強迫性障害のこと

私は強迫性障害をもっている。

 

強迫性障害というのは、

外出するときに家の鍵をかけたのに

鍵をかけた気がしてしなくて何度も確かめたり、

手を洗ったのにきれいになった気がしなくて

洗い続けたりするような症状のある障害。

 

といってもこれらは典型的なもので、

症状は多岐にわたる。

 

一応、分類はあるが、内容は人それぞれだと思う。

 

私の場合、加害恐怖、不正恐怖、不完全恐怖があり、

日常生活に大きく支障はないから重度ではないけれど、

軽度ともいえないと思う。中度の軽めくらいだろうか。

 

重さはともかく、強迫歴は長い。

おそらく幼児のころからその萌芽はあったと思う。

たぶん、私の母も、祖母(母の母)も、

軽めの強迫性障害だったと思う。

こだわりの中身は違っているけれど。

 

専門家に相談したことも何度かあるし、

抗不安薬も処方されたことがあるが、

薬は効いた感じがほとんどなかった。

 

そんなこんなで、調子がわるくなったときに

相談できるお医者さんのメドは立っているが、

いま現在、通院はしていない。

 

通院しなくても生活できるくらいの状態を

一応は保てている。

 

それはそうとして、最近よく思うのは、

神様が私に強迫を与えたのかもしれないなぁ

ということ。

 

といっても試練とかそういう意味ではない。

 

「強迫あたえとかないとこの人アブナイ」

 

と思えるくらい、私は強迫以外のところの

危機意識そのほかいろいろな意識が低いので。

わかりやすく言えば、呑気で無頓着。

 

なので、ある程度の強迫を与えておかないと

すべてにおいてテキトーになってしまう。

かもしれない。

 

あとは、強迫で身を守っている部分も

あるような気がする。

 

メンタル面の脆さを強迫性障害が

全部、担っているというか。

 

逆説的な言い方になるが、

生活を進めていくため生きていくために

強迫性障害があるのかもしれない、

と思うことがある。

 

なので、強迫性障害を治すよりも、

強迫なしでやっていけるようになったら

おのずと症状は消えるんじゃなかろうか、

なんてことも思う。

 

消えていないということは、

まだ強迫なしでやっていけないのだろう。

 

もしかしたら一生かもしれないが、

まあ、それもしかたない。

 

さらに思うことは、私にとっては、

もうすでに強迫が

自分のアイデンティティになってしまって、

私自身ががっちりつかんで

手放そうとしないのではないか、ということ。

 

治りたいと思っている一方で、

私自身が強迫をつかんではなさないのではないか。

 

そんな感じもしている。

 

ただ、やっぱり強迫があるとつらいので、

もう少しだけ症状を軽くしたいなぁ、

と思って日々をすごしているのだった。