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坂口恭平が「建てない建築家」になったわけ
坂口恭平さんの本をもう1冊読みたかったので
坂口恭平『独立国家のつくりかた』
図書館から借りてきて読んだ。

読み始めて、びっくりした。

すごい。

こんなことを考えている人がいるなんて…!

だけど、そこに書いてあることは、
とてもあたりまえのように思えた。

とてもあたりまえのことなのに、気づかなかったこと。

この本は売れているらしいとどこかで読んだが、
そうだとしたらなんだかほっとする話だ。

で、休憩しながら読めばよいものを
あまり間をおかずに一気に読んでしまったので、
おそらく自分の疲労感のせいで
前半のテンションが後半まで続かなかったのが、
ちょっと残念だった。

ほんでもって、図書館に返却したあと、
あらためて購入。

今度こそ落ち着いてじっくり読んでみたいと思う。

(なお、こういう本でネタばれというかどうかわかりませんが
 部分的に詳しく取り上げてしまいますので、
 興味をもたれている方は是非まず本を読んでくださいませ。)



坂口恭平さんは大学で建築を学び、
いま現在たくさんもっている顔(肩書き)のうちに
「建築家」も含まれている。

しかし、いまだに現行の日本の法律でいうところの
「建築」はたてたことがないのだそう。

建築家の資格も持っていないし、
そもそも自分の仕事でそれが必要だとも思っていない。

しかし、「建てない建築家」として、
自分にとって家とは何かを言語で伝え続けている。

なぜ坂口恭平は、建てない建築家になったのか。

大学4年生のとき、就職活動もせず、
かといって設計事務所を立ち上げる気もなく、
まったく夢がないお先真っ暗な状態だったとき、
それでも、何かないかと毎日外へ出ては歩いて物色していた。

隅田川沿いにはブルーシートハウスが立ち並んでいる。

当時は、ホームレスをただのホームレスと思い込んでいたが、
何か気になっていて、
これもまた建築なのだけれど、あまりにも小さくか弱く、
可能性があるように思えないし、
むしろ彼らをどうにかして支援する必要があると思っていた。

そんななか坂口さんは、1軒の家と出会う。
普通のブルーシートハウスだが、
屋根に不思議なものが載っている。
小型のソーラーパネル。

思わずノックした。

家の中に入ると、畳一枚分ぐらいの小さな家。
しかもオール電化!
寸法を測ったら、間口が900ミリぴったり。
とても丁寧なつくり。

坂口さんはこれだと思った。
今まで見てきた建築の中で、
一番自分が思っているものに近い、と。

そうして坂口恭平さんは卒業論文で、
路上生活者の家の調査をすることになる。

ほとんど商品と化してしまっている現在の建築の状況に絶望し、
鳥の巣のような家を建てたいと考えていた坂口さんには
彼らの家だけがその可能性を見せてくれる希望の光だった。

話はさかのぼるが、
坂口さんが建築を建てるという思考を完全にやめたのは、
大学3年生のときだったそう。

そうすることになったのは
「生理的におかしいと思うことを受け入れるのはやめよう」
と思ったから。

きっかけは、大工の修行をしたとき。
大学生の坂口さんは町大工さんに弟子入りして、
家一軒を建てるまでのすべての見せてもらうことになった。
基礎工事から全部かかわる。

初めて経験したその現場で、
植物が根こそぎ掘り出された大きな穴に
コンクリートが流し込まれていくのを見る。

坂口さんは、その過程が生理的に受け付けられなかった。

なんかこれ、普通に考えたらおかしいような気がするけど、
なんでみんな平気な顔でやってるんだろう?

不安になった坂口さんは親方に聞いた。

これってなんかおかしくないっすか?
昔はただ石ころを置いてその上に家を建てていたわけでしょ、
なんで、こんなに掘って、そこにコンクリを
ぐりぐり流し込むんすか?と。

親方は迷わず、こう返した。
「そうだよなあ。やっぱおかしいよなあ」

坂口さんはそれ以降、親方に質問攻撃をすることになる。
なんでこんな建築のつくりかたになっちゃったんだ、
おかしいだろう、と。

親方は毎回、「おかしいとわかってる」と言う。
でも、それじゃ食っていけない。
今は、建築士の免許がないと建築がつくれないから、
大工じゃ無理だ。
できたとしても基礎のない建築なんて今の法律じゃ無理だ。
土を掘らんと家は建たん。

でもそんなことをしなくても本当は問題ない…。

親方は問題があることは生理的にわかっているのに、
匿名化した建築社会システムでは
それが当たり前ということになっているので
身動きがとれなくなっている。
でも、それがおかしいことを本当はわかっている。僕にはそれが希望だった。自分がおかしいと思っていることは本当におかしいのだと。
 生理的におかしいことを受け入れてはいけない。それは疑問として、ちゃんと自分の手前でとどめておかなくては駄目だ。体内に入れて咀嚼(ルビ:そしゃく)してしまったら、自分が駄目になってしまう。
(p.67)

(つづく)
 2013.09.15 Sunday 14:15 坂口恭平 permalink