時間も空間もモノの数も有限だから

いちばん苦手な「本の片づけ」をしているときに、

こんなことを思った。

 

人生はもともと有限だし

何歳まで生きられるかわからないけれど、

50も半ばになった自分にとって

いよいよ時間は限られてきた。

 

その限られた時間で何をしたいのか

絞っていかなければならない年齢に

入ってきているのだな、と。

 

つまりそれは、自分の興味を絞っていくということ。

ライフワークを見なおして、組み替えていくということ。

 

本に限らず部屋の片づけをしていると

時間だけではなく空間が限られていることにも意識が向かう。

 

快適な暮らしの空間をつくるには、

部屋の中に置くものを選んでいかなくてはならない。

 

そんなことをあらためて考えていたら、

ふと、44才で歯列矯正を決心したときのことを思い出した。

 

あのとき、歯を抜くこと、お金のこと、 年齢のことなど

不安要素満載だったから、

矯正歯科の先生にしつこいくらい質問したのだけれど、

歯を抜くことについて相談していたとき、ハっとしたのだ。

 

当初、親知らず4本、小臼歯4本を抜歯予定だったのだが、

(実際は小臼歯4本ですんだ)

小臼歯は4番のほうが話がはやいところ、

私は5番を抜くことになった。

 

なぜかというと、うち2本は神経を抜いていたから。

歯を抜くときには治療した歯を抜くのが基本らしいので。

 

かなりリスクの高い2本を含む歯を抜いて、残った歯を整える。

そうすればケアもしやすいし、見た目もよくなる。

 

もったいないと言ってなんでもかんでもとっておいて

全体的に弱っていくよりも、

必要なものだけを残して大切にして、

全体的な機能を高めていく。

 

それはシンプルライフ精神の究極の形ではないかと、当時思った。

お金はかかりすぎるけど。

 

実際、説明の最後のほうで先生が言われた

「(歯の)整理整頓をしていくわけですね」

というひとことで矯正を決心したといっても過言ではない。

 

そうして始めた歯列矯正は、予定より時間がかかり、

ブラケットがはずれたのは始めてから4年後くらいだった。

 

その後、リテーナーでの保定期間に入り、

いまでも2〜3日に1回は寝るときにリテーナーをつけている。

 

検診も1年に1回くらいは行っているけれど、

矯正自体は終わっている状態。

 

予定していたよりだいぶ時間はかかったけれど、

それでもやれば終わる。

 

「今さらかなぁ…」と思いつつ始めた矯正だったが、

あのときやっておいてよかったと思う。

 

歯の矯正と部屋の片づけとでは意味が違うけれども、

限られた時間と空間、そして与えられた時間と空間を

どう活かしていくかは、結局、自分しだいだとあらためて思う。

 

逆にいえば、具体的なモノの数も有限だから、

手放す作業はいつか終わる。

(もちろん、手放す以上のモノを持ち込まなければの話だが)

 

やれどもやれども部屋が片づかないように思えるときには、

そう言って自分を励ましている。

 

やれば終わる、と。

 

その先に行こう、と。