皮膚が弱い

身体のことを部位別に書いていて気づいたのは、

頭部が多いなぁということ。歯や首や眼など。

 

首から下はどうだろう?と考えてみると、

便秘やガスだまりのこと、子宮筋腫のこと、

一時的な背中の痛みで病院に行ったときのことなど、

不具合があるにはある。

 

で、そういう話ならもっと広範囲、

ほぼ全身に関わっていて

しかも自分の生活に濃くかかわっている

弱い体質があった。

 

皮膚。

 

子どもの頃から弱い。

 

全身に関わるといえば関わるけれども、

症状が出るのは一部。

なんらかの刺激が加わったと思われる場所。

 

小さいころから皮膚が弱かったけれど、

若い頃は皮膚科に継続的に通うことがなかった。

 

思い出せるのは、20代くらいに

尋常性白斑(たぶん)ができたときくらい。

 

あとは、たまに何かで

数回行ったような記憶がかすかにあるけれども、

定期的に通うようになったのは、

定住してかかりつけ医ができてからだ。

 

思うに、皮膚は、長くかかる。

長くかかるというか、

やけどなどの突発的なものをのぞけば、

ある意味、一生つきあっていく人は

一生つきあっていくことになるのではなかろうか。

 

私も、部分的なトラブルはすぐに治ることもあるけれど、

長くかかるところは長くかかっている。

とにかく薬を根気よくつけるしかない。

 

最近の話でいえば、

病院の予約をするのが少し遅くなってしまい、

薬がすっかりなくなって

私の右手の手荒れがひどくなってしまっていた。

 

それが久しぶりに病院に行って薬をもらってつけると、

みるみるよくなっていっている。

 

強めの薬だからそんなに効果が出るのかもしれず、

考えようによっては怖いことだけれど、

一度荒れると大変なので

症状を抑えられるのは本当に助かる。

 

少し話はそれるが、

強迫性障害をもっている私は

一時的に軽めの感染恐怖症になったことがあり、

そのときにあれこれ調べて思ったことは、

「皮膚ってなんてありがたいのだ!」

ということ。

 

外界から自分を守ってくれている。

 

洗浄強迫で手を洗いすぎて手のバリアを壊したら、

本末転倒だ。

 

まあ、そういう理屈が通らないのが

強迫ではあるのだけれど。

 

皮膚が弱いのは体質だとしても、

少し洗いすぎな面はあるので

もっと皮膚を大事にしようと思うことであった。

 

あとはたぶんインターバル家事とかやってるから

家事の段取りがわるく、水に触れすぎなのだと思う。

ちょっと策を練らねば。

 

住む場所とかかりつけ医のこと

私は20代、30代のころ、

しょっちゅう引っ越しをしていた。

 

数えてみたら、18歳から42歳までの間に15回。

1年半に1回の割合で引っ越しをしていることになる。

 

なんでそんなことになったんだ??と

それぞれの引っ越しを振り返ってみれば、

それぞれに事情があったことを思い出す。

 

そして、引っ越しは嫌いじゃなかったりする。

 

いまのマンションに引っ越してきてからは

途中で一度マンション内引っ越しをしているけれど

基本は同じところに14年間住み続けている。

 

引っ越しの必要がなかったから

引っ越さなかっただけだけれど、

子育てのことも大きく関係していると思う。

 

通園や通学のことがあるので、

そうそう簡単に環境を変えることはできない。

 

でも、もうそういうことをあまり考えなくていい時期に入り、

むしろ引っ越したほうがいいかもしれない状況も考えられ、

一時はそれが少し現実的になったので

久しぶりに引っ越しをイメージしてみたことがあった。

(その後、状況は解除された)

 

引っ越し先の候補の場所を決めて賃貸物件をネットで探し、

その間取りをもとにしてものの置き場所を考えてみたり。

この段階では「引っ越し=住空間が変わる」だった。

 

そういう作業は好きなのではじめは楽しんでいたのだが、

リアルに引っ越しをイメージしながら

何か困ることはあるだろうか?と考えていたら、

とても困ることを思いついた。

 

それはなにかというと、かかりつけ医が変わること。

 

つまり「引っ越し=住環境が変わる」ことに気づいた。

近所の風景やお店が変わることは少し楽しみだが

病院については不安しかない。

 

20代、30代のころは

そもそも病院にお世話になること自体が少なかったし

お世話になるとしても短期間だった。

 

一方いまは、小児科・内科から始まって

歯科、皮膚科、眼科、耳鼻科、婦人科、

乳がん検診のためのブレストクリニック、

場合によっては整形外科など、

身体の部位ごとにかかりつけ医がいっぱいいる。

 

引っ越すということは

そのうちのほとんどを変えるということであり、

いままでの経過を把握してもらっている

お医者さんからはなれること自体が不安だし、

新しく信頼できるお医者さんをさがすというのも

けっこう大仕事になることが予想できる。

よい出会いがあればいいけれど。

 

逆にいえば、私としては最後のチャンスかもしれない。

70代、80代になってかかりつけ医を変えるのは難しいが、

60代までだったらアリかもしれない、なんて思っていた。

 

が。

 

そうはいかないと感じたのが

例のコンタクトレンズの一件だったのだ。

 

もともと眼科は2か所通っていた。

 

うち1か所は家から20分くらいかかるところにある眼科で、

コンタクトレンズの検査や処方をはじめとして

もともとの眼のかかりつけ医だった。


その後、近所に新しく後者ができ、何しろ近いので

眼に何かあったときにはこちらに行くようになっていた。

 

コンタクトについてはひきつづき前者のお世話になっていたのだけれど、

あるとき、前者の眼科が事情により閉院になってしまったのだ。

 

気に入っているところだったのでショックだったし、

どうしたものか迷いつつ検診もしないまま時が過ぎていたのだが、

さすがにもうそろそろコンタクトレンズを換えなくてはいけない時期になり、

もうひとつの眼科に1年数ヶ月前に処方箋を出してもらいに行った。

 

そこはそこで眼科としては信頼していたけれど

コンタクトレンズについてはこれまでとは勝手がちがっていて、

処方されるレンズのメーカーも変わってしまい

使いはじめのときになんとなく眼に違和感があったりして

不安があったのを覚えている。

 

数日で慣れて1年数ヶ月は特に不具合はなかったので

レンズがあっていなかったわけではないと思うけれど、

病院が変わったことによる私の心理的な負担は確かにあった。

 

今回も、もし前者の眼科で眼鏡をすすめられたなら、

もっと素直にコンタクトレンズを卒業できていたように思う。

 

後者の眼科だってけっこうな年数お世話になっているのであり、

そういう病院に対してさえこんな状態なら、

すべての科で新しいお医者さんをさがして見つけるのは

そうそう簡単に実現できることではないと思った。

特に不安感の強い自分の場合。

 

「いい病院」「いい先生」を見つけるのも大事だけれど、

「同じところに長くお世話になる」というのは

それはそれで大事なことだと思うわけなのだ。

 

というようなことにあわせて

トシをとると賃貸物件を新しく借りるのが大変になるし

特に私の場合は厳しいだろうということを考えあわせると、

よほどのことがない限りこの地で暮らしていくのだろうなぁ、

と最近では思っている。

 

引っ越しが嫌いじゃない自分としては

若干、残念な気がしないでもないけれど、

このトシになると、

同じ場所に住み続けることができるのであれば

それにこしたことはないのかもしれない。

 

あのとき引っ越しのイメージをするのが楽しかったのは、

住環境のことよりも住空間のことが大きかったと思う。

 

そしてそれは、ミニマリズムへの憧れにつながっている。

 

 

コンタクトレンズを卒業した話

ことのはじまりは今年の10月上旬だった。

 

左目に異物感を感じて

最初はごみか何か入ったのだろうと思っていたが、

どうにもいつもと様子が違う。

 

レンズをはずしても違和感が残るので、

これは眼の問題かもしれないと思い

眼科へ行って診てもらったころ、

黒目に傷がついているとのこと。

 

薬を処方されて数日後にまた診ていただいたら、

傷は消えていた。

 

よかったよかったと思いながら

コンタクトレンズを再開したものの、

やっぱり調子がわるい。

 

また眼科へ行くと、

前よりも広い範囲で傷がついているとのこと。

レンズが汚れているわけでもないらしい。

 

薬が追加になってしばらく様子をみて、

もう一度診察していただいたところ、傷は治っていた。

つまり、レンズを使わずにいたら大丈夫だけど、

レンズを使えばまた傷がつくという状態。

 

どうやら涙の量が少なくなっていて、

レンズの摩擦の影響が強くなっているらしい。

 

というわけで、先生から

コンタクトレンズなしの生活をすすめられた。

 

が、その段階では私がしぶった。

 

ので、涙を出やすくする薬を新たに処方されて、

再び様子をみることに。

 

こういう状況になってはじめてネットで検索して

はじめて知ったのだけれど、

トシをとるとそういうことになるのですね。

知らなかった。

 

老眼や白内障のことを考えたことはあるが、

トシをとるとコンタクトレンズが使えなくなるなんて

意識したことがなかった。

 

それで年配者は眼鏡の方が多いのだろうか?

 

何かにつけ加齢を意識する年頃ではあるが、

まさかこんな方向からも感じるときがこようとは。

 

そんなこんなでしばらくは

コンタクトレンズを諦められずにいたのだが、

コンタクトレンズじゃないとだめな生活もしていないし、

また違和感や痛みが出るのもいやだし、

傷からばい菌が入って大変なことになるのも困る。

 

というわけで、

だんだんと眼鏡生活に移行する気持ちになってきて、

眼鏡の処方箋を出してもらうため、

また眼科に行ったのだった。

 

すでに眼鏡は持っていたけれど、

十数年前に作ったものだったし近視用だったので、

このたび新しく遠近両用の眼鏡を新調したしだい。

 

フレームも新しくしてレンズ代を含めて3万8千円くらい。

コンタクトレンズと変わらないなぁ、結局、お金かかるなぁ、

と思ったけれど、大切に使えば長く使えるだろうか。

それとも、老眼が進んで数年後に作りなおしになるのだろうか。

 

こんなことなら、もう少しだけ若いころ、

レーシックかICLを検討したほうがよかったのかもなぁ、

と思ってみたり。

 

でも、そのころICLってあったかな?

 

そしてふと思い出したのが、歯列矯正のこと

 

あのとき「歯」にお金と時間を使ったから、

「眼」は仕方がないんじゃなかろうか…と、

よくわからない理由で自分を納得させようとしてみたり。

 

それに、これから先、

白内障になったときの手術の抵抗感が少し減るかもよ…と

わかるようなわからないような理由で

自分を納得させようとしてみたり。

 

そもそも、眼鏡の何に抵抗があるのだろう?

 

やはり見た目だろうか。

でも、見た目を気にするなら、

他に気にすることがあると思う。絶対。

 

見た目のほかは、やっぱり鬱陶しいというのは確かにある。

 

でも、たとえあともう少し

コンタクトレンズを(短時間なら)使えたとしても、

これから先、使えなくなっていく可能性が高いならば、

早めにこの状況を受け入れてしまって、

前に進むほうがいいのではなかろうか?

 

老いを生きるって、

結局そういうことなんじゃなかろうか?

 

と、自分に言い聞かせながら

結局、その後コンタクトレンズは一度も使っておらず、

眼鏡ライフに移行している。

 

そして、眼鏡をかけている人を観察している。

 

もともと、コンタクトの装着も脱着もケアも

特に負担は感じなかったので

眼鏡にしてからの利点というのは感じられないが、

強いていえば目薬の消費量が減った。

以前は目薬必須の毎日だったから。

 

ということはやっぱり、

涙が少なくなっていたんだろうな。

 

なんとなく、あともう少ししたら

眼鏡にすっかり慣れてしまうような気がしている。

 

いや、慣れていいのだけれど。

 

頸椎ヘルニアの経験をふりかえる

私は2015年2月に頸椎椎間板ヘルニアを発症した。

 

その少し前くらいから

首を横に倒したときに痛みを感じるようになっていて、

一応人並みに肩こりや首こりはあるほうだから、

その延長かなぁ、なんて思っていた。

 

ところがある朝、左肩から左腕のあたりに

これまで経験したことのないような痛みが生じて目が覚めた。

 

矛盾した言い方になるが、

「強い鈍痛」と表現をしたいような痛み。

確か手持ちの鎮痛剤を飲んだと思うが、効果はなかった。

 

どうにもこうにも身の置き所がなくて

救急車を呼ぼうかと思ったくらいだったが、なんとか耐えて、

以前、娘がお世話になった整形外科へ歩いて行くことにした。

 

道路の事情でタクシーでは行きにくいところだったので、

なんとかがんばって20分ほど歩いた。

 

レントゲンを撮ってもらったところ、

首の骨と骨の間が狭くなっている……と、

言われたような気がするけれど、よく覚えていない。

 

で、ヘルニアかどうかを確認するため、

MRIのある医療機関を紹介され、

予約をとってもらい、タクシーで向かった。

首固定のカラーをつけて。

 

結果を聞けたのは6日後。

やはりヘルニアだったらしい。

原因はわからないとのこと。

 

ひっこむのに3ヶ月くらいかかるそうだが、

薬の処方と首固定のカラーだけでなんとかなるようで、

手術やリハビリは必要ないらしく、その点はほっとした。

 

最初の1週間くらいはそれなりに痛みが続いたが、

だんだんとおさまってきて、

発症して1ヶ月あまりたつとだいぶラクになった。

 

薬を少しずつ減らしていき、

首固定カラーをはずしてよくなったのは

5月頃だったと記憶している。

これが夏じゃなくて本当によかったと思った。

 

その後は再発することもなく、現在にいたっている。

 

なぜ発症してしまったのか原因はよくわからないが、

加齢というのは要素として大きいのかもしれない。

 

また、パソコンの前に座っている時間が長くて

同じ姿勢を続けていたことや、

メタルラックのスライド棚にパソコンを置いていたので、

知らず知らずにその上のバーにおでこをおしつけていて、

首に妙な負担がかかってしまったのかもしれない。

 

そしてもうひとつ、心あたりがある。

もしかすると、発症の最後のひとおしをしたのは

前日にネットで調べて自己判断でやった

体操だったのかもしれない。

 

肩こりや首こりの延長だと思って体操をするうち、

やってはいけない動きをしてしまったのではなかろうか。

 

実際にどうだったかはわからないけれど、

とにもかくにも、いつもとは違ったことが起きたとき、

自己判断で余計なことはしないほうが無難かもしれない、

ということを学んだ体験となった。

 

歯列矯正を決断したときのこと

私は40代後半で歯列矯正をした。

 

もともと歯並びはわるいほうだったけれど、

それまでは歯列矯正をしようと考えたことはなかった。

 

矯正は子どもの頃にやるもので

大人になってからだと抜いて差し歯にするとか、

そういう世界に突入するのだと漠然と思っていたから。

 

なんてったって、お金がかかりそうだし。

 

人前に出る仕事をしているわけでもないし、

自分が歯の矯正をするなんて分不相応、対象外。

そんな思いがあった。

 

だけど、上の前歯の左側だけ

なんとかならないかなぁという希望は

心の奥にずっと持ち続けていたように思う。

 

歯列矯正を考え始めた直接のきっかけは、

かかりつけの歯科医院の院長先生に

「歯並びが気になりますね」

と言われたことだった。

 

「歯磨きをがんばってください」

みたいなことを言われて

「(もう十分がんばっています)」

と心の中で答えた私。

 

実際、毎晩15分くらいかけて歯を磨いてフロスもして、

検診にも通って、 これ以上、どうしろという……

という気持ちだった。

 

その指摘を受けたのは、5本の歯を治療するために、

半年間、歯医者さんに通ったあとだったのだが、

5本のうちの4本は歯と歯の間から発展した虫歯で、

残る1本は上の前歯。

 

すべてを歯並びのせいにしてはいけないけれど、

歯並びのわるさからくるもの、

かみ合わせのわるさからくるものも

あったのではなかろうか。

 

これから先は虫歯のみならず

歯周病の可能性も高まってくる。

 

歯並びをなおすことで、見た目もきれいになり、

かつ、虫歯や歯周病のリスクを減らせるのなら、

一度考えてみてもいいのではなかろうか?

 

と思うようになり、

矯正の相談をしてみることにしたのだった。

 

矯正することについての心配ごとは3つ。

歯を抜くこと、 お金のこと、 年齢のこと。

それぞれについて、

しつこいくらい 矯正歯科の先生に質問した。

 

歯を抜くことについては、

時間も空間もモノの数も有限だから

に書いた通り。

 

お金のことはいちばんの懸念だったが、

あれこれ考えるうち、自分のなかでGOサインが出た。

 

ちなみに、最初に目安として提示されたのが85万円で、

最初に収めたのが70万弱だったと思う。

 

始める前にこの金額を払ったのは正解だったと思う。

というのも、金額の大きさが継続の後押しになるので。

 

何しろ矯正というのは気の長い話で

それなりに大変な場面もあるので、

がんばって続けるためにも

最初におさめた金額の大きさには

意味があるよなぁとしみじみ思ったものだった。

 

年齢のことも、気がつけばもう10年たっている。

過ぎてしまえば早い。

 

いまだったら、もうやらないと思う。

ぎりぎりのタイミングだった気がする。

 

あのときやってよかったなぁと思うのは、

自分の歯並びがよくなって、

現在、口の中の状態がよいことはもちろんのこと、

その後、娘の歯がねじれてはえてきてしまい、

部分矯正をすることになったときに、

矯正がスムーズに始められたこと。

 

自分がやっていなかったら、

娘の矯正のハードルがもっと高かったと思う。

 

そんなこんなで、大きな金額を投じたけれども、

それだけの意味はあったと感じている。

 

1