地をあらためて
という記事を書いていた。

その際、もう一度本を手にすることになり、
これまでほとんど意識することのなかった
第7章に気持ちが向かったのだ。

第7章では、スケジュール管理術のことが
4つの項目に分けて書いてあり、その1番目が、

 1.3行スケジュールで、働きすぎを防ぐ
  〜スペースの狭いスケジュールタイプを使って。

となっている。

心配しなくても働きすぎることなど絶対にない私だが、
せっかくスペースの狭いスケジュール帳があるので
これを使わない手はない。

というわけで、
「やりたいことスケジュール帳」
として使うことにした。

ここでいう「やりたいこと」とは、
自分の趣味に関することではなく、
いってみれば、「やるべきこと」。

ただし、その日に絶対、
やらなくちゃいけないことではない。

保護者会の予定や病院の予約などは
日時が決まっているので、
「あした」というわけにはいかず、
これは絶対その日にやることだから、
本来のスケジュール帳に書く。

しかし、身の回りの雑多なことで、
あしたでもあさってでもいい、
場合によっては当分先でもいい、
へたすりゃやらなくてもいい、
でも、はやめにやっておくと気持ちいい、
ということがけっこうある。

それを「きょうやりたいこと」にしてしまうのだ。

『「願ごと手帖」の作り方』の第7章の2番目の項目では
一日の予定をその日の朝に決めることが書いてあるので、
こちらも取り入れてみることにする。

ただし、時間配分はナシ。
私のミニ手帖の場合、
そこまで決める必要はないので。

つまり、いつかやるべきことを、
きょうやりたいことに転化させて、
その日の朝にピックアップするということなのだ。
3個以内で。

候補は前日あたりから考えておいていいけど、
書き込むのは当日の朝。

そうなると、午前中からそのことを意識して、
はやめに手をつけるようになる。

まだ始めたばかりなので、
ずっとうまくいくかどうかはわからないけど、
いまのところいい感じ。

先日、娘と話をするなかで、
やりたいことは、やるべきこと
という言葉が出てきて、
なるほどねぇ!そうありたいねぇ!
と思ったばかりなのだが、
逆に、やるべきことを、
やりたいことにしてしまうという手も
あるのかもしれないと、
この手帳を使いながら思うきょうこのごろ。

つまり、作業自体はやるべきことなのだが、
結果は自分が求めていることで、
そうなってほしいことだから、
それはそれでやりたいことなんじゃなかろうか?
という具合に。

でも、あんまり「やりたいんだ!」と暗示をかけると
それはそれでどうかという話があるので、
度がすぎないようにしようと思っているところ。

そして、ブログを書くとか、本を読むとか、
そういう意味での本当に「やりたいこと」は、
スケジュール帳には書かない。

それは書かなくてもやりたければやるし、
やれなければやらないし。

しばらくはこんな感じで、
やってみようと思っている。
 2016.01.06 Wednesday 14:32 机まわり・文具 permalink  
「願いごと手帖」8年めに入っています
〔2016年2月2日訂正〕

この記事のタイトルを
 
 「願いごと手帖」9年めに入っています

にしていましたが、
8年めの間違いでしたので、
年数に関わる部分を訂正しました。
大変失礼いたしました。

------------------ 

このブログで、
カテゴリー:願いごと手帖を作って
経過を書いてきた「願いごと手帖」が、
はや8年めに入った。

こうなるとますます、
記録帳みたいな存在になってきて、
読み返すと懐かしい。

同じMDノートをいまも使っている。

「使う」といっても、
開く機会は限られているのだけれど。

8年数ヶ月のあいだに書いた願いごとは541個。
2015年の願いごとは55個。
うち赤丸がついているのは20個、
青丸がついているのが9個。

ちなみに青丸は、
そのまま叶ったわけではないけど
動きがあったもの、
気持ちがおさまったものなどにつけている。

いまだに思うことは、
ペンの色をどうしたものか、
ということ。

統一したほうがきれいなんだけど、
年を越して叶う願いもあると思うので、
その場合、年によって色を変えたほうが、
今年叶ったものがわかって楽しいのではないか?
と思ってみたり。

ただ、すでにいろんなペンを使ってしまっているので、
いまから決めてもあまり意味はなさそう。
しばらくは赤&青でつけようと思う。

なお、約2年前の段階では、
で、願いごと手帖をしばらく経験したのち、
私が自分に課していることは、
かなわないとすごく困ることは逆に書かない、
不安解消のためにこの手帖を利用しない、
ということ。
という状態だったけど、
もういまはあまりそういうことも考えず、
書きたいことを書いている。

その結果、今年一年の願いごとの根底には、
共通して私の不安のクセが含まれていると感じる。

昨年以前のものを見返してみても、
丸がついていない願いごとには
ある種の傾向がある気がする。

これらの願いごとを、
そのまま願いごとにしておくのもいいけれど、
具体的な対策を立てるのもいいかもなぁ…
と思っているところ。

と同時に、棚ぼた精神も忘れずにいたい。

さすがに8年めに入ると、
以前のような葛藤もなく、
静かに淡々と続けている感じ。

このMDノートを使い終わるころ、
いくつの願いごとが叶っているかな?
 2016.01.01 Friday 14:14 願いごと手帖 permalink  
習慣化の難しさと、習慣化のありがたさ
風邪のことについて考えようと思って、
ある2冊の本について書きかけていたら、
別のジャンルの本を開くことになった。

風邪について書こうと用意していたのは次の2冊↓

 野口晴哉『風邪の効用』
 村上一裕『一生風邪をひかない体のつくり方』

別のジャンルの本というのはこちら↓

 石川善樹『最後のダイエット』

最初の野口晴哉の本はひとまずおいといて、
あとの2冊について考えると、
結局、習慣化の問題なのだなぁ
と思うにいたった。

いままでなかったよい習慣をつける、
いままであったわるい習慣をなくすというのは
けっこう難しいと自分では思う。

つまり、力がいる。

でも、一度習慣化してしまえば、
もう力がいらないんだよな…
逆にいらないんだよな…
とも思う。

『最後のダイエット』によると、
「習慣」を司るのは、人間の脳のうち、
いちばん中心部にある古い脳であるらしい。

この脳の特徴は、
「大きな変化」を極度に嫌がる
ということなんだそう。(p.110)

だから、古い脳をうまく「だまして」、
新しい行動を受け入れさせるかどうかがカギになる。

では、古い脳とうまく付き合いながら、
新しい習慣をつくるにはどうしたらいいか。

それは、「少しずつ始める」のがいい、と。

古い脳は頑固だけど、単純。
大きな変化を小さな行動に分解して、
少しずつ実行することで、
古い脳をうまくだますことができる、
ということらしい。(p.112)

そこは工夫のしどころかもしれない。

また、いつもの習慣の"ついで”に始めることや、
本来の目的以外の喜び・楽しさを見つけることなどの
ヒントも書かれてある。

本を読むと面白いのだけれど、
実行するのはなかなか難しい。

たとえば現在私は、「こまめに水分補給をする」
ということを習慣化させようとしているのだが、
たったこれだけのことでも難しい。

でも考えてみたら、「こまめに」というのは
一日中かかることなので、
もう少し時間的にピンポイントですむことを
習慣化の手始めにすればよかったかもしれない。

さて、どれを選ぼうか。

という最初の選択と、
どうするかを決めること、
そして実行し始めるときは、
やっぱり意志の力(と言っていいのだろうか?)
がいるよなぁ、と思うことであった。
 2015.12.15 Tuesday 16:11 健康 permalink  
今年の初夏から着ることについて考えなおそうとしている話
今年の初夏に、

山本あきこ『いつもの服をそのまま着ているだけなのになぜだかおしゃれに見える』
(ダイヤモンド社/2015年)


という本に出会った。

これをきっかけに、
「洋服」や「着ること」について考えなおそうと思い、
あれこれ試したこの半年。

その様子をnote内のマガジンに綴っています↓

【ずぼら50検】

なぜこういうタイトルになっているかというと、
「ずぼら50代女もいつもの服を着て
 なぜだかおしゃれに見えることがあり得るか?」
を検証する試みだったので。

しかし、「ずぼら」ではおしゃれになれないという結論が
早々に出た。「ずぼら」の在り方にもよるのだが。

 って、「ずぼら」の在り方ってなんだー!?

とにもかくにも、
おしゃれとはほど遠いところで生きてきた私に、
何かがヒットしたらしい。

このご縁をより活かすため、
さてどうしたらよいものかと
考え込む冬の始まりだったのだけれど、
ひとまずブログのほうで
ゆるゆると続けていこうかと思い、
先にカテゴリーをつくってみたしだい。

カテゴリー名は「50代の洋服と着方」でございます。

さて、寒がりの私は、
この冬、何をどう着るのでしょうか!?
 2015.11.20 Friday 13:59 50代の洋服と着方 permalink  
はじめての大腸内視鏡検査
ブログは検索性の高い記録の場になるということを
いまさらのように感じるきょうこのごろ。

どうせならもっとはやく書いておけばよかったけれど
いまからでも遅くないかもしれないと思い立ち、
記憶をたどりつつ書いてみる「はじめての大腸内視鏡検査」。
(あいまいになっているところもあるので
 おおよその記録になってしまうけれど)

まずは病院選び。

自宅からそれほど遠くない距離にある病院を
ネットで2つほど見つけて検討して、
ようやく1つに心が決まって電話してみれば、
予約がとれるのがだいぶ先とのこと。

あんまり先だと予定が立たないので、
その病院はあきらめることにして、
自宅から歩いていける距離にある
別の病院を見つけて予約。
1ヶ月以内の予約がとれた。

大腸の内視鏡検査の場合、
出すものを出すという準備がいるわけで、
私が予約した病院の場合、
検査の1週間くらい前までに一度病院に行って説明を受け、
検査食や下剤をもらって
自宅で大腸をからっぽにしてから病院にいくというシステム。

「どちらかというと便秘ぎみ」と申請したせいか、
検査の3日前から飲む、便をやわらかくする薬も処方された。

下剤は前日の夜と当日の午前中に分けて飲んだのだったのだと思う。

チェックをつけていくスケジュール表を渡されたのだが、
検査のときに病院に提出したのでいま手元に残っておらず。

下剤は確かマグコロールPだった。
飲みにくくはなかったので、
ものすごく苦労はしなかったけれど、
「ぜんぜん平気〜」と言えるほどでもなかったと記憶している。
何しろ、特に飲みたくもない液体を、
間隔をあけつつも飲み続けなくてはいけないので。

排便もわりとスムーズだったんじゃないかと思う。
(はじめてのことだし、人と比較のしようもないけれど)
少なくとも、なかなか出ないとか、
出るものがきれいにならないとかいうことはなかった。
病院に行く時間は 13:20 。

検査着に着替えて待合室で待つ。

1人用のゆったりしたソファーが
カーテンで仕切られている場所。

準備も終わっているので、
すぐに検査なのかな?と思いきや、
待ち時間が思ったよりも長かった。

といっても、1時間以内だったとは思うけれど。

そして検査。

確か注射をしたが、なんの注射が覚えておらず。

検査後に休んでから帰るということもなかったので、
鎮静剤というわけでもなかったのだろうか?

でもそれにしては検査の違和感がなかった。

子宮筋腫のことはあらかじめ伝えてあったのだが、
もしかすると筋腫の影響で
ちょっと入りにくいところがあったのかもしれない。
先生がそんなことをつぶやいていたような気がする。

検査の時間は、時計は確認しなかったけれど、
感覚としては15分くらいだった。

ポリープや癌はなかったが、
炎症を起こしているところがあったので、
その検査をすることになり、
結果を聞きに後日病院へ。
 
そのときにはじめて自分の大腸の写真を見た。
(リアルタイムでは見なかった)
 
とにかく全編(編?)通して
いちばん大変…というか緊張したのは、
「検査のための準備の手順の説明」
を聞いたときだったような気がする。

いま思えば特に難しいことはないのだけれど、
説明をきいたときには、
スケジュール通りにできるかなぁ…と
プレッシャーを感じてしまったしだい。

結局、その気持ちのほうが、
下剤や実際の検査よりも負担だった気がする。

一度経験したから、次回のときは、
もう少し余裕をもって取り組めるかな!?

ちなみに同じ大腸内視鏡検査でも、
病院によって、あるいは患者さんによって、
準備のしかたにはいろいろあるのだろう。

私にはこの方式が向いていた気がする。
 2015.10.04 Sunday 15:24 健康 permalink  
強迫行為と、告白と、SNSと。
昨年12月に、

不安神経症・心配性を自分で治す実践ノート
(高田明和/リヨン社)

という本を買った。

熟読はしておらず、
ノートの「実践」もしていないのだけれど、
p.92〜97に示してある「強迫行為の分類」の
次の一項目にハッとして、
それがひとつの収穫になった。

2.何かを言わなくてはいけない、告白しなくてはいけないと思い、行動する。

(p.97)

そんな強迫行為があるなんて、初めて知った。

確かにそう言われれば、
ほんの少し心あたりがある。

  ただ、検索してみると、
  ニュアンスの違う「告白」行為が
  示されているサイトもあるので、
  「強迫」と「告白」の関係については
  もうちょっと深めて考えてみたいところ。
 
私はふだん、とても「話したがり」だ。
でもそれは、上記のような「強迫行為」ではなく、
単なる「おしゃべり」だと自分では思っている。

しかし、そんな私も、
web上に書く記事に対しては、
ある程度、配慮するようにしている。

何事も相対的なものだと思うので、
web上で発信していない人からすれば、
ブログを書いたり、
SNSをしたりしていることそのものが
「無用心」に思えるかもしれないが、
少なくともリアルな生活のように
「おしゃべり」ではないつもりでいる。
(あたりまえのことですが)

しかし、過去をふりかえってみると、
直接書く文章の内容とは別のことで、
「あっ、あれ、強迫行為としての告白だったかも…」
と思える出来事がある。

それは何かというと、
自分のブログなりnoteなりtwitterなりで
どなたかの記事をリンクしたときや
文章に言及したときに、
「(その事実を)知らせなきゃ」と思う気持ちが
生じる場合があること。

いつでもそうなるわけではない。

たとえば、このブログの左側のサイドバーにある本、
つまりブログで本格的に感想を書いている本の著者に対して、
自分からコンタクトをとろうとしたことはない。

 むしろ、更新をツイートすると著者が見つけてくれて、
 先方から何らかのリアクションをいただいたりする。
 (RTという形で「使って」もらったり…)

不思議なもので、
そのレベルまでいかない言及やリンクのときに、
ちょっと報告したくなってしまうことがあるのだ。

あったのだ。

なんというのか、そうしないと、内容に関わらず、
「陰口」を言っているような
そんな気分になってしまうから…
だったのではないかと思う。

リンクしたそのときは気にならなかったのに、
あとから心配になったりするのでタチがわるい。

ちなみに、いまだに
無断でOKなのか判断できないのは、
ツイートの埋め込み。
twitterにそういう機能がついているんだから
勝手にやっていいような気もするが、
いいんでしょうかね?

読む側からすると、リンク先を開くより、
直接読めたほうがいいですよね。

気になるなら、URLをリンクして、
「引用」すればいいのかしらん?

記憶にある限りでは、
過去に2回埋め込みをして、
どちらも報告をした。

あらためて考えてみると、
面識がない人や有名人と、
簡単にコンタクトをとることができる、
そういう時代だからこそ、
「報告しておこうかどうしようか」
と迷うことができるんだよなぁ、
と、しみじみ思う。

もちろん、相手がweb上に
連絡経路を作ってくれていればの話なのだが、
twitterをやっていてもらえれば、
すぐに「報告」ができてしまうわけであり。

自分が書いた記事を読んでほしいというより、
ある種の「義務感」がそうさせている。

しかし、知らせるということは、
一般的に、「読んでほしい」ということの
意思表示とみなされるだろう。

ともすれば相手のリアクションを求める行為にもなるし、
場合によっては、許可を求める形にもなる。

なので、下手すりゃ先方に負担をかけてしまう。
いや、下手しなくても、確実に負担をかけてしまうだろう。

じゃあ、自分だったらどうだろうか?

立場を入れ替えて考えてみた。

私は有名人ではないので、
自分のブログの記事やツイートに対して
言及されることはほとんどなく、
したがって「報告」を受けることもないわけだが、
エゴサーチしてみるとゼロではなくて、
たまに見つけることがある。

そういうとき、
「報告もなしに勝手にリンク(言及)してぇ…!」
と思ったことはない。思うわけがない。

大抵、
「わあ、読んでもらっているんだ、うれしい!」
と感じる。

また、場合によってはむしろ、
報告ナシで助かることもある。
報告されるとリアクションしなくちゃいけないから…
(義務はないだろうが、心情的に)

web上で発信されたものは、
どんなものであっても、
「どうぞご自由に読んでください」
「どうぞご自由にリンクして、
 ご自由に言及してください」
ということを前提としているのではなかろうか?

先ほども書いたように、このご時勢、
逆に「エゴサーチ」というものができる。

ということは、
自分が放った文章に言及している人がいるかどうか、
どういうふうに言及されているのか、
どういうふうに読まれているのかについて、
ものすごく興味がある人は、
自分で見つけようとするだろう。
知らせるまでもなく。

そして、そういうことに興味がない人は、
エゴサーチもしないだろう。

また、エゴサーチしたい気分のときと、
そうじゃない気分のときもあるのではなかろうか?

だから、いちいち報告しなくていいんじゃないかな…
と、思うようにしようかな…
と最近は思っている。

もちろん、ケースバイケースだと思うので、
「あ、これ、告白したい強迫行為だな」
と感じたときに、
「報告」を控えるといいのかもしれないなぁ、
と自分に言っているところ。

読んでいることを知らせたい!
触発されて記事を書いたことを知らせたい!
そして読んでほしい!
と思うことも確かにあるので、
そういうときに控える必要もないだろうて。

ところで。

先ほど、面識がない相手でも有名人でも、
「こちらの存在をお手軽に知らせることができる」、
そういう時代なんだということを書いたが、
そもそもそういう時代であればこそ、
私のような一般人が、不特定多数を相手に、
何かを紹介したり、何かに言及したりすることが
できるわけなんだよなぁ、ということも思う。



ちょっと関連した話題として、
少し前にこういう興味深い話を知ったので、
よろしければどうぞ…↓

ニュースサイトのリンク条件の不思議
 2015.03.21 Saturday 13:14 強迫神経症/森田療法 permalink  
「自分に起こることには、すべて積極的な理由がある」か?
というわけで、
玄侑宗久『まわりみち極楽論』(朝日文庫)
「十七 幸と不幸」のなかの、
「自分に起こることには、すべて積極的な理由がある」
という一節について考えてみたい。

このフレーズをきいただけで、
「そんなことはあるはずない、すべては偶然だ、
 理由を見出すのは勝手な解釈だ」
と思う人もいるかもしれない。

というか、私もそう思っている部分がある。

実際、そうなんだと思う。

だから、もし、こういう考え方をしなくても
日々平穏に暮らしていけるのならば、
この言葉はその人にとって、
あるいはその人のいまの状態にとって
必要ないものだと思う。

しかし、ときにはこの言葉が、
そのときの自分を救ってくれる、
ということがあるのではなかろうか。

玄侑さんいわく、
幸・不幸というのは
喜怒哀楽のような一次感情ではなく、
二次感情だ、と。

つまり、自分の身に起こった出来事に対する
単純な反応としての感情ではない。

ということは、幸・不幸というのは、
起こった出来事じたいじゃなくて、
それを受け止める人生観次第ということに
なりはしないか?という話。

起こるべきことを人間が選べないのなら、
不可抗力的なできごとならなおさら、
楽しく受けとめることができるよう、
心をシフトする。

楽しさが極楽の入り口。

そんなこと言われたって今苦しい、
この事態はどうすればいいのか?
と訊かれるかもしれない。

玄侑さんはここで、
「解決」と「消失」の話を出している。

大抵の人は、悩みや苦しみというのは
解決すべきものだと思っている。

しかし玄侑さんの場合、自分の過去を振り返っても、
解決したわけじゃないというケースが数多くある、
とのこと。

解決したんじゃなければ、どうなったのかというと、
いつのまにか消失した。

言葉を変えれば「気にならなくなった」。

そんなことを言うと社会運動をしている方に
叱られるかもしれないが…と話は続くのだが、
玄侑さんが問題にしているのは
「環境がどうあろうと感じることのできる幸せ」のこと。
もっと言えば「幸せ」ではなく「楽」のこと。

極端な言い方をすれば、
例えば病気で入院している人は、
退院するまで幸せを感じることができないのか、
ということでもある、と。

話は前後するのだが、玄侑さんはこれより少し前で
「幸福」と「楽」との違いについて語っている。
(このブログで2年前の春に書いた
 「れんげ畑」でも触れています)

幸福は飽くまでも欲望の延長。
子孫繁栄とか富とか長寿とか、
自分の外側に求める態度。

対して楽というのは、
そうした求める心が止んで
内側から充足している状態ではないか。

先ほど割愛した「社会運動をしている方に…」
のところで、玄侑さんは具体例をあげて、
それはそれで立派なことであるとして、
「楽」のことを書いておられるのだが、
私が思ったのは、
おそらく「社会運動」に終わりはない、
ということ。
意味がないのではなく、
終わりがないということ。

何か1つのことが、
なんらかの形で「解決」をしても、
問題がゼロになることはない。

この世は自分の思い通りにはいかない。

そのなかでどう心の平安を感じるか…
というところに目を向けた話なのだと思う。

まだまだあれこれ、
11ページにわたって書かれている幸・不幸の話を、
かなり端折ってごく一部だけ抜き出してみたが、
玄侑さんはこの一節を、
次の2つの言葉でまとめておられるのだった。

  自分には「すでに全てが与えられている」

 「全てのことは自分が何かを学び、深まるために起こる」

 
 2015.03.15 Sunday 23:25 50代の健康 permalink  
ヘトヘトの冬から何かを得られるか?
今年の冬は、長かった。
(↑もう過去形にして終わらせてるしー)

年が明けてからも長かった。

 1月は行って、
 2月は逃げて、
 3月は去る・・・

のではなかったのか?

まずは12月。

治療済みの歯が
特に原因もわからず痛くなって、
神経を抜くことになった()。
神経ぎりぎりまで治療していたので、
限界だったのだろうということ。

そして12月下旬、
娘がウィルス性胃腸炎にかかる

1月下旬になると、
私がよくわからない風邪で寝込み、
そのあと娘がインフルエンザ発症。

それが落ち着いたころ、
ヘルニア発症となったしだい。

ちなみに、発症翌日もけっこう痛かったので、
薬を増やしてもらいに病院に行ったのだが、
速効性があるものではないそうで、
まだ1日しかたっていないし、
そのまま様子を診ることになった。
このくらいは痛いものであるらしい。

ついでに帰りがけの買い物で、
ちょっとしたヘマをし、
それがまた不安をよび・・・

なんだかんだで、そんなこんなで、
娘の前でおいおい泣いてしまった。

いったい、何の行いがわるかったのだろうか?

もしかして母の弔い方が足りなかったか?
なんてことも一瞬思いそうになったが、
そんなふうに思われたら
母もたまったもんじゃないだろう。
「え!おかあさんのせい〜!?」
ってな感じで。

 あるいは、私自身に自覚はなくとも、
 深いところで、母の死から
 それなりのダメージを受けているということは
 ない話じゃないとは思う。

ちなみに、風邪で調子をくずしたとき、
寝込んで考え込んで2つの答えを出した

ひとつは「運動不足解消」という
とても単純な答え。

もうひとつは
「世の中いろいろなことがわからない」
ということ。

でも、あいかわらず「理由」を求めてしまうワタシ。

わからないことは不安だから。

次の対策が立てられないから。

しかし・・・

考えてみれば、娘の胃腸炎とインフルエンザは
季節の感染症であり、「なぜ」も何もないわけで。

しかも私はうつっていないわけだから、
むしろラッキーだったと思うべきかもしれないわけで。
(私の風邪も実はインフルエンザだったとか)

歯、風邪、ヘルニアに直接関係は関係はなくとも、
加齢というのがひとつの要素になっているのなら、
それはそれで立派な理由とも言えるわけで。

それ以降も大きなことから小さなことまで
心配事は続いていて、
それらが関連しあって連鎖しているのか、
独立したものがたまたま連続しているのか、
わからずにいる。

で、考えているうちに思いいたった。

欲しているのは理由じゃない。

何かのメッセージに転化したいんだ。

それがまだできずにいるから、落ち着かないんだ。



玄侑宗久『まわりみち極楽論』(朝日文庫)
「十七 幸と不幸」のなかに、
「自分に起こることには、すべて積極的な理由がある」
という一節がある。

次回は、そのことについて書いてみたい。

(つづく)
 2015.03.13 Friday 21:33 50代の健康 permalink  
頚椎椎間板ヘルニア発症中
2月初め、頚椎椎間板ヘルニアを発症してしまった。

発症する少し前くらいから、
首を横に倒したときに痛みを感じるようになっていて、
一応、人並みに肩こりや首こりはあるほうだから、
その延長かなぁ…なんて思っていた。

で、ネットで検索をかけて、
いくつかの体操をしてみたのだけれど、
たぶん、これがいけなかった。
最後のひとおしをしちゃったんだと思う。

ある朝、左肩から左腕のあたりに
これまで経験したことのないような
痛みが生じて目が覚める。

「強い鈍痛」という、矛盾した表現をしたいような痛み。

手持ちの鎮痛剤を飲んでみたが、効果がない。

どうにもこうにも身の置き所がなくて
救急車を呼ぼうかと思ったくらい。

なんとか耐えて、
以前、娘がお世話になった整形外科へ歩いて行く。

レントゲンを撮ってもらったところ、
首の骨と骨の間が狭くなっている…と、
言われたような気がするんだけど、
よく覚えていない。

で、ヘルニアがあるかどうかを確認するため、
MRIのある医療機関を紹介され、
予約をとってもらい、タクシーで向かう。
首固定のカラーをつけて。

MRIの順番を待つあいだ、
処方された薬を飲む。

そして初のMRI体験。

なんだかみょーに眠くて、
ガッタンガッタン聞こえているなか、
3回は寝た。

ふと目が覚めて
「何やってるんだろう私…」
と思ってみたり。

「ここなら熟睡できるかも…」とも。

あとでわかったのだが、
4種類ある薬のうち、
痛み止めの2種類を、
1錠×1日2回飲めばよいのに、
2錠ずつ飲んでしまったのだ。
たぶんその影響だと思う。

MRIが終わったあとも眠かったし、
少しふらついたし。

薬は注意して飲まなくては…!

MRIの結果を聞けたのは6日後。
結局、ヘルニアだったらしい。

原因はわからないとのこと。

ううむ。

ひっこむのに3ヶ月くらいかかるそうだが、
薬の処方と首固定のカラーだけでなんとかなるようで、
手術やリハビリは必要ないらしく、そこは一安心。

最初の1週間くらいは、
それなりに痛みが続いたのだけれど、
だんだんとおさまってきて、
発症して1ヶ月と1週間の現在は、
だいぶラクになって、
いまはほとんど痛みはない。

薬を少しずつ減らしていくということで、
現在、1段階減ったところ。

4月いっぱい
首固定カラーをつけることになるわけだけれど、
夏じゃなくてホントよかったですー。

 でも、そろそろ髪を切りに行きたいなぁ…

ちなみに首固定のカラーが水色で目立つので
伸縮性のあるモノトーンの生地で
姉にカバーを作ってもらったのだが、
単独でも太めのネックウォーマーに見えるし、
マフラーをすればほとんど違和感がないので、
こちらか言わないとカラーとわからず、
逆に、「実は首のヘルニアになっちゃってねー」と
こちらから報告をする状況になっている。

こりゃ目立ったほうが話がはやいかしらん!?

ちなみに、水色の本体に水色のカバーがついているのだが、
けっこう汚れる。

病院で購入したとき、
ガーゼなどをはさむとよいという
アドバイスがあったので、
うちではミニタオルを巻いている。

カバーの替え、売ってないかな?

・・・じゃなくて、
これが一時的なものですむようにしたいよーー

とはいえ、原因不明だと、
対処のしようもないのだけれど。

少なくとも、
自己判断で余計なことをすることはやめよう、うん。
 
 2015.03.11 Wednesday 10:16 50代の健康 permalink