「紙物」を手放すのがとにかく苦手

2019年春からミニマリズムに気持ちが向かい、

モノの処分に拍車がかかっているきょうこのごろ。

 

そのなかにあって、自分の場合、

手放すハードルがどうにもこうにも高いのが「紙物」。

 

思うに、印刷物や紙に書かれたものは

基本、残すために存在していると思うのだ。

だから捨てにくくても仕方がないと思うのだ。(涙目)

 

その残す期間と意味が紙によって違う。

もともとの意味も違うし、自分にとっての意味も違う。

 

意味が異なれば対応の仕方も異なるわけであり、

その判断が難しい。

 

各種書類、写真、日記、ノート類、本。

 

ミニマリズムに気持ちが向かう前から

紙物についてはどうにかしたいと思っていたのだが、

いよいよはずみがついて、どうにかすることにした。

 

選んだ道は、手放せないものはスキャンして処分するという方法。

 

紙そのものではなく

その上にのっている情報に意味があるとしたら、

その情報のみを残して紙を処分すればよいのではなかろうか。

 

もちろん、モノそのものに意味があると感じる場合や、

間違ってデータを削除したときにすごく後悔しそうなものは

そのまま残すことにして。

 

ミニマリズムに憧れる人なら真っ先に捨てそうな

取扱説明書の類も含め、

いろいろなものをスキャンしているので、

データとしてはけっこうな量になるが、

部屋のなかで占める物理的な量はかなり減る。

 

もっと思い切って そのまま捨ててもいいのかもしれないけれど、

自分としてはこれでも前進だと思う。

 

これでいいのかどうか悩んでいても先に進まないので、

「やれば終わる」を合言葉に

スキャン作業に精進する日々なのだった。