着手恐怖と、あとまわしの効能

強迫観念のひとつとして、着手恐怖というものがある。

自分にもバリバリにある。

 

着手恐怖という言葉自体は

 

  岩田真理『流れと動きの森田療法』

 

で知った。


自分のやるべきことがあまりにも重く感じられて、

いつまでも手が出ないのだ。

 

「早くやりたい、いい仕事をしたい」という欲求と、

「やるのがこわい」という不安感との葛藤。

 

私の場合、いい仕事をしたいというより

ミスがないようにしたいという気持ちがあり、

予期不安のようなものも手伝って

なかなか着手できない。

 

とはいえ、期限に遅れるのもいやなので、

期限を守れないということもほとんどない。

 

その結果、いつでもいいんだけれど

できれば早くやってしまいたいことが

いつまでも片づかずに残ってしまうのだ。

 

しかし。

 

最近、思うことは。

 

あとまわしにすることもわるいことばかりじゃないということ。

 

なぜなら、

「それを妨げている強迫観念が薄れる」

という経験ができるから。

 

あるいは、

着手できないその行動自体が

強迫行為の延長ということもよくある。

 

この場合は着手恐怖なのではなく、

強迫をやりすごしたということだと思う。

 

結局、しんどいのは

「はやくやってしまいたい」「はやくやらなくちゃ」

「どうして私はやらないんだろう、やれないんだろう」

と悶々と考え続けてしまうことなのだ。

 

また、期限があるものの場合、

なかなか手が出せないまま

「あれをやらなきゃなぁ……」

とずっと心のすみに抱え続けていて、

抱えている時間が長くなってしまう。


強迫の人は不安を抱えていることができなくて

強迫行為をやめられないのに、不思議な話だ。

 

なので最近は、保留にしていいもの、

つまり期限などがない

自分だけのやりたいことについては、

とりあえず保留にしてもいいことにしている。

 

強迫行為で何かを確認したくなったときも、

それが「あとでもできる確認」ならば

とりあえず保留にする練習をしている。

 

しかし「保留にしなきゃ!」とがんばると

また強迫チックになっていくので、

ちょっと自分の背中をおしてみてやれそうなら

やってしまえばいいと思っている。

 

強迫の場合でも、

2〜3分で終わるような確認なら、

もうやってしまえ、という感じで

やってもいいことにしている。

 

始めてしまうと2〜3分で終わらないのが強迫行為だから

これはあまりよいことではないのだろうが、

「強迫行為をやらないように」に陥るとまた大変なので。

 

とにかく、保留にしろやるにしろ、

「やらなきゃ」と思う気持ちを手放せれば、

強迫の時間につかまらずにすむように思う。