過去の自分のお世話が大変なこともあるけれど

紙物を処分していたり

ネット関係の整理をしたりしていると、

過去の自分お世話が大変だなぁと思うことがある。

 

どうしてあのとき気がつかなかったんだろう、

どうしてあのときこんなことしたんだろう、

どうしてあのとき先を考えなかったのだろう、と。

 

たとえば1冊にまとめるノート術

 

途中でScanSnapを買ったとはいえ、

22冊のノートをスキャンして処分する作業は、

ものすごく大変だった。

 

あのまま続けていたらさらに増えていたわけだけれど、

本当にどうするつもりだったんだろうか過去の私。

 

たぶん、未来の私に丸投げだったのだろうと思う。

 

「まったくもー」と呆れつつ作業をしているわけだけど、

その一方でこうも思うのだ。

 

「そのときやりたかったんだもんねぇ」

「楽しかったんだよねぇ」と。

 

未来の私も現在の私に同じことを思うのだろうか。

 

だとしたら、それは次のどちらだろう?

 

「こんなにスキャンしなくてもそのまま捨てればよかったのにー」

「なんで処分しちゃうんだよー!とっておいてよー!」

 

どちらだとしても、

呆れながら過去の自分を振り返りつつ、

「でも、そのときやりたかったんだよねぇ」

と思うような気がする。

 

自分の人生を振り返ってみると、

特に何も成し得なかった

特にどうということもない半世紀だったけれど、

ひとつ言えることは、

いつでもやりたいことをやって、

やりたくないことをできるだけやらなかったということ。

 

そこだけは一貫しているように思う。

 

そして「やりたいこと」が変わるので、

結果的に過去の自分のお世話が大変になるのだ。

 

かといって、未来の自分のために

現在の行動を考えるわけにはいかない。

 

そうしたくないというより 

未来の自分の想像がつかないから、

考えようがない。

 

何かしても何もしなくても

「なんでだよー」と 思う気がする。

 

だから結局、そのときにやりたいことを

やるのがいちばんだし、それしかない。

 

だとしたら、 多少、過去の自分のお世話が大変でも、

しょうがないなぁって思いながら、いまがんばろうと思う。

 

というか、いまやっていることは、

いまやりたいことをやっているだけだから、

がんばるも何もない。

 

いつでもやりたいことをやって

やりたくないことをやらない。

そこにしか手がかりはないことを

日々の作業で再確認している

きょうこのごろなのだった。