「願いごと手帖」のこと

「願いごと手帖」を書き始めて

もうすぐ11年になろうとしている。

 

 運と幸せがどんどん集まる「願いごと手帖」のつくり方

 

いまでも最初に買ったノート、

ミドリMDノートのA5サイズ横罫を使っている。

 

当時、世の中にこんなにシンプルなノートがあったのかと

感動したものだった。

 

ビニールのカバーをつけているけれど、

表紙についてはさすがに経年劣化は否めない。

 

しかしページはまだまだきれいだし、

あと半分弱残っているのでこのまま使っていきたい。

 

「願いごと手帖」のことを知ったとき、

なるほどなぁと思ったのは言葉の力だった。

 

言葉にするということは、 まず意識することであり、

そして具体的に考えるということ。

 

何がどうなってほしいかをできるだけリアルに言語化し、

かなったとき自分がどういう気持ちになるかを想像することは、

それがすでに願いの実現に向けて動いていることになる。

 

もちろん、このノートには“不思議”の要素もあって、

それが魅力のひとつになっているのだけれど、

言語化というのは願いをかなえるための

合理的な理由だと思う。

 

始めたころに比べれば、

ここ数年は書く項目もだいぶ減ったし

開く機会も減ったのだけれど、

自分にとって独自の意味合いをもつ

ノートに成長しつつある。

 

日記やライフログノートとは別の意味で

臨場感のある記録。

 

どんだけ記録したいんだ⁉と自分でも思うが、

もちろん書くときには記録したいわけではなく

願いごとを書いている。

 

起こったことではなく願いごとを書いているのに

それが結果的に自分の記録になっているのが面白い。

 

長く続けるうちに自己流になった部分もあり、

基本はかなったものに印をつけるのだけれど、

私の場合、そうではない印がある。

 

どういう印かというと、

そのままの形ではかなっていないけれど、

願いごととしては解消しつつあるもの。

 

薄れたとしても願っていることに変わりはなく

かなったらかなったでうれしいので、

線をひいて消すのではなく

太い緑色のペンで〇をつけるようにした。

 

で、今回の片づけ作業において

まだやれていないことがあるので、

「願いごと手帖」のお世話にもなるべく

まだ終わっていないけれど終わるとうれしいことを

あれこれ書き連ねている。

 

そのなかに結果的に部屋の様子も刻まれることになる。

 

だから、11年も続けていると部屋の変遷もわかって面白い。

さらに、何が変わって何が変わらないかもわかって面白い。

 

ちなみに私が「願いごと手帖」に書いた願いごとのうち

最初に書いた3つの願いごとは、

すべて本に関するものだった。

 

1 家にあるのに読んでいない本を読んで発見がある。

2 必要な本と手放していい本の区別がついて、本棚がまとまる。

3 本棚の防災対策の方針が立つ。

  

すべて2008年9月に書いた願いごと。

 

紙物のうちの特に本の対応が苦手なことは

まったく変わっていないけれど、

防災対策が必要な本棚はもう使っていないし、

スキャンをするという道を選んだところは

変化したなぁ、と思う。

 

しかし、いまだ2は実現しないままなのだった。