すっかりすっきりはしないから

部屋とからだをすっきりさせたいと考えて、
日々あれこれ試している。

しかし、部屋はともかく、からだや気持ちが
完全にすっきりすることはないとも思っている。

からだはこれから衰えていく一方で、
不具合が生じてあたりまえの状況になるだろう。

また、気持ちのほうも、
完全にすっきりするということはありえないし、
からだが衰えていくならば
それにともなって気持ちの維持も
難しくなっていくと思う。

逆にいうと、だからこそ、
せめてできる範囲内ですっきりさせたいと願う。

心配しなくても完全にすっきりはしないから、
心ゆくまですっきりを目指していい気がする。

要は、すっきりした状態を
継続させることを目的にするのではなく、
悶々としたときに
いかにそれをすっきりにもっていくか、
ということになるだろうか。

そこにはある程度、悶々を受け入れる
という姿勢も入っている。


ところで。


自分を動かすための呪文のようなことばを
使うことがあるのだけれど
あきらめるとか、むずかしく考えないとか)
最近そこに「淡々と」ということばが加わった。

「粛々と」よりはライトな感じ。

煮詰まりそうになったときや、
何か余計な刺激を受けて
気持ちや行動がこわばりそうになったとき、
「淡々と自分のことをやろう」
ということばを自分にかけている。

ちなみに、こういう言葉のことを
潤滑油と自分で呼んでいる。
あ、まずいなと思ったときに1滴差す感じ。

ときどきそんなふうに
滞りそうな状態に流れをつけて、
生活を進められたらいいな、と思っている。

すっきりってたぶん、
まったく澱まないということではなく、

澱まり続けないということなんだ、きっと。