仕入れる情報をミニマルにできるか

ミニマリズムへの憧れのその後はどうかにおいて

一時別のもやもやが加わったと書いた。

 

それはどこからきたのか考えて気がついたのは、

情報の仕入れ方が間違っていたということ。

 

なので、上記タイトルのような記事を書き始めていたのだが、

そんななか、タイムリーなことに次の書籍を知った。

 

  『デジタル・ミニマリスト』

 

やはりそうかと膝を打ったものの、

私はしばらくこの本を買わずにいた。

 

このような題名の本が発行されたことを知っただけで

そのときは十分だったから。

 

で、結局その後この本を買ったわけだけれど、

SNSにはまっているわけでもなく

そもそもスマホも持っていない自分には

必要のない本だったかもしれない。

 

また私は余計な買物をしてしまったのだろうか??

でも、すぐ買わずにあいだをあけても

結局読んでみたかったのだから

読んでみたかったのだろう。

 

本のことはひとまずおいておいて

「一時加わっていた別のもやもや」について

ふりかえりつつまとめておこうと思う。

 

はやい話、ミニマルに憧れるのに、

仕入れる情報が過剰になっていた。

 

もちろん、情報は触れる前にはその内容がわからないから

触れる努力は必要だけれども、

触れるのみならず受け入れてしまって

そこから必要としない刺激を受けてしまっては

本末転倒になってしまう。

 

もっとも、仕入れる情報を選ぶためには

自分が求めることをクリアにしなくてはならず、

自分が求めているものをクリアにするために

ミニマリズムに憧れている面もあり、

そこはなかなか難しい。

 

でも、どれが必要な情報なのかよくわからなくなったときには、

とりあえず情報に触れることそのものをやめてみるか、

減らしてみることが有効だと思った。

 

あるいは「直感」と「能動性」を手がかりにするのも

いいかもしれない。

 

ある情報に触れて、なぜだかはよくわからないけれど

心がそわそわもやもやすると感じたら、

とりあえずそこから少し距離をとってみる。

 

そして、自分が求める情報を能動的にさがしにいく。

 

面白いことに、

今回ふたたびミニマリズムのテーマで記事を書くにあたり、
とある小さな疑問が生じてそのワードで検索をかけたら、
いままでまったく知らなかった
ミニマルライフ系ブログにたどりつくことができた。

 

そこにある情報は、

これまで私が多く触れていた情報とは

かなり趣が異なっていて、面白かった。

 

単純な検索やそこからの派生で触れる情報だけでは

人気があるものや関連サイトがひっかかってくるだけなので、

ときには自分の問題意識で検索をかけて

新しい情報を求めることも大事だということを

久しぶりに感じた。

 

情報は仕入れても物理的にモノが増えるわけではないし、

自宅に居ながら簡単に仕入れることができるので、

選んだり絶ったりするのが難しい。

 

だからこそ、より意識的に

選択していかなければいけないのだろうと思う。