片づけのリズム

表に出ているものを収めることと

写真を撮って片づけることは

なかなか有効だということがわかった。

 

というわけで、これから先しばらくは

あまり店を広げないようにして

作業を続けることにした。

 

本来ならば、ちょうど年末だし

盛大に大掃除をするところかもしれないが

今年の不燃ごみ収集も資源ごみ収集も終わったし

ごみだらけの部屋で年を越すのもなんなので。

 

それを決めたのは、

手つかずの天袋をのぞいたときだったように思う。

これはけっこう大変な作業になるなと感じて

のぞくだけのぞいてそのまま扉を閉めたのだった。

 

そしてそのあと、

気になっていたお風呂掃除を

気になるところだけざっとやった。

 

今年の年末はこんな感じでいこう。

春からけっこう動かしてきたし。

 

計画を立てるときと、動くとき

でも書いたように、結局、

「動く」と「考える」

「ひっぱり出す」と「収める」 を

交互にやっていくといいのかもしれない。

 

そうすればなにより、自分が飽きない。

 

そのスパンにも、

長めのものと短めのものがあるように思う。

 

長めのものは数ヶ月か数週間単位、

短めのものはいちばん短くて十数分単位。

 

長いスパンでいえば、このブログでは

「部屋」のことと「からだ」のことを

数ヶ月単位で行き来する予定でいる。

 

短いスパンの場合は、インターバル家事が役に立つ。

 

そんなリズムについて考えていたら、

森田療法の「休息は仕事の転換にあり」

という考え方を思い出した。

 

もっと詳しく言うと、

「休息は仕事の中止にあらず、仕事の転換にあり」

となる。

 

この言葉の意味するところを考えようとすると

話が長くなりそうなので 

今回は言葉だけ取り上げるけれども、

インターバル家事はこの「転換」の

自分なりの実践なのかもしれないなぁと思ってみたり。

 

なんか疲れたな、飽きたな、

うまくいかないなと思うときには

ちょっと他のことをやってみると

いいのかもしれない。

 

そうすれば、結果的にどちらも、というか、

全体的にうまく運んでいくものかもしれない。