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ネットを使うメリット・デメリットを書き出してみる

米田智彦『デジタルデトックスのすすめ』を読んでいる。



というわけで、第2章は、
米田さんが実際にやってみられたという
デジタルデトックスの生活習慣編のレポートになっている。

その準備段階として、
3ステップのメモが示されているのだが、
そのなかの1つである、
「ネットを使うメリットとデメリットを書き出す」
という作業を、自分もやってみた。

やり方は簡単で、ほんとにそのまま
メリットとデメリットを書き出すだけ。

私の場合、こんな感じです。↓

〔メリット〕
 1.とにもかくにもあらゆる意味で調べものに便利。
 2.面白い人・モノ・コト・言説に出会う可能性が
   圧倒的に高まる。
 3.買い物や銀行振込みなどに便利。
 4.自分の考えたことをブログなどで発信することが、
   とても楽しい。
 5.動画や音楽を無料で視聴できる。

〔デメリット〕
 1.だらだらと続けてしまって、時間をとられてしまう。
 2.気が滅入ったり不愉快になる言葉を読む機会が
   圧倒的に増える。
 3.身体を動かさなくなる。
 4.いろんなことに受動的になっている気がする。

いずれ(私にとっての唯一のSNSである)
Twitterに特化したメリット・デメリットも
書き出してみたいが、まだ経験が浅いので、
今回はそれを含めてのおおまかりなくくりとして
ネット接続について考えてみた。

米田さんが書き出している項目と
ダブっているところもあるし、
ダブっていないところもある。

ダブっていないところについては、
やはり米田さんの「お仕事柄」に
よるところが大きいのではないかと思う。

さて、これを書き出してそのあとどうするか、
ということは次のステップに示してあるのだが、
そこは割愛して(本を読んでくださいね〜)、
上記の「私にとってのデメリット」について
もう少しつっこんで考えてみたいと思う。

この4つ、どれもきっと、
とても大切なことだと自分で思う。
あるいは、とても大切なことを失っていることだ、と。

なんというのか、ネット漬けの私たち、
(あえて“たち”と言ってしまいます)
いま、あのクラゲの形をした古典的な火星人のような身体に
なってしまっているんじゃなかろうか。

どこかが異常に肥大して、
どこかが萎縮・退化してしまっている。

萎縮してるものはわりとわかりやすくて、
それは全体的な身体機能、および五感だろう。

たとえばきのう、入院していた母の退院にあたり、
入院費の金額と振込み先の連絡を
携帯のCメールで受け取った私は、
忘れないうちに…と思い、
すぐにネット経由で振込みして、
振込みしたむねCメールで返信した。

所要時間わずか10分。
なんて便利な世の中になったんだろうと思う。

もし携帯電話もパソコンもなかったら、
私は電話を受けて振り込み先をメモして、
洋服を着替えて、
銀行か郵便局かコンビ二に歩いて行って、
振り込んでいたことだろう。

もちろん、ネットで振り込めるとしても
その選択をとることはできるわけだが、
逆にいえば選択しなくてはならないわけなのだ。
ネットがなかったら選択の余地はなかった。

これら1つ1つは小さなことでも、
それらが積み重なって日常生活は成り立っているのだから、
トータルでみたらかなりの影響ではなかろうか。

もうひとつ、今回はデメリットの2、
「気が滅入ったり不愉快になる言葉を読む機会が
 圧倒的に増える。」
について考えたい。

これがけっこうないがしろにできない問題なのではないかと、
最近強く思う。特にTwitterを始めてから。

ネットがなかった時代、
私たちの目に触れる「書き言葉=読み言葉」は、
書籍や新聞や雑誌などプロが書いたものか、
自分宛の個人的な手紙がほとんどだったと思う。

前者は、書き言葉の訓練をした人たちが書いていて、
編集という他者の目を通して出されているので、
当然のことながら整えられており、
内容・表現双方のチェックがなされている(はず)。
そして責任を負っている。

後者はまずなんといっても相手を知っているし、
自分だけに向けて書かれた文章なので、
たとえショックを受ける内容があったとしても、
単なる攻撃や非難などではないし、
受け止め消化することができる。
相手だって何かを引き受けて書いているのだ。

というか、そもそもそういう手紙自体、
10年に1通あるかどうか。
大抵は他愛ないおしゃべりや現況報告で、
それは親愛の情を基本としていた。
そうでなければ、
手間をかけて手紙など出さないだろう。

ところが、ネットに接続するようになると、
上記のどちらでもない書き言葉に日々さらされるようになる。
単語レベルから文章レベルまで
後味のわるいコトバに接触する機会が圧倒的に増える。

これってけっこう、私たちの心身に
大きな影響を与えているのではないかと最近思う。

読むほうはもちろん、もしかしたら書くほうにも。

書き言葉=読み言葉は、侮れない。

ということについて、
次回、さらにつっこんで考えていきたい。

(つづく)

 2014.02.13 Thursday 12:00 『デジタルデトックスのすすめ』 permalink