「願いごと手帖」8年めに入っています

このブログで、
カテゴリー:願いごと手帖を作って
経過を書いてきた「願いごと手帖」が、
はや8年めに入った。

こうなるとますます、
記録帳みたいな存在になってきて、
読み返すと懐かしい。

同じMDノートをいまも使っている。

「使う」といっても、
開く機会は限られているのだけれど。

8年数ヶ月のあいだに書いた願いごとは541個。
2015年の願いごとは55個。
うち赤丸がついているのは20個、
青丸がついているのが9個。

ちなみに青丸は、
そのまま叶ったわけではないけど
動きがあったもの、
気持ちがおさまったものなどにつけている。

いまだに思うことは、
ペンの色をどうしたものか、
ということ。

統一したほうがきれいなんだけど、
年を越して叶う願いもあると思うので、
その場合、年によって色を変えたほうが、
今年叶ったものがわかって楽しいのではないか?
と思ってみたり。

ただ、すでにいろんなペンを使ってしまっているので、
いまから決めてもあまり意味はなさそう。
しばらくは赤&青でつけようと思う。

なお、約2年前の段階では、
で、願いごと手帖をしばらく経験したのち、
私が自分に課していることは、
かなわないとすごく困ることは逆に書かない、
不安解消のためにこの手帖を利用しない、
ということ。
という状態だったけど、
もういまはあまりそういうことも考えず、
書きたいことを書いている。

その結果、今年一年の願いごとの根底には、
共通して私の不安のクセが含まれていると感じる。

昨年以前のものを見返してみても、
丸がついていない願いごとには
ある種の傾向がある気がする。

これらの願いごとを、
そのまま願いごとにしておくのもいいけれど、
具体的な対策を立てるのもいいかもなぁ…
と思っているところ。

と同時に、棚ぼた精神も忘れずにいたい。

さすがに8年めに入ると、
以前のような葛藤もなく、
静かに淡々と続けている感じ。

このMDノートを使い終わるころ、
いくつの願いごとが叶っているかな?
 2016.01.01 Friday 14:14 願いごと手帖 permalink  
はじめての大腸内視鏡検査
ブログは検索性の高い記録の場になるということを
いまさらのように感じるきょうこのごろ。

どうせならもっとはやく書いておけばよかったけれど
いまからでも遅くないかもしれないと思い立ち、
記憶をたどりつつ書いてみる「はじめての大腸内視鏡検査」。
(あいまいになっているところもあるので
 おおよその記録になってしまうけれど)

まずは病院選び。

自宅からそれほど遠くない距離にある病院を
ネットで2つほど見つけて検討して、
ようやく1つに心が決まって電話してみれば、
予約がとれるのがだいぶ先とのこと。

あんまり先だと予定が立たないので、
その病院はあきらめることにして、
自宅から歩いていける距離にある
別の病院を見つけて予約。
1ヶ月以内の予約がとれた。

大腸の内視鏡検査の場合、
出すものを出すという準備がいるわけで、
私が予約した病院の場合、
検査の1週間くらい前までに一度病院に行って説明を受け、
検査食や下剤をもらって
自宅で大腸をからっぽにしてから病院にいくというシステム。

「どちらかというと便秘ぎみ」と申請したせいか、
検査の3日前から飲む、便をやわらかくする薬も処方された。

下剤は前日の夜と当日の午前中に分けて飲んだのだったのだと思う。

チェックをつけていくスケジュール表を渡されたのだが、
検査のときに病院に提出したのでいま手元に残っておらず。

下剤は確かマグコロールPだった。
飲みにくくはなかったので、
ものすごく苦労はしなかったけれど、
「ぜんぜん平気〜」と言えるほどでもなかったと記憶している。
何しろ、特に飲みたくもない液体を、
間隔をあけつつも飲み続けなくてはいけないので。

排便もわりとスムーズだったんじゃないかと思う。
(はじめてのことだし、人と比較のしようもないけれど)
少なくとも、なかなか出ないとか、
出るものがきれいにならないとかいうことはなかった。
病院に行く時間は 13:20 。

検査着に着替えて待合室で待つ。

1人用のゆったりしたソファーが
カーテンで仕切られている場所。

準備も終わっているので、
すぐに検査なのかな?と思いきや、
待ち時間が思ったよりも長かった。

といっても、1時間以内だったとは思うけれど。

そして検査。

確か注射をしたが、なんの注射が覚えておらず。

検査後に休んでから帰るということもなかったので、
鎮静剤というわけでもなかったのだろうか?

でもそれにしては検査の違和感がなかった。

子宮筋腫のことはあらかじめ伝えてあったのだが、
もしかすると筋腫の影響で
ちょっと入りにくいところがあったのかもしれない。
先生がそんなことをつぶやいていたような気がする。

検査の時間は、時計は確認しなかったけれど、
感覚としては15分くらいだった。

ポリープや癌はなかったが、
炎症を起こしているところがあったので、
その検査をすることになり、
結果を聞きに後日病院へ。
 
そのときにはじめて自分の大腸の写真を見た。
(リアルタイムでは見なかった)
 
とにかく全編(編?)通して
いちばん大変…というか緊張したのは、
「検査のための準備の手順の説明」
を聞いたときだったような気がする。

いま思えば特に難しいことはないのだけれど、
説明をきいたときには、
スケジュール通りにできるかなぁ…と
プレッシャーを感じてしまったしだい。

結局、その気持ちのほうが、
下剤や実際の検査よりも負担だった気がする。

一度経験したから、次回のときは、
もう少し余裕をもって取り組めるかな!?

ちなみに同じ大腸内視鏡検査でも、
病院によって、あるいは患者さんによって、
準備のしかたにはいろいろあるのだろう。

私にはこの方式が向いていた気がする。
 2015.10.04 Sunday 15:24 健康 permalink  
強迫行為と、告白と、SNSと。
昨年12月に、

不安神経症・心配性を自分で治す実践ノート
(高田明和/リヨン社)

という本を買った。

熟読はしておらず、
ノートの「実践」もしていないのだけれど、
p.92〜97に示してある「強迫行為の分類」の
次の一項目にハッとして、
それがひとつの収穫になった。

2.何かを言わなくてはいけない、告白しなくてはいけないと思い、行動する。

(p.97)

そんな強迫行為があるなんて、初めて知った。

確かにそう言われれば、
ほんの少し心あたりがある。

  ただ、検索してみると、
  ニュアンスの違う「告白」行為が
  示されているサイトもあるので、
  「強迫」と「告白」の関係については
  もうちょっと深めて考えてみたいところ。
 
私はふだん、とても「話したがり」だ。
でもそれは、上記のような「強迫行為」ではなく、
単なる「おしゃべり」だと自分では思っている。

しかし、そんな私も、
web上に書く記事に対しては、
ある程度、配慮するようにしている。

何事も相対的なものだと思うので、
web上で発信していない人からすれば、
ブログを書いたり、
SNSをしたりしていることそのものが
「無用心」に思えるかもしれないが、
少なくともリアルな生活のように
「おしゃべり」ではないつもりでいる。
(あたりまえのことですが)

しかし、過去をふりかえってみると、
直接書く文章の内容とは別のことで、
「あっ、あれ、強迫行為としての告白だったかも…」
と思える出来事がある。

それは何かというと、
自分のブログなりnoteなりtwitterなりで
どなたかの記事をリンクしたときや
文章に言及したときに、
「(その事実を)知らせなきゃ」と思う気持ちが
生じる場合があること。

いつでもそうなるわけではない。

たとえば、このブログの左側のサイドバーにある本、
つまりブログで本格的に感想を書いている本の著者に対して、
自分からコンタクトをとろうとしたことはない。

 むしろ、更新をツイートすると著者が見つけてくれて、
 先方から何らかのリアクションをいただいたりする。
 (RTという形で「使って」もらったり…)

不思議なもので、
そのレベルまでいかない言及やリンクのときに、
ちょっと報告したくなってしまうことがあるのだ。

あったのだ。

なんというのか、そうしないと、内容に関わらず、
「陰口」を言っているような
そんな気分になってしまうから…
だったのではないかと思う。

リンクしたそのときは気にならなかったのに、
あとから心配になったりするのでタチがわるい。

ちなみに、いまだに
無断でOKなのか判断できないのは、
ツイートの埋め込み。
twitterにそういう機能がついているんだから
勝手にやっていいような気もするが、
いいんでしょうかね?

読む側からすると、リンク先を開くより、
直接読めたほうがいいですよね。

気になるなら、URLをリンクして、
「引用」すればいいのかしらん?

記憶にある限りでは、
過去に2回埋め込みをして、
どちらも報告をした。

あらためて考えてみると、
面識がない人や有名人と、
簡単にコンタクトをとることができる、
そういう時代だからこそ、
「報告しておこうかどうしようか」
と迷うことができるんだよなぁ、
と、しみじみ思う。

もちろん、相手がweb上に
連絡経路を作ってくれていればの話なのだが、
twitterをやっていてもらえれば、
すぐに「報告」ができてしまうわけであり。

自分が書いた記事を読んでほしいというより、
ある種の「義務感」がそうさせている。

しかし、知らせるということは、
一般的に、「読んでほしい」ということの
意思表示とみなされるだろう。

ともすれば相手のリアクションを求める行為にもなるし、
場合によっては、許可を求める形にもなる。

なので、下手すりゃ先方に負担をかけてしまう。
いや、下手しなくても、確実に負担をかけてしまうだろう。

じゃあ、自分だったらどうだろうか?

立場を入れ替えて考えてみた。

私は有名人ではないので、
自分のブログの記事やツイートに対して
言及されることはほとんどなく、
したがって「報告」を受けることもないわけだが、
エゴサーチしてみるとゼロではなくて、
たまに見つけることがある。

そういうとき、
「報告もなしに勝手にリンク(言及)してぇ…!」
と思ったことはない。思うわけがない。

大抵、
「わあ、読んでもらっているんだ、うれしい!」
と感じる。

また、場合によってはむしろ、
報告ナシで助かることもある。
報告されるとリアクションしなくちゃいけないから…
(義務はないだろうが、心情的に)

web上で発信されたものは、
どんなものであっても、
「どうぞご自由に読んでください」
「どうぞご自由にリンクして、
 ご自由に言及してください」
ということを前提としているのではなかろうか?

先ほども書いたように、このご時勢、
逆に「エゴサーチ」というものができる。

ということは、
自分が放った文章に言及している人がいるかどうか、
どういうふうに言及されているのか、
どういうふうに読まれているのかについて、
ものすごく興味がある人は、
自分で見つけようとするだろう。
知らせるまでもなく。

そして、そういうことに興味がない人は、
エゴサーチもしないだろう。

また、エゴサーチしたい気分のときと、
そうじゃない気分のときもあるのではなかろうか?

だから、いちいち報告しなくていいんじゃないかな…
と、思うようにしようかな…
と最近は思っている。

もちろん、ケースバイケースだと思うので、
「あ、これ、告白したい強迫行為だな」
と感じたときに、
「報告」を控えるといいのかもしれないなぁ、
と自分に言っているところ。

読んでいることを知らせたい!
触発されて記事を書いたことを知らせたい!
そして読んでほしい!
と思うことも確かにあるので、
そういうときに控える必要もないだろうて。

ところで。

先ほど、面識がない相手でも有名人でも、
「こちらの存在をお手軽に知らせることができる」、
そういう時代なんだということを書いたが、
そもそもそういう時代であればこそ、
私のような一般人が、不特定多数を相手に、
何かを紹介したり、何かに言及したりすることが
できるわけなんだよなぁ、ということも思う。



ちょっと関連した話題として、
少し前にこういう興味深い話を知ったので、
よろしければどうぞ…↓

ニュースサイトのリンク条件の不思議
 2015.03.21 Saturday 13:14 強迫神経症 permalink  
「自分に起こることには、すべて積極的な理由がある」か?
というわけで、
玄侑宗久『まわりみち極楽論』(朝日文庫)
「十七 幸と不幸」のなかの、
「自分に起こることには、すべて積極的な理由がある」
という一節について考えてみたい。

このフレーズをきいただけで、
「そんなことはあるはずない、すべては偶然だ、
 理由を見出すのは勝手な解釈だ」
と思う人もいるかもしれない。

というか、私もそう思っている部分がある。

実際、そうなんだと思う。

だから、もし、こういう考え方をしなくても
日々平穏に暮らしていけるのならば、
この言葉はその人にとって、
あるいはその人のいまの状態にとって
必要ないものだと思う。

しかし、ときにはこの言葉が、
そのときの自分を救ってくれる、
ということがあるのではなかろうか。

玄侑さんいわく、
幸・不幸というのは
喜怒哀楽のような一次感情ではなく、
二次感情だ、と。

つまり、自分の身に起こった出来事に対する
単純な反応としての感情ではない。

ということは、幸・不幸というのは、
起こった出来事じたいじゃなくて、
それを受け止める人生観次第ということに
なりはしないか?という話。

起こるべきことを人間が選べないのなら、
不可抗力的なできごとならなおさら、
楽しく受けとめることができるよう、
心をシフトする。

楽しさが極楽の入り口。

そんなこと言われたって今苦しい、
この事態はどうすればいいのか?
と訊かれるかもしれない。

玄侑さんはここで、
「解決」と「消失」の話を出している。

大抵の人は、悩みや苦しみというのは
解決すべきものだと思っている。

しかし玄侑さんの場合、自分の過去を振り返っても、
解決したわけじゃないというケースが数多くある、
とのこと。

解決したんじゃなければ、どうなったのかというと、
いつのまにか消失した。

言葉を変えれば「気にならなくなった」。

そんなことを言うと社会運動をしている方に
叱られるかもしれないが…と話は続くのだが、
玄侑さんが問題にしているのは
「環境がどうあろうと感じることのできる幸せ」のこと。
もっと言えば「幸せ」ではなく「楽」のこと。

極端な言い方をすれば、
例えば病気で入院している人は、
退院するまで幸せを感じることができないのか、
ということでもある、と。

話は前後するのだが、玄侑さんはこれより少し前で
「幸福」と「楽」との違いについて語っている。
(このブログで2年前の春に書いた
 「れんげ畑」でも触れています)

幸福は飽くまでも欲望の延長。
子孫繁栄とか富とか長寿とか、
自分の外側に求める態度。

対して楽というのは、
そうした求める心が止んで
内側から充足している状態ではないか。

先ほど割愛した「社会運動をしている方に…」
のところで、玄侑さんは具体例をあげて、
それはそれで立派なことであるとして、
「楽」のことを書いておられるのだが、
私が思ったのは、
おそらく「社会運動」に終わりはない、
ということ。
意味がないのではなく、
終わりがないということ。

何か1つのことが、
なんらかの形で「解決」をしても、
問題がゼロになることはない。

この世は自分の思い通りにはいかない。

そのなかでどう心の平安を感じるか…
というところに目を向けた話なのだと思う。

まだまだあれこれ、
11ページにわたって書かれている幸・不幸の話を、
かなり端折ってごく一部だけ抜き出してみたが、
玄侑さんはこの一節を、
次の2つの言葉でまとめておられるのだった。

  自分には「すでに全てが与えられている」

 「全てのことは自分が何かを学び、深まるために起こる」

 
 2015.03.15 Sunday 23:25 健康 permalink  
ヘトヘトの冬から何かを得られるか?
今年の冬は、長かった。
(↑もう過去形にして終わらせてるしー)

年が明けてからも長かった。

 1月は行って、
 2月は逃げて、
 3月は去る・・・

のではなかったのか?

まずは12月。

治療済みの歯が
特に原因もわからず痛くなって、
神経を抜くことになった()。
神経ぎりぎりまで治療していたので、
限界だったのだろうということ。

そして12月下旬、
娘がウィルス性胃腸炎にかかる

1月下旬になると、
私がよくわからない風邪で寝込み、
そのあと娘がインフルエンザ発症。

それが落ち着いたころ、
ヘルニア発症となったしだい。

ちなみに、発症翌日もけっこう痛かったので、
薬を増やしてもらいに病院に行ったのだが、
速効性があるものではないそうで、
まだ1日しかたっていないし、
そのまま様子を診ることになった。
このくらいは痛いものであるらしい。

ついでに帰りがけの買い物で、
ちょっとしたヘマをし、
それがまた不安をよび・・・

なんだかんだで、そんなこんなで、
娘の前でおいおい泣いてしまった。

いったい、何の行いがわるかったのだろうか?

もしかして母の弔い方が足りなかったか?
なんてことも一瞬思いそうになったが、
そんなふうに思われたら
母もたまったもんじゃないだろう。
「え!おかあさんのせい〜!?」
ってな感じで。

 あるいは、私自身に自覚はなくとも、
 深いところで、母の死から
 それなりのダメージを受けているということは
 ない話じゃないとは思う。

ちなみに、風邪で調子をくずしたとき、
寝込んで考え込んで2つの答えを出した

ひとつは「運動不足解消」という
とても単純な答え。

もうひとつは
「世の中いろいろなことがわからない」
ということ。

でも、あいかわらず「理由」を求めてしまうワタシ。

わからないことは不安だから。

次の対策が立てられないから。

しかし・・・

考えてみれば、娘の胃腸炎とインフルエンザは
季節の感染症であり、「なぜ」も何もないわけで。

しかも私はうつっていないわけだから、
むしろラッキーだったと思うべきかもしれないわけで。
(私の風邪も実はインフルエンザだったとか)

歯、風邪、ヘルニアに直接関係は関係はなくとも、
加齢というのがひとつの要素になっているのなら、
それはそれで立派な理由とも言えるわけで。

それ以降も大きなことから小さなことまで
心配事は続いていて、
それらが関連しあって連鎖しているのか、
独立したものがたまたま連続しているのか、
わからずにいる。

で、考えているうちに思いいたった。

欲しているのは理由じゃない。

何かのメッセージに転化したいんだ。

それがまだできずにいるから、落ち着かないんだ。



玄侑宗久『まわりみち極楽論』(朝日文庫)
「十七 幸と不幸」のなかに、
「自分に起こることには、すべて積極的な理由がある」
という一節がある。

次回は、そのことについて書いてみたい。

(つづく)
 2015.03.13 Friday 21:33 健康 permalink  
頚椎椎間板ヘルニア発症中
2月初め、頚椎椎間板ヘルニアを発症してしまった。

発症する少し前くらいから、
首を横に倒したときに痛みを感じるようになっていて、
一応、人並みに肩こりや首こりはあるほうだから、
その延長かなぁ…なんて思っていた。

で、ネットで検索をかけて、
いくつかの体操をしてみたのだけれど、
たぶん、これがいけなかった。
最後のひとおしをしちゃったんだと思う。

ある朝、左肩から左腕のあたりに
これまで経験したことのないような
痛みが生じて目が覚める。

「強い鈍痛」という、矛盾した表現をしたいような痛み。

手持ちの鎮痛剤を飲んでみたが、効果がない。

どうにもこうにも身の置き所がなくて
救急車を呼ぼうかと思ったくらい。

なんとか耐えて、
以前、娘がお世話になった整形外科へ歩いて行く。

レントゲンを撮ってもらったところ、
首の骨と骨の間が狭くなっている…と、
言われたような気がするんだけど、
よく覚えていない。

で、ヘルニアがあるかどうかを確認するため、
MRIのある医療機関を紹介され、
予約をとってもらい、タクシーで向かう。
首固定のカラーをつけて。

MRIの順番を待つあいだ、
処方された薬を飲む。

そして初のMRI体験。

なんだかみょーに眠くて、
ガッタンガッタン聞こえているなか、
3回は寝た。

ふと目が覚めて
「何やってるんだろう私…」
と思ってみたり。

「ここなら熟睡できるかも…」とも。

あとでわかったのだが、
4種類ある薬のうち、
痛み止めの2種類を、
1錠×1日2回飲めばよいのに、
2錠ずつ飲んでしまったのだ。
たぶんその影響だと思う。

MRIが終わったあとも眠かったし、
少しふらついたし。

薬は注意して飲まなくては…!

MRIの結果を聞けたのは6日後。
結局、ヘルニアだったらしい。

原因はわからないとのこと。

ううむ。

ひっこむのに3ヶ月くらいかかるそうだが、
薬の処方と首固定のカラーだけでなんとかなるようで、
手術やリハビリは必要ないらしく、そこは一安心。

最初の1週間くらいは、
それなりに痛みが続いたのだけれど、
だんだんとおさまってきて、
発症して1ヶ月と1週間の現在は、
だいぶラクになって、
いまはほとんど痛みはない。

薬を少しずつ減らしていくということで、
現在、1段階減ったところ。

4月いっぱい
首固定カラーをつけることになるわけだけれど、
夏じゃなくてホントよかったですー。

 でも、そろそろ髪を切りに行きたいなぁ…

ちなみに首固定のカラーが水色で目立つので
伸縮性のあるモノトーンの生地で
姉にカバーを作ってもらったのだが、
単独でも太めのネックウォーマーに見えるし、
マフラーをすればほとんど違和感がないので、
こちらか言わないとカラーとわからず、
逆に、「実は首のヘルニアになっちゃってねー」と
こちらから報告をする状況になっている。

こりゃ目立ったほうが話がはやいかしらん!?

ちなみに、水色の本体に水色のカバーがついているのだが、
けっこう汚れる。

病院で購入したとき、
ガーゼなどをはさむとよいという
アドバイスがあったので、
うちではミニタオルを巻いている。

カバーの替え、売ってないかな?

・・・じゃなくて、
これが一時的なものですむようにしたいよーー

とはいえ、原因不明だと、
対処のしようもないのだけれど。

少なくとも、
自己判断で余計なことをすることはやめよう、うん。
 
 2015.03.11 Wednesday 10:16 健康 permalink  
歯列矯正、保定期間3年めの状況
久しぶりに歯列矯正の話をば。

 カテゴリー名が「40代の…」になっておりますが、
 昨年、50歳になりましたです〜

矯正を始めたのが2008年の夏、44歳のとき。
ブラケットがはずれたのが2012年11月、48歳のとき。
そしてリテーナーによる保定期間が3年目となる。

保定期間のはじめの1年は、
食べるとき以外は24時間装着が基本。

次の1年は夜寝るときだけでOK。

しかし、どうも上の前歯の左側が
もとにもどろうとしているらしく、
上だけまた24時間装着になった。

点で接している部分に余計な力がかかっているらしく、
再びきれいに並んだら、点の部分を少し削るとのこと。

ところが不真面目な私、
起きている間はほとんどリテーナーを装着していなくて、
次の段階にうつれそうにない。

それよりも何よりも!

11月の一般歯科の検診で異常ナシだったのに、
12月のある日、急に歯が痛くなったのでございます。

夕方、めずらしくりんごをおやつとして食べたとき、
別に鉄製のりんごを食べたわけじゃないのに、
食べたあと右上の歯のどこかがみょーに痛くなったのだ。

しばらくするとおさまったが、夕食後にまた痛む。

どこが痛いのかよくわからないような痛み方で、
強いていえば、右の上の外側が痛い。

かみ合わせの問題かもしれないと思い、
まずは矯正歯科に行ってみた。

コンコンと歯をたたかれると、右下が痛いことが判明。

で、かみ合わせを調整することはしてもらったんだけど、
結局、これといった原因がわからず、
もしかしたら歯そのものの問題かもしれないので、
念のため一般歯科に行ってみてください、
ということになった。

痛いのは右下6番だということもはっきりした。

矯正歯科で刺激が加わったせいか、
右下6番の痛みが増して、
そのあと痛みに途切れがなくなり、
痛み止めなしではいられない状態に。

一般歯科で診てもらったところ、
もともと神経ぎりぎりまで治療をしていた歯が、
限界にきたということのよう。

こんなに急に限界がくるんですねぇ…

なお、約1年半前に治療した歯で、
外から虫歯になったとか、
そういうことでもないらしい。

で、神経を抜くことになったしだい。

神経を抜くとなると、けっこう日数がかかるですよね。

あと1回で終わりなんだけど、
歯1本で計7回通うことになった。

リテーナーは不真面目だけど、
検診と歯磨きはきわめて真面目な私。
(こわがりだから)

が、足しげく歯医者さんに通っても、
毎日、歯磨きやフロスをしていても、
痛くなるときには痛くなるんだなぁと、
あきらめの境地。

でも、痛くなったのが年末年始じゃなくて、
本当によかった。

 2015.01.10 Saturday 10:00 40代の歯列矯正 permalink  
本の埃とカビ臭さをなんとかすべく、本棚をやめてボックスにした。
わが家は、間取りとしては1LDKになるのだけれど、
その「1」を寝室として使いつつ、
衣類置き場にもなっていて、壁際に本棚を置いている。

で、この部屋は埃がすごい。

布団のあげおろしで
かなりの埃を撒き散らしているからだろうか?

したがって、本棚と、
そのなかの本の小口…というか、
天地の天の部分が埃だらけ、
おまけに家(部屋)全体がカビ王国なので、
もちろん本もカビ臭い。

どうにかしなくてはと前々から思っていたのだが、
このたびようやくどうにかした。

もう本棚をやめて、
蓋付きのプラスチックケースに
本を入れることにしたのだ。

ストックボックス的なものも検討したのが、
できれば本の出し入れがしやすいとありがたい。

で、あれこれ探す中で
ちょうどよいケースを見つけた。

アイリスオーヤマの、
ラックコンテナFRC-40クリアなるもの。
スタッキングができて、棚としても使える。
しかも、フタもある。

これを6個購入し、
フタの部分が前にくるように2段に並べて、
本をざっと拭いて中に並べ、
乾燥剤を入れてフタをしている。

少なくともこれで埃は入らないはず。

カビは結局残ってしまっていると思うが、
そのまま放置するよりはましなんじゃないかと
期待しているところ。

しかも、引越しの際にも荷造りの必要がないし!?
(当分、予定はないけど)

ただ、全部の本は収まりきらなかったので、
2つあった本棚を1つだけ残して、
残りをそこに入れている。

また、パソコン近くの本棚にも置いている。

将来的には、もう少し整理していきたい。

それにしても・・・
私が電子書籍を手にする日は来るのだろうか?
 2014.10.13 Monday 15:27 本・紙物・メールの整理 permalink  
クラウド・アイデンティティー問題と、「魂」の防衛装置
岡田斗司夫『評価経済社会 ぼくらは世界の変わり目に立ち会っている』
(2011年/ダイヤモンド社)
を読んでいる。

最後に、新版への付録として書かれている
「クラウド・アイデンティティー問題」を
のぞいてみたい。



ここで取り扱われているのは「集合知」。

私たちは物事を考えるとき、
分からないことをネットで調べたり
ブログを書くときにも、リサーチした上で、
じゃあ、自分だったらどう書こうか?
というふうに判断する。

岡田さんは、このような「集合知」は
「クラウド・アイデンティティー」
という問題を生むと考えているそう。

アイデンティティーがクラウド化する、
自我そのものが、ネットのクラウドの中に
溶けていってしまうという問題。

たとえばサークルやクラブを代表して
他のサークルとの例会みたいなものに出席すると、
うまく自分の考えが説明できないことがある。

自分のサークルなり会社の特殊事情が、
普段から顔を合わせて見知っている間柄でない他人には
うまく説明できない。

これはその人のアイデンティティー自体が
サークルなり会社"にも”あるから起こる。

それはネット時代だけの現象ではなく、
昔からどんな人間にもあることだったが、
ネットワークの中に居ることが
当たり前になった時代の私たちには、
「サークルから離れた自分」というのが
持ちにくくなっている、と岡田さんは言う。

先ほどの例でいえば、サークルの事情は事情として、
自分の"本音”というものがあった。

でもネット社会にいる私たちの"本音"というのは
誰の意見が自分に近かったっけ?
とネット内を探すことになってしまっている。

つまり、「自分の考え」を人の発言の中から探す。
自我領域や自我境界そのものがネットと一体化し
ネットに溶け出している状態。

twitterでRTしたり同意したりしてると、
人の考え方や価値観を
どんどん取り入れているだけの自分に気がつく。

で、ここでニコラス・カー著の『ネット・バカ』が
引き合いに出されているのだが、
西洋型の知識人であるニコラス・カーが
「自分の存在証拠=アイデンティティー」は
自分の内面にある、と考えているのに対し、
岡田さんは、
「物事に中心はない、すべては関係性の中のベクトル、
 つまり"力と方向"でしかない」
と考えているそう。

そしてバックミンスター・フラーの
ジオデシック構造の話が出されているのだ。

まさか岡田さんの本のなかで、
バックミンスター・フラーの名が出てくるとは
予想していなかったので、
ちょっとびっくりしたのだけれど、
なるほどそういうことか、と納得もした。
(最近、岡田斗司夫にはまっているのは
 ベースに何か共通点があるらしい、
 という意味において)

(そういえば前半のどこかで、
 宇宙船地球号という単語が出てきていたような…)

物質というのは突き詰めていくと質量、
それも突き詰めていくと方向と引っ張る力くらいしかない。
つまり「モノ」は存在せず、
「関係」しかこの世には存在しない。

この考えを応用すると、
「自己」も同じじゃないのか、
ということになる。

「自分の存在根拠=アイデンティティー」は
自分の内面にある、というのは壮大な勘違いもしれない。

私たちは、ネットで賛同できる意見を探して
それらをコーディネートしていると思い込んで、
なんとか自分の独自性や根拠を得ようとしているが、
「考える」という行為自体、
必ず「学んだ言葉」を使うことが前提で、
学んだ言葉は、誰かが言った言葉。

言葉を模倣し、使いこなすことを
私たちは「考える」と呼んでいるにすぎない。

ネットの出現により、私たちは
思考そのものを外注化することになった。

するといつの間にか私たちは、
クラウドにアイデンティティーを置くようになる。

今の大学生や高校生が携帯を一時も手放せず、
しょっちゅう友達と「繋がり合う」のは、
彼らが、そして私たちが
「クラウド上に自我の半分以上」を置いているから。

果たしてこれは嘆くべきことか?
それとも時代の必然なのか?

それは自分の判断することではないが、
「自我を全部クラウドに溶かしちゃうのは危ないよ」
というのは言えると思う、と岡田さんは語っている。

で、実はこのあと、岡田さんの提唱する
“「スマートノート」のすすめ” 的な
内容になっていくのだけれど、
最後の一文の表現には、なるほどと思った。

 私たちは「ネットという広大な知の海」に対して、薄くてしなやかな皮膜を持たなくてはいけないのだ。

(p.285)

薄くてしなやかな皮膜。なるほど。

岡田さんは、自分の中で譲れない一線、
「クラウドのみんな」に認めてもらえなくても
守りたい一線、
人には打ち明けられない、
自分でもとらえどころのない衝動や
コンプレックスや価値観を、
「ゴーストライン」と呼んでいる。

それはかつて、「魂」と呼ばれたもの。

リアル脳とクラウド脳しかなかったら、
考え方、アイデンティティーは
どんどんクラウド側に「溶けて」いってしまう。

それを防ぐための防衛線として、
スマートノートという
「自分の内部のゴーストライン防衛装置」と、
リアル関係やサロン的ネット社会という
「社会に対する時のゴーストライン防衛装置」が
必要になるだろう、と書いている。

ちなみにリアル関係というのは、家族や友人関係。

サロンというのは、ネット上の小規模団体。
互いを見知っている状態、お互いにどういう人で
どういうニュアンスで言ったのがわかる、そういう場所。
そこでクラウド・アイデンティティーが発生する。

で、ここを呼んで思ったことは、
私は「サロン」を見つけるのが下手だなぁ、
ということ。

15年前にいったん見つけたような気がするのだが
(いわゆるパソコン通信)
そこでいろいろ経験しすぎたせいか、
もはやネット上で「サロン」を
見つけようとはしていないかもしれない。

ともすれば、下手すれば、リアルより、
サロンの外にある広大なネットの海より、
孤独感が浮き上がる、気遣いを要する状況になる、
そんな可能性のある場所のような気がしていて。

ちなみに、9月中旬から、
私もスマートノートを始めてみている。

が、段階的に進むこのノートで、
第3フェーズに入るのがちょっと早すぎた、
と感じているところ。
なんか別物になっているし、
ここ1週間はほとんど白紙だし…



というわけで、
岡田斗司夫『評価経済社会』について書いてきた。

思いのほか、教育ともつながる内容であり、面白かった。
たとえば上記の言葉で「考える」ということは、
「学ぶ」とはどういうことか、
につながる話だと思う。

FREEexというシステムの話も、
印税をとらないこの本の「仕組み」についても
まったく触れずに終わってしまったので、
かわりに関連ページをリンクしておきます。↓

http://blog.freeex.jp/archives/51308443.html
 2014.10.12 Sunday 16:46 岡田斗司夫 permalink  
近代の「自分」から、現代の「自分」へ
岡田斗司夫『評価経済社会 ぼくらは世界の変わり目に立ち会っている』
(2011年/ダイヤモンド社)
を読んでいる。

第4章の続きを省略して、
「第5章 新世界への勇気」へ進む。



第5章の2番目のセクションタイトルは
「失楽園」となっている。

現在私たちは、変化の中で、
私たちにとって大切だと考えていたはずのモノが、
私たちの中でも崩れつつあるのを感じている。

それは夫婦や家族の絆であったり、
(第4章で、「結婚」の解体、「家族」の解体
 についても述べられている)
安定した職場や会社への忠誠心であったり、
規則正しい生活であったり、
「人並み」「世間並み」という安心感であったり。

たとえば

「勉強して大学へ行って、ちゃんと就職する」

「ただ一人だけの人を好きになって、
 その人と結婚して添い遂げる」

「朝起きたら会社や学校に行って、
 夕方帰ってきて自宅でくつろぐ」

「一つの会社で、定年まで勤め通す」

「結婚したら2、3人子供をつくって貯金して、
 一戸建てを買ってローンを払って、
 子供たちを大きくする」

これらはすでに、失われつつある過去の世界。

今、老年期を迎えようとしている世代の人たちが
アスファルトで埋められる前のこの国の美しさや、
敗戦の日からどんなに頑張ったについて、
時々懐かしげに語るように、私たちも30年後、
ネット上で仲間を見つけては語っているだろう。

「みんながいっせいに起きて働いた時代、
 通勤ラッシュというものがあった」

「万博、ウルトラマンやドラクエという共通の話題で、
 同じ世代同士が飲み屋で盛り上がった」

若者たちは、それをきいても、
不思議そうな顔をするだけ。
彼らにとって、
「みんなが熱中したこと」
「みんなが体験したこと」
なんかは興味がないから。

それよりは、自分や自分の仲間たちだけが
理解できる楽しみを大事にしている。

私たちが懐かしげに話すことは、お互いが
「自分たちの所属しているグループの価値観の差」自体を
アイデンティティーとしている社会ではすでに失われ、
理解できなくなっている風習なのだ、と。

かつて農業革命によって、人間は「自由」を失った。

また産業革命によって、「安定」を失った。

農業時代の人々は、狩猟時代を振り返って、
「いつ飢え死にするかも分からない、野蛮な世界」
と語った。

産業時代の私たちは農業時代を振り返って、
「身分制度に縛られ、貧乏生活を強いられた暗黒の中世」
と恐れた。

来るべき未来の人々は、私たちの時代を振り返って、
「考え方や人間関係の自由がない、画一世界」
と語るだろう。

けれど、私たちは振り返っている暇はない。

私たちは、自分たちが起こしてしまったこの変化を、
これから何十年もかかって社会にフィードバックさせながらも、
最も適した場所に収めなければならない。

岡田さんは、この巨大なパラダイムシフトの波を
「私たちの世代に贈られた、
 大変困難だけどもやりがいのある贈り物」
と考えることにしているのだそう。

明治維新や大戦後の混乱期は伝説となっているが、
私たちは、それ以上の変化の真っただ中にいる。
これ以上おもしろいことなんて、想像がつかない、と。

このパラダイムシフトが終了するまで、
私たちは様々な不協和音や不都合を
体験することになるだろう。

それは、世代間ではもちろんのこと、
立場や職種の差によっても、
また個人の心の中ですら起こってくることと思う。

そういったトラブルに出遭ったとき、
この本のことを思い出して、
これは「評価経済社会」と「貨幣経済社会」の対立だな、
とマクロな視点でとらえ直して
冷静に対処していただければと思う、
と岡田さんはメッセージを出している。

また、私たちはこれから、ノスタルジックで、
少し苦い喪失感を背負って生きていくのだろうが、
私たちの目の前には、全く新しい世界が広がっており、
そんな、まだ見ぬ社会・文化へのワクワクする期待が、
私たちをこれから生涯引っ張ってくれるベクトルとなることを
私は確信している、と。



以上が、『評価経済社会』の本編の、
きわめておおまかなまとめになる。

私は30年後に80歳になっており、
現在の変化の"着地点”を自分の目で確かめられるかどうか、
微妙なところなのだけれど、見てみたいなぁとは思う。

しかし、岡田さんほどポジティブに
この事態を捉えるほどの若さ・元気は、
残っていないな…とも感じている。

そして、「評価経済社会」というのは、
いま起きていること、これから起こることを
説明するための有効な観点だとは思うけれども、
なんでもかんでもこの概念で説明しようとしないほうが
いいのかもしれないな、とも思う。

それはそうとして。

以前、pha著『ニートの歩き方』を読んでいたときに、
こりゃ、ふつーに働いたほうが、 むしろラクかもしれませんよ〜!?
と書いたことがあるが()、
近代的自我の限界とはウラハラに、
新しい時代には別の「自己」が
必要なのではないだろうか、
と考え込んでいる。

岡田さん風に言えば、コーディネートする自分。

だって、もう画一社会ではなく、価値観も多様化し、
みんなといっしょではいられないのだから。
考えようによっては、
より強い「自分」が必要になるのではないだろうか。

卑近な例でいえば、
ニートと生活リズムなどの問題もある。

また、「自分の気持ち」を最優先させる、という言葉にも
「自分の」という、所有格の“の”が入っている。

「わたしとは何であるか」を問いながら、
「みんな」を意識していた時代が終わる。

ひとつの価値観の中の一元的な尺度のなかで、
どこに位置しているかが「自分」であった時代が終わる。
(たとえば偏差値、たとえば年収。)

その変化は近代的な「わたし」の解体であると同時に、
現代的な「わたし」の再構成を意味するものではなかろうか。

そんなことを思う。

岡田さんはこのあと新版への付録として
「クラウド・アイデンティティ問題」
という文章を書いておられるので、
そちらものぞいてみたい。

(つづく)
 2014.10.11 Saturday 11:34 岡田斗司夫 permalink