約半年前の部屋の写真を見てみたら

今年の6月上旬に撮った部屋の写真を見てみた。

少しは風景が変わったかな?と思いながら。

 

しかし、あんまり印象は変わらない。

少しがっかり。

 

メタルラックという大物がなくなっても、

紙物がだいぶなくなってモノが多少減っても、

それだけですっきりするものでもないらしい。

 

あーあと思っていたら、ふと、

「こういうのいいなぁ」 と昔思った

収納の写真のことを思いだした。

無印良品の商品使用例の写真だったと思う。

 

同じ大きさの棚が並び、

棚ごとに同じ種類のボックスなどが

整然と並んでいる写真。

 

モノがたくさんあるけれど整然としていて

ある意味、すっきりしていた。

たくさんあるのに整えられている。

 

いや、むしろ同じものがたくさんあるから揃えられて、

すっきりするのかもしれないと思ってみたり。

 

その部屋はわが家で実現可能だろうか?

と考えてみた。

 

部分的には可能かもしれない。

でも、その風景とはまったく違う風景が

別のところに立ち現れる。

 

テレビ、電話、プリンター、スキャナ―が並び

本の様々な背表紙が並ぶ風景。

 

それがいやなら、

テレビ、電話、プリンター、スキャナー、

そして本を隠すか手放すかしなければならない。

 

いまはそういう意味での「すっきり」を

目指しているわけじゃないよね、と思いなおす。

 

素敵なインテリアの部屋を目指しているわけではないし、

おしゃれな生活を望んでいるわけでもない。

 

手放せるものをできるだけ手放し、

減らせるものをできるだけ減らして

少し身軽になりたいだけなのだ。

 

とりあえず記録のためにいまの部屋を撮影してみた。

そうしたら、あいかわらず雑然とはしているけれど、

半年前よりは少しモノが減ってきたな、

たぶん細かいところを片づければもっとすっきりするな、

と思えた。

 

そうか、写真と実物じゃなくて

写真と写真を比べないとフェアじゃないか。

 

ゲンキンなもので、少し元気が出てきた。

 

表に出ているものを収める段階

片づけをしているとき、

あえて目に見えるところに置いて

自分に意識させることが

有効な場合があると思う。

 

いまでいえば、自炊待ちの本がそんな感じ。

 

だけど、あるところまできたら 

見えているものを見えないところに

収めてしまうほうが

逆に有効となる時期というか

段階があるように思う。

 

見えなくなることで

いまよりはすっきりした状態の体験ができるし、

見えているものを収めるために

収める先を整理するという動機づけにもなる。

 

というわけで、自炊待ちの本以外について、

表に出ているものでどこかにしまえそうなものを

できるだけ収めてみるキャンペーンを

実施してみることにした。

 

不都合があればすぐにもどせばいいわけなので。

 

最初は、1つずつのモノについて

「なぜそれをそこに置いていたのか」

を問いながら収めていっていたので

わりと奥深い作業になる雰囲気だった。

 

が。

 

その雰囲気はあっさりと薄れ、

ただの片づけになっていき、

ただの掃除になっていった。

 

表に出していたというより、

とりあえずそこに置いていた、

という場合がほとんどだとわかった。

 

そして「とりあえず」モノが置かれた場所は

汚れているものであり。

 

というわけで、キャンペーンというよりは

ふつうに片づけをして

ふつう掃除をしている状態になっている。

 

まあ、それはそれでよいことなのだけれど。

 

あとひとつわかったことは、

一度こういう時間をもつと

目に見えているものが気になって

できればしまいたいと思うようになること。

 

それもよいことじゃないか。

 

なんでもかんでもしまい込んで

そのまま忘れてしまっては本末転倒だけれど

ここまで捨て作業を進めて残ったモノたちなので

今度は収納してみて、それを使っているのか

どう使っているのかどこに置けば便利なのかを

観察してみようと思う。

 

掃除はしやすくなっているのか

ミニマリズムに憧れるようになった理由のひとつに、

掃除がしやすくなるのではないかという期待があった。

 

がしかし、モノを捨て続けて9ヶ月、

モノがなくなってきたという印象はあっても

部屋がきれいになったという印象はまったくなく、

掃除をするようになったという印象もまったくない。

 

たとえば、メタルラックを苦労して掃除していた人が

メタルラック自体を手放したらそれは手間が減るだろう。

 

しかし、「埃まみれだなー」と思いつつ

ただ眺めていた私の場合、

もともとなかった掃除の手間はなくなりようがない。

 

確かに汚れるモノ自体は減っている。

メタルラックがなくなったのだから、

埃まみれのメタルラックはなくなった。

それはよいことだ。

 

でも、うちの中で発生する埃の量が変わらないのなら、

メタルラックにたまっていた埃は

別のところにたまるはず。

 

いまはもともとメタルラックを置いていたところに

本棚として使っているコンテナ4台と

ポリプロピレン引き出しを置いており、

そのうえにはスキャナー、プリンター、

電話が並んでいる。

 

ということは、メタルラックについていた埃は、

今度はそれらにつくことになるはずであり、

それらを掃除する必要があるということだ。

 

結論として、中途半端にモノをなくしただけでは

部屋はきれいにならないし

掃除をするようにはならないということがわかった。

 

だから結局、掃除については

意識的に習慣化させるしかなさそう。

 

でも、掃除が「しやすく」はなっているはず。

だから、ハードルは下がっているはず。

 

この半年あまりモノを捨てながら、

片づけも大事だけど掃除も大事だよなぁと

たびたび思った。

 

こんまりさんの話を思い出すと、

自分と向き合う行為から自然と向き合う行為へと

意識のウェイトが少し移ってきているのかもしれない。

それは望むところだ。

 

というわけで、掃除の習慣づけも

ぼちぼち視野に入れていこうと思う

きょうこのごろなのだった。

 

パソコンに依存した日常生活とその経費

片づけにかかっているお金を確認していて

しみじみ思ったのだけれど、

結局はパソコンまわりにお金がかかっている。

 

今年は私のパソコンも娘のパソコンも調子がわるくなり、

買い替えたり修理したりして合計約7万円ほどかかった。

 

そして私の新しいパソコンは

薄くて軽くて安いものを買ったのはよいけれど、

USBポート付きのLANアダプタとか

外付けのCD/DVDドライブとかが必要になって

それらを買い足すことになった。

 

さらに、データ整理のためのアダプタやカードリーダー、

置き場所の関係でUSBの延長ケーブルも買い、

プリンター、スキャナー、電話、パソコンで

電源もごちゃごちゃするので10個口タップも買った。

 

あとはセキュリティソフトのこともあるし、

通信費のこともある。

 

なんだかんだでお金がかかっている。

というか、かけている。


これらは昔だったら必要のなかった経費だと思う。

昔というと20数年前。

 

しかし。

 

先日、Windows Updateの件で

急に3〜4時間パソコンが使えなくなったとき、

もはや自分の日常生活は

パソコンなしでは成り立たないことを思い知った。

 

仕事ができないということではなく、

メールやネットができないということでもなく、

日常生活自体もなんだかんだで

パソコンのお世話になっているから。 

 

紙物を手放して電子化しようとしているいま、

その傾向はさらに強まっている。

 

スキャン作業もできないし

データ整理もできないし

保存物の中も確認できない。

 

そして、パソコンが使えないと何もできないと同時に

何もやりたい気持ちになれない。

 

3〜4時間は長いといえば長いけど、

たった数時間といえば数時間。

 

たった数時間でこんな感じになるのかと

自分で驚いた。

 

もっとも、これが1日、2日となってくると

また状況は違ってくるのかもしれない。

 

が、とにかくパソコンが急に使えなくなるだけで

こんなに退屈で元気がなくなるわけであり、

自分が思っていた以上に

パソコンに強く依存していたのがわかった。

 

これではスマホをもっていなくても

あまり状況は変わらないじゃないか。

 

というか、結局私にとってはノートパソコンが

大きなスマホみたいなものかもしれない。

 

SNSにはまっていなくても

ゲームにはまっていなくても、

結局、パソコンとネットに依存している。

 

しかし、パソコンに時間をとられているとは感じない。

むしろ、パソコンは時間をつくってくれているし、

生活を前に進めてくれていると思う。

 

というわけで、パソコンまわりにかかるお金は

いまの私にとってはかなり重要度の高い

必要経費だという結論が出た。

 

もし、かかるお金をもっと少なくしたいのなら

やれることはあると思うし可能だとも思う。


ただ、少なくともいまは動くときじゃないなぁと思う。

プリンターのことで確認したように。

 

まあ、ときどきこんなふうにチェックしながら、

ぼちぼち考えていくことにしよう。

 

今回は「プリンター有り」の生活を選んだ

紙物を手放すのが苦手な私にとって

プリンターは紙物を増やすアイテムでもあるので

なしですませればそれにこしたことはない。

 

と思い始めたころ、

ちょうどといえばちょうどなタイミングで

自宅の複合機のプリント機能が使えない状態になり、

どうしたものかと迷いつつそのままにしていた。

 

いざとなればコンビニでも

プリントできるはずだよなぁと思いつつ、

そのノウハウも習得しないまま

プリンターなしの生活を送ってみていた。

 

そうこうするうち、

プリンターがあると便利だというより

プリンターがないと困る状況になり、

これはもう買わないとだめだとある日決心して

目をつけていた商品をネットで注文した。

 

すぐに届き、すぐに使いまくって、

自宅にプリンターがないと無理な状況だったと

しみじみ思ったのだった。

 

たとえいつか手放すにしても、いまじゃなかっただろう、と。

 

ただ、少しだけプリンターなしの生活をしてみて思ったのは、

特別な用事がないのであれば

プリンターなしの生活は可能だろうということ。

 

今回のように必要になったらすぐに入手できるのだし。

 

しかし、まだ使えるものをあえて手放す必要もないと思った。

あればあったでやっぱり便利だ。

 

それから、今回もやはり

スキャナー機能がある複合機を選んだわけなのだけれど、

自動給紙できないものをスキャンできるのはやっぱりいい。

 

というわけで、今回は「プリンター有り」の生活を選んだ。

 

これが壊れたときに、また考えよう。

 

食品の日常備蓄がうまくいかない

ミニマリズムと防災対策では

トイレ対策と衛生用品について考えたけれど、

一方、食品の備えの答えがなかなか出ないでいる。

 

過去には、長期保存水や

災害時用の食品を試したこともあるが、

少なくとも水は日常備蓄でやっていくことにした。

 

問題は、食品。

 

こちらも日常備蓄、

いわゆるローリングストック法にしたいけれど、

これがなかなか難しい。

 

普段使っているものを多めに買って

使った分だけ補充していけばいいのだけれど、

逆に言えば、

非常時に使えるものを日常使いにする

ということになると思うのだ。

 

わが家の場合、お米や食パンやお菓子、

カロリーメイトやシリアルなどは常備しているので

これらはいざというときにも使えると思う。

 

これにカップラーメンやレトルト食品があれば

さらに安心なのだろうけれど、

日常的に食べたいという希望がない。

缶詰もほとんど利用しない。

 

どうしようかとしばらく考え込んだあと、

まずは、ツナ缶以外ほとんど食べることのなかった

缶詰にいくつかトライしてみた。

 

やきとりとか、からあげとか、サバとかイワシとか。

 

いまはからあげの缶詰ってものがあるのですねぇ。

 

おそるおそる食べてみたからかもしれないが、

どれもそれなりに食せることはわかった。

 

しかし、ツナ缶以外の魚の缶詰は、

食べたあとのにおいが気になるので、

ナシということに。

 

このなかで常備してもいいと思えたのが、

からあげの缶詰。

 

ふつうの「からあげ」と思わず、

「缶詰に入っている、からあげ風おかず」と思うと、

十分においしい。

 

というわけで、これは採用となる。

 

近所のスーパーで売っているので補充もしやすい。

高いものでもないし。

 

そう、日常備蓄というからには、

近所で買えるもののほうがいいと思うのだ。

 

が。

 

困ったことが起こってしまった。

 

起こってしまったというか、

やっぱりそうなるかというか。

 

食べてしまうのだ。

 

近所で買えてそんなに高いものではなくて

味も嫌いでなくて手軽に食べられるものが

家のなかにあれば、

そりゃあ食べてしまうというもの。

 

日常備蓄だからまた買ってくればいいわけだけれど、

なんかこういうことじゃない気がする。

 

そんななか、ナイスタイミングで

親戚がボローニャのパンセットを送ってくれた。

食パンと缶詰のパンが入っているもの。

 

ボローニャの缶詰のパンは

非常食の候補に入れたいところだけれど、

日常備蓄を目指していた私は

とりあえず見送っていた。

 

で、食パンのほうは

もちろんすぐにおいしくいただいて、

缶詰のほうはまだ無事に保管してある。

 

どうしてこれは食べずにいて

無事なのかと考えてみるにつけ、

パンや甘いもの系は

もともと他のものを常備しているので

そちらで間に合うのと、

なんといっても普段食べるには値段が高くて

もったいないという意識があるからだと思う。

 

非常食として考えると高くないけど、

普段食べるものとしては高い。

 

だから逆に、普段は食べないわけなのだ。

 

ということは。

 

少し高くついても

長期保存食品を買っておいたほうが、

備蓄的にも家計的にも健康的にも

結局いいのではなかろうか?

 

というところまできて

まだそろえない状態で根尽きてしまった。

 

そしていまはボローニャのパンだけを残し、

以前の生活にもどってしまったのだった。

 

いまだ答えが出ないまま、

大地震がきてしまったらどうしよう。

 

ひとまずうちにあるものと

ボローニャのパンの缶詰で乗り切るしかない。

 

なんかミニマリズムへの憧れと

全然関係なかったけど、

とりあえず防災用品の置き場所は

確保してあるのだった。

 

使っていない衣類の答えの出し方

以前、使わないけど捨てられない

ロングダウンコートを持っていた。

 

帰省中に入り用があって買った安物で

帰省中は使ったのだけれど、

もどってきてからはほとんど使っていなかった。

 

なぜ使わないかというと、長すぎるから。

なぜ捨てられないかというと、

安かったとはいえほとんど着ていなかったから。

 

ということならば……と思いたち、

自分でショート丈に変えてみることにした。

 

特に裁縫が上手というわけではないが、

苦手でもないので、

ざくざく切って、ざくざく縫った。

 

安物だからそういうことができたのだと思う。

 

外から見れば変なところもなく

十分に着られる状態になったので、

近所に買い物に行くときなどに使って、

それなりに役に立てて、その後、処分した。

 

で、思った。

 

使っていない衣類があったら、

使う努力をすればいいのだな、と。

 

それでも使えないのなら、

捨てればいいのだな、と。

 

なぜ使わないのか理由を考えてみて、

その理由をなくすことはできないかと考えてみる。

 

あるいは、その理由はそんなに不都合なことなのか、

とりあえず使って確かめてみる。

 

最近でいえば、日傘についての答えが出た。

 

3年前にAmazon経由で購入した晴雨兼用の日傘で、

柄はもちろん選んだし、レビューも参考にして買ったのだが、

実際に使ってみると、畳んだとき嵩張るし、重い。

 

そういうレビューはあったと記憶しているので

納得して買ったはずなんだけど、やっぱり重い。

 

なので、何度か使ったあとそれっきりになり、

しまい込んでいた。

捨てるかどうしようか心の片隅で迷いつつ。

 

それが今年の夏、復活したのだ。

 

晴れた日の昼間に出かける用事があり、

徒歩で20〜30分くらいかかる場所だったので

久しぶりにひっぱり出してきて使うことにした。

 

2つ持っていた夏の帽子はどちらも捨てたし

この炎天下に何もなしで歩く気はしなかったので。

 

そうやって久しぶりに使ってみたところ、

「ああ、やっぱりこの柄、好きだなぁ」

と感じる瞬間があり、残す気持ちが固まった。

 

考えてみれば、嵩張って重いのは傘を閉じて鞄に入れたときだ。

だから、電車に乗って出かけるような用事のときは使わなけれいい。

 

それに対して、比較的近所とはいえ

歩く時間がそれなりにある用事のときには、

日傘があるとやっぱり便利。

鞄の中に入れて歩く時間もほとんどないし。

 

ちなみに、その翌日も昼間に出かける用事があったので、使った。

 

1年に数回しか使わないとしても、

あっていいものはあっていいな、と思うことであった。

 

まあ、来年また別の答えが出るかもしれないけれど。

 

そんなふうに、

身に着けるものは使う努力をしてみると、

何らかの答えが出るように思う。

 

実際に使わなくても、

使おうとするだけでもいいかもしれない。

 

たとえば、身につけて外に出て、

日の光に当てたとたん答えが出たり、

着てみて鏡に映しただけで答えが出たり、

着てみようと思ってアイロンをかけたときに答えが出たり。

 

生地の傷み、型崩れ、自分の身体や好みの変化が

はっきりすることもあるだろうし、

新しい発見があるかもしれないし、

「なんかちがう」と感じる瞬間があるかもしれない。

 

身につけるものは自分の身体との関係性が深く

自分と外をつなぐ間にあるものだから、

身体の感覚と外の空気や光が答えを出してくれるように思う。

 

場所ごとにリストアップした持ち物の表

2017年頃から、うちにあるものを場所ごとに

すべてリストアップした表を作っている。

名付けて ROOM MAP。

 

以前は手書きでチャレンジしていたのだけれど、

見た目がきれいではないし更新も大変なので

表計算ソフトで作ることにしたら、これが便利便利。

 

自分で描き起こした部屋の間取り図に番号をつけ、

その番号ごとにモノをリストアップしてある。

 

玄関が1、お風呂場が2、トイレが3、

洗濯機置き場が4、台所横の引き出しが5、…… というふうに。

 

いろいろ変遷があったのち、場所別が25まで、

26から30まではモノをリストアップするための項目になった。

26.私の衣類、27.娘の衣類、28.鞄の中、……という具合。

 

分類を30にしたのは、

毎日、日付と同じ番号の場所を整理・掃除すれば

1ヶ月単位で部屋中がきれいになるんじゃないか?

と思ってのことだったのだが、

この目論見はまだ実現していない。

 

ちなみに、以前はプリントアウトして冊子にしていた。

レイアウトをA4サイズ横置き中央開けにしていたので、

二つ折りにするとA5サイズの小冊子になる。

 

冊子ができたら今度はそれに書き込みをしながら

改善点などを考えていくのに使っていた。

 

半年もたつとモノも置き場所も変わってくるので、

入力しなおしたものをプリントして更新という感じで

1年間に1〜2冊作ってきたのだけれど、

さすがにもう紙にプリントアウトするのはやめて、

PC内のファイル上で管理していこうと思っているところ。


ちなみにROOM MAP の利点は、

できあがった小冊子のみならず作る過程にもある。

 

リストアップすることでどこに何があるのかを把握できるし、

その場所の片づけや掃除にもつながる。

 

それに、なんだかんだいって楽しいのだ。

 

というか、楽しさがいちばんの理由で、

結局、趣味なんだと思う。

 

そんなふうに何かと紙物を楽しむタチだから、

紙物が増えてしまっていたわけだけれど、

そのとき楽しかったのだから仕方ない。

 

プリントアウトした冊子とPCのファイルとで

どんなふうに使い勝手が違うのかいまはわからないけれど、

とにもかくにも今後はパソコン上で管理してみようと思う。

 

いまはモノが大きく動いているときだから、

落ち着いたらまた更新していきたい。

 

メタルラック3棚分を手放す

2019年の春からミニマリズムに気持ちが向かい、

モノを手放すことに拍車がかかっているきょうこのごろ。

 

今回手放したなかで大きいものは、メタルラック3棚分。

 

高さ120cmくらいの中棚1つと、

高さ180cmくらいの大棚2つ。

 

ミニマリズムに気持ちが向かう前から、

メタルラックはなんとかしたいと思っていた。

 

理由は3つ。

 

まず、大棚は移動させるのがとても大変だということ。

9年ほど前、マンション内引っ越しをしたとき、

何よりも大変なのがメタルラック大棚の再設置だった。

 

マンション内引っ越しなので業者さんは頼まず

姉に手伝ってもらったのだけれど、

分解して運べるとはいえパーツにも重量があるし、

横板を取り付けて立ち上げる作業に

へとへとになったのを覚えている。

 

手放すのであれば次に引越すときがよい機会だけれど、

今度いつ引っ越すかわからないし、

できれば体力があるうちに対応しておきたかった。

 

2つめの理由は、防災対策。

 

大棚は天井への突っ張りポールで支えていたとはいえ、

大きな地震がきたとき派手に倒れるものがあるとしたら

これだと思っていた。

 

東日本大震災のとき私が住んでいる地域は震度5弱で、

そのときには並べていた本だけ落ちて、

本体は大丈夫だった。

 

しかし、震度6や7となるときびしいかもしれない。

だから、なくてすむならそれにこしたことはない。

 

3つめの理由は、掃除が大変そうに思えて

結局ほとんどやらなかったから、

埃まみれになってしまったこと。

 

ワイヤー仕立てで面構成ではないぶん、

一度埃がたまると掃除のハードルが上がる。

(何かよい方法があるのかもしれないが)

 

マメに掃除する人ならいいけれど、

そうじゃない私みたいな人には

メタルラックは向いていないかもしれない。

 

なお、マンション内引越しをする前は

大棚はポール8本で3列使いにしていた。

これだとかなりの収容量になるが、

横板の位置関係に制限ができるので、

引越してからは4本ずつ2列で使っていた。

 

中棚のほうも、

短めのポール2本を足して段差のある棚にしていた。

そういうカスタマイズができるのは便利な点だと言える。

 

というわけで、10数年使って感じた

メタルラックのメリットとデメリットをまとめると、

次のようになる。

 

メリット  → 用途にあわせてカスタマイズできる。丈夫。

デメリット → 大きなものは移動が大変。掃除がしにくいかも。

 

中棚のほうはおもに台所横で活躍してくれていたし、

大棚のほうはわが家のメインの家具だったから、

メリットを活かして10数年ほんとうにお世話になった。

 

しかしいまはデメリットのほうが大きくなってしまった。

 

ちなみに洋服かけもメタルラックなのだが

これは当面使う予定でいる。

 

メタルラック3棚分がなくなったことで、

部屋の雰囲気がかなり変わった。

 

棚の中に置いてあったものの場所を変えたりしながら

何回かに分けて粗大ゴミに出していったので

部屋の様子は少しずつ変化したのだけれど、

それでもやはりあれだけ大きいものがなくなると

景色が変わる。

 

大きい分、捨てるのもけっこうなお値段だった。

(分解はできるが値段はもとの大きさで計算するので)

 

売ったり譲ったりできる状態じゃないし、

できたとしてもその気力がもはやない。

 

なので、せめて捨てる気力・体力があるときに捨てるべく、

がんばってみたしだい。

 

60才までには手放そうと思っていたけれど、

今回の流れではずみがついた

 

覚悟していた分、前回ほど大変ではなかったのだが、

大変なのは解体ではなく再設置だったのかもしれない。

 

大棚のほうを分解したとき、

すっきりしてうれしいのと同時に、

なんだか少しさびしさのようなものも感じた。

 

この感覚はいままでに経験がないもので、

自分でも意外だった。

 

やはり50代の片づけは、

20代、30代の片づけとは意味が違うのかもしれない。

 

しかし、70代、80代の片づけとも意味が違うと思う。

 

どの年代でもそうであるように、

50代は50代でやれることがあるし、

50代なりの日々の楽しみ方があると思う。

 

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