強迫性障害と捨てること

私は強迫性障害をもっており、

加害恐怖、不正恐怖、不完全恐怖があるので、

ごみを出すときに強迫に陥る可能性はとても高い。

 

なお、田村浩二さんの

『実体験に基づく強迫性障害克服の鉄則35』

の目次に

 

強迫性障害の人が思っていること、あるいは感じていることは、100%間違っていたり、全く根拠のないものではないかもしれないところがやっかいなところではあるが、その思いや感じ方は、明らかに行き過ぎていることも事実である。

 

という項目があるように、

それぞれの恐怖に

まったく根拠がないわけではないのだ。

 

ただ、常識的なものから、

ちょっと神経質すぎるものを経て、

さらにはその先の「こりゃ完全に妄想だな」

と思うところまで発展していってしまうのだ。

 

常識的なものでいえば、

使い終わったカセットボンベやスプレー缶などを

ごみに出すときに気をつけるというのは

きわめて常識的なことだと思う。

 

少し神経質になりすぎるものでいえば、

海苔などの袋に入っている石灰乾燥剤を

水に触れさせないようにすること。

(このこと自体は常識的であっても

 後述のように変に発展してしまう)

 

また、余った小麦粉を捨てるときなども気を遣う。

 

粉塵爆発の知識があるのは一応常識的だとしても、

粉塵爆発の条件を考慮できないのが強迫。

 

以前、大量の顆粒和風だしを

少しずつ捨てたことがあったのだが、

そのときは大変だった。

 

そもそも、なぜ大量に捨てることになったかというと、

昔、加害恐怖で大量に買ってしまったから。

(買物のときに袋を破ってしまったのではないか

 という強迫観念から)

 

自分のことながら世話がやけて仕方がない。

 

さて、だんだん妄想になっていく。

 

たとえば錠剤のパッケージ。

中身を飲んでカラなのに、

薬が入っていた部分を切断するような形で

いちいちハサミで切って捨てる。

 

なぜかというと、たぶん

(自分のことでたぶんというのもなんだが)

燃やすときに空気が膨張して

破裂するという発想なのだと思う。

 

どうして開けているのに膨張するのか、

そもそも破裂するまでなぜパッケージは燃えないのか

自分の非科学性を自分で問いただしたくなるが、

そんな理屈が通らないのが強迫。

 

だから、それ以外の袋状のものも、

開けてあっても裁断して捨てることが多い。

 

ところが。

 

おせんべい系のお菓子の袋は

そのまま捨てることに抵抗がない。

 

先ほど書いたように、

海苔の場合は石灰乾燥剤が入っているので

もとの袋に入れた状態でごみ袋に入れるのだけれど、

他の乾燥剤もそうしてしまうのは

とりあえずよしとするにしても、

なぜか乾燥剤が入っていなくても

乾き系のお菓子の袋ならば

そのまま捨ててもOKということに

自分の中でなっているのだ。

 

「こっちは膨張して破裂しないのか??」と

先ほどの自分が聞いてきた場合、

「なんで破裂するの? 開封してあるのに。  

 それより水に触れないほうがだいじでしょ」

とこちらの自分は言ってくる。

 

非科学的であると同時に一貫性もない。

 

というふうに、

捨てる場面の強迫を書き出すとキリがなく、

まだまだまだたくさんある。

 

しかし、ごみ屋敷にはならない。

ごみがたまるのはそれはそれで嫌なのだ。

だから、なんとか折り合いをつけて出している。

 

そんなこんなでごみ出し作業は何かと大変なのだが、

同じく資源出しやリサイクル出しも大変。

 

たとえば、プリンターのインクカートリッジ。

 

月に1回くらい行く場所に

回収箱があって助かっていたのだけれど、

普通に使用済みになったもの以外にも、

前のプリンターが使えなくなった関係で、

使用途中のものや未使用のものがあり、

NG表示が出てしまっていたものもあったので、

それらの出し方にナーバスになってしまい、

結局、メーカーにメールと電話の問い合わせをして

ようやくある程度出すことができた。

ある程度というのは、まだ少し残っているから。

 

それから、ボタン電池。

私が住んでいる地域では

普通のごみ出しでの回収はないので、

回収箱があるところに

持っていかなくてはならないのだけれど、

近所になくて困っていた。

 

ずーっと気になってたまっていたのを、

先日、大手電器店に行く用事があり、

ようやく引き取ってもらうことができた。

充電池もいっしょに。

 

当然といえば当然のことながら

ボタン電池については検索かけまくりで、

清掃事務所にも電話でいろいろ話を聞いたことがある。

 

そこまでしてしまうのは神経質かもしれないけれど、

気をつけること自体は常識の範囲内だと思う。

 

というわけで日々いろいろ大変なのだけれど、

やはり強迫症状は、手放せない理由

かなりのウェイトをしめていることが、

片づけが進むとさらにクリアに見えてくるのだった。