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「あるがまま」のパラドクス

岩田真理『流れと動きの森田療法』
を読んでいる。



森田療法にはいろいろな用語が出てくるのだが、
そのひとつに「あるがまま」という語句がある。

ひとつというより、
最も重要な集約された一語だと、
私は思っていた。

しかし、実は森田正馬は、
この「あるがまま」という言葉を
それほど多用はしていないのだそう。

「あるがまま」という言葉が独り歩きをすると
神経症の人はそれを目標にして
かえって混乱するということを
どこかの時点で理解した森田正馬は、
「あるがまま」を他の言葉で
置き換えるようになったのだとか。

たとえば「柳は緑、花は紅」。

 (期せずしてこの言葉は
  玄侑宗久『禅的生活』に出てくる)

あるいは

 「自然服従」
 「事実唯真」
 「なりきる」 

など。

「あなたはそのままの自分でいいんだよ」
と言われれたら、
「そうか、このままでいいんだ」
とホッとすればよさそうなものを、
神経質な人たちは、
「どうやったら“あるがままでいい”と
 思えるようになるんだろう」
と考えてしまう。

つまり、森田療法を学んで症状を克服することで、
現在の自分とはまったく違う
「あるがままを受け入れられる自分」が
どこかの時点で現れてくると思っている。

その空想のなかの「あるがまま」の自分は、
すでに現在「あるがまま」の自分ではない。

ぜんぜん「あるがまま」じゃないじゃーん、
という話。(私の表現です↑)

 (面白いねぇ〜〜)

で、ここからひとつ前の記事の
行動の話につながるのだけれど、
結局、所詮変えられないものを変えようとするから
空回りするということなんだと思う。

実際、整形で外形的なことが変えられる時代だし、
自己改造本などもいっぱい出てるので、
自分の性格なども変えられそうな気がするけれど、
果たしてそうなんだろうか、
ほんとにその人は変わってるんだろうか、
変われるんだろうか・・・

がしかし、ひとつだけ言えることがある、
と岩田さんは続ける。

その人の態度・行動が変われば、
外から見てその人は変化したように見える、
ということ。

つまり、「思いやりのある人」に
「なろう」とするんじゃなくて、
思いやりのある行動・態度をとる。

早起きできる意志の強い人間になるのではなく、
早起きしなくちゃならない状況を作り、
実際に早起きをする。

つまり、まずは「自分は意志が弱い」
ということを自覚し、認める。
そこから始める。

自分は思いやりがない人間だと
しっかり認識したら、
人のなかにいるときに、
相手の立場に立てない自分を踏まえたうえで、
いつもより真剣に相手の話を聞くようになる。

理想の自分になろうとするのではなく、
具体的に足りない部分をどうカバーするか考えていく。

つまらないことが気になる自分も「あるがまま」、
他人にイライラする自分も「あるがまま」、
それを否定したくなる自分も「あるがまま」。

そのままで生きていくしかない。

そのままの自分を、
現実のなかでどう生かしていくかを考えることが、
変化につながる、と。

岩井寛『森田療法』に出てくる
「あるがまま」へのアプローチとは
ずいぶん雰囲気が違うけれども、
とてもわかりやすくまとめてあると思う。

(つづく)

 2014.04.23 Wednesday 11:54 強迫神経症 permalink