掃除はしやすくなっているのか

ミニマリズムに憧れるようになった理由のひとつに、

掃除がしやすくなるのではないかという期待があった。

 

がしかし、モノを捨て続けて9ヶ月、

モノがなくなってきたという印象はあっても

部屋がきれいになったという印象はまったくなく、

掃除をするようになったという印象もまったくない。

 

たとえば、メタルラックを苦労して掃除していた人が

メタルラック自体を手放したらそれは手間が減るだろう。

 

しかし、「埃まみれだなー」と思いつつ

ただ眺めていた私の場合、

もともとなかった掃除の手間はなくなりようがない。

 

確かに汚れるモノ自体は減っている。

メタルラックがなくなったのだから、

埃まみれのメタルラックはなくなった。

それはよいことだ。

 

でも、うちの中で発生する埃の量が変わらないのなら、

メタルラックにたまっていた埃は

別のところにたまるはず。

 

いまはもともとメタルラックを置いていたところに

本棚として使っているコンテナ4台と

ポリプロピレン引き出しを置いており、

そのうえにはスキャナー、プリンター、

電話が並んでいる。

 

ということは、メタルラックについていた埃は、

今度はそれらにつくことになるはずであり、

それらを掃除する必要があるということだ。

 

結論として、中途半端にモノをなくしただけでは

部屋はきれいにならないし

掃除をするようにはならないということがわかった。

 

だから結局、掃除については

意識的に習慣化させるしかなさそう。

 

でも、掃除が「しやすく」はなっているはず。

だから、ハードルは下がっているはず。

 

この半年あまりモノを捨てながら、

片づけも大事だけど掃除も大事だよなぁと

たびたび思った。

 

こんまりさんの話を思い出すと、

自分と向き合う行為から自然と向き合う行為へと

意識のウェイトが少し移ってきているのかもしれない。

それは望むところだ。

 

というわけで、掃除の習慣づけも

ぼちぼち視野に入れていこうと思う

きょうこのごろなのだった。