さらには取り出したHDDが2台分ある

ノートパソコンだけを使うようになって

13年くらいたつのだけれど、

その少し前はデスクトップのパソコンを使っていて、

それが使えなくなったときにもHDDを取り出して、

こちらは外付けHDD専用のケースを買って保存していた。

 

で、このたびとても久しぶりにパソコンにつないでみたら

無事にデータが読み取れて、

新しいパソコンに移し替えることができた。

 

そして実はもう1台、外付けHDDがある。

父が亡くなったときに父のパソコンから取り出して、

やはり専用のケースに入れた状態で保存していたもの。

 

箱に入れて押し入れの天袋に保管していた。

父が亡くなったのは16年ほど前。

 

箱に貼ってある値札シールによると

外付け用ケースは7,980円だったらしい。

「USB2.0で高速データ転送」と書いてある。

ずっしりと重い。

 

電源につなぎUSBで接続したら、無事に中身は読めた。

容量は6.31GB、使用領域は1.8GB。

 

自分のHDD同様、整理はなかなか大変そうだし

容量もそれほど大きくはないので、

とりあえずいったん丸ごとコピーすることにした。

 

まずはノートパソコンに入れ、SSDにもコピー。

 

その作業中、SSDの青く点滅する光を見ながら、

なんだか文明がそら恐ろしくなった。

240GBだから、いまとなっては

そんなに大きい容量ではないけれど、

それでもどんだけ入るんだよという。

これはもうリアルに四次元ポケットではなかろうか?

 

逆にいえば、胸ポケットに入るサイズの

この小さな物体を何かのはずみでなくしたら、

ものすごい量のデータを

あっさりなくすことになるんだなぁ、

と思ってみたり。

 

無事に保存が終わって、中をのぞいてみた。

父のHDDに、私の娘、つまり父にとっての孫の

小さい頃の動画が収まっているのは覚えていたので、

しばらくそれを眺めてみたり。

 

昔これを観たときには涙が流れた。

亡き父へ淋しさの感情ではなく、別の意味だった。

それを覚えているためか、今回は泣かなかった。

そして以前より

ちょっとポジティブな気持ちで観ることができた。

 

結局、こういう“思い出のシーン”に再会するのは、

懐かしむためにわざわざ開くというよりは、

機会があったときについ開いてしまう、

というのがやっぱりお決まりのパターンなのかもしれない。

大掃除とか引っ越しとか。

 

夜、娘にもその動画を観せた。

考えてみれば、

娘は生きているときの私の父の様子を

はじめて観たことになる。

いや、乳幼児期に見ているのであり、

その様子が収められているわけだけれど。

 

というふうに一部を懐かしむことはできたが

まだ中身は整理していないし

外付けHDDの本体もケースも箱もそのままなので、

見た目には特に何の変化もない作業だった。

 

むしろ引っ張り出してきた分、

見えているモノがひとつ増えたともいえる。

 

でも、気持ち的にはこれはこれで一歩前進になった。