「ism ではなく iZoom」/坂口恭平『独立国家のつくりかた』まとめ
坂口恭平『独立国家のつくりかた』を読んできた。

まだまだ面白い話が書いてあるのだけれど、
そろそろまとめに入りたいと思う。

で、まとめの言葉としてはやはり、
「ismではなくiZoom」という言葉が
いちばんふさわしいように思う。

ism というのは、いわゆる「主義」のism。
何々主義という言葉には、大抵「-ism」がくっついている。
資本主義は capitalism 、共産主義は communism 、
貨幣主義は monetarism という具合に。
(そういえば民主主義にはismがつきませんね…)

そのほかにも、〜主義はいっぱいあり、
というか、それを主義にしてしまえば〜主義なのであり、
会話のなかでも「私、そういう主義だから」と、
単独で使われることもあるかもしれない。

しかし、ismには思考は存在しない、と坂口恭平は言う。
無意識に自動的に動く、
自分のものではない「生」になってしまう、と。

自分自身に巻き起こっている現象を
高い解像度で解析しようとする姿勢が甘くなると、
人のことを簡単に信じてしまうようになり、
自分のことをその程度ものだと妥協してしまうようになり、
「主義」になってしまう。生きる信条になってしまう。

そうではなくて、ismではなくて、zoomにする。
(この“zoom”は、Photoshopになぞらえた言葉として出てくる)
つまり、解像度をさらに上げる。
「それは一体何なのだろうか」と意識を持って考える。

そうすれば、主義の中の信条に取り込まれるのではなく、
「なぜ」という「疑問」、そして「問い」が生まれる。

なお、坂口さんは別のところで、
「創造とは疑問を問いにすること」と書いている。

実は、このiZoomという言葉には、
すでに別のところで出会っていた。↓

(子育てブログ内)
学校生活で苦しいことがあったとき、
こんなふうに考えてみるとどうだろうか
という新しい視点をもらった話。


坂口さんは、小学校5年生のころ、
「こっくりさん」がもとで、クラスのなかで
変な雰囲気に包まれたことがあった。

そのとき坂口さんは、
KOKKURISM(「こっくりさん」主義)に陥らずに、
KOKKURiZOOM(「こっくりさん」とは一体何か?)
というふうに、問題を切り替えた。

たとえば、
「こっくりさん」なんていないんだ!
とやっきになって主張することも、
「こっくりさん」を否定しているようでいて、
実は「こっくりさん」主義に
からめとられている状態なのかもしれない。

そこには、
“「こっくりさん」ってなんだろう?”
“「こっくりさん」って、彼女たちにとって、
 みんなにとって、どういうものなんだろう?”
という疑問がない。
「こっくりさん」を不問に付したまま、
固めたまま、否定しようとしている。

主義にからめとられると、
それ以上考えることができなくなる。

そうではなくて、自分が置かれている状況を、
もっと解像度を上げて、具体的に見ていく。

同時にそれを、抽象的に見る。

抽象的な思考でもって、
具体的な「生」と対峙する。

 言葉に注目していく。ある事象に注目していく。そして、それが集団で語られている単一レイヤー上の意味を把握し、個人というそれぞれのレイヤーに解凍し変換していく。その時に必要なのは抽象的な思考。しかし、それだけでは定着しない。鍵は具体的な、あなたの手である。
 これはまったく難しいことじゃない。
(p.189)

このあと、
自分のレイヤーを見つけるとはどういうことかを示した
具体的な例が示されているのだが、
それはほんとにびっくりするくらい具体的で、
自分の部屋を見回し、そこに何があるか、
何が並列されているのかを俯瞰し、
そこから自分の好きな方向性を見出し、
ゼロから認識する、
という内容になっている。

 ちなみに個人的には、
 古谷実『シガテラ』を知らないし
 ギャルソンの服のこともよくわからないので
 その例がリアルに思い描けなかった。

で、こういう話を聞くと、
思い出すことが2つある。

ひとつは、phaさんの順列組み合わせの人間のこと。
AやBやCは個人的な要素ではなく、
1つ1つは他の人と重なっていることであり、
固有のものは、その組み合わせであるということ。

それからもうひとつは、松丸本舗のこと。

私は、松丸本舗に行く前に、
「他人が編集し終わった“本棚”は、
 面白くないんじゃないだろうか」
なんてことを考えていた。

でも、行ってみたらそうじゃなかった。
「この人なんで私のこと知ってるの!?」という気持ちと、
「そうきたか〜〜」という気持ちの
両方を感じさせてもらったのだ。

そうなると、安藤哲也さんの
「文脈棚」のことも思い出す()。

松岡正剛さんや安藤哲也さんのように、
本をたくさん扱ってきた人であれば、
このくらいのこと(他人を直接、感化・刺激する並列)が
できてしまうのかもしれない。

しかし、自分は自分で自分の本棚で、
自分の部屋で、もうやっている。
それは、他人のためのものではなく、
自分がすでにやってきたことの表れ。

ついでにいうと、学ぶということも、
そういうことだと思ってる()。

1つ1つの知識なり概念は、
自分が作ったものじゃないし、
自分が発見したものでもない。

でも、それを理解していく道筋、
与えられた道筋を超えてつながっていく道筋、
つなげていく道筋はその人のものであり、
つながるうちに点が線になり空間になり、
その人の世界になっていく。

そういう世界がいっぱい重なっている。

そのなかに私のレイヤーもある。

なんだそんなことか、と思うかもしれない。
でも、「なんだそんなこと」の“そんなこと”に、
実は私たちはほとんど目を向けていないのかもしれない、
ということを、坂口恭平さんの本は何度も教えてくれる。

特別なツールや、特別な能力---霊視能力とか!?---
などがなくても、見ようと思えば見えるものが、
そこここにある。どっかその辺に。

それを、解像度を上げてしっかり見て、考えて、
疑問を見出し、問いにするということが、
iZoom なのだと私は受けとめた。

さらに大切なことは、
「鍵は具体的な、あなたの手である」
ということ。

この言葉も、しっかりと胸にとめておきたい。

というわけで、ありがと坂口さん!!
 2013.10.16 Wednesday 10:32 坂口恭平 permalink  
「じわじわしみ出るパブリック」
坂口恭平『独立国家のつくりかた』を読んでいる。



きょうは、前回の記事で書いた庭師について。

坂口恭平さんを知ったばかりのころ、サイトに、
「4D GARDEN」というページがあるのを見つけた。
http://www.0yenhouse.com/4d_garden/

「面白いなぁ、探すの楽しかっただろうなぁ」
と思いながらそれぞれの写真を見たのだが、
坂口さんは基本的に、街を歩くのが
楽しくてしかたないんじゃなかろうか。

ふつうの人の何倍もの情報を、
「どっか、その辺」から仕入れているので。

坂口さんにとっての情報はネット上にあるのではなく
都市に、街に、界隈にある。
そうして受信機はPCでもスマホでもなく、
自分の感覚器だ。

「4D GARDEN」の庭たちは、
坂口さんが雑誌『エココロ』の連載で、
東京の庭についてフィールドワークをしていたとき
採集していたものらしいのだが
その中で特に気になったという庭の写真が
『独立国家のつくりかた』p.77に掲載されている。

車のまわりにいっぱい植木鉢のようなものが置いてある写真。
ボンネットや屋根の上にも。
まるで植物群に包囲され、侵食されたかのよう。

しかし、花壇がわりに車を使っているには、
どうも車が綺麗だ、おかしいな、
と思った坂口さんが庭師にたずねると、
明日の朝、もう一度来いという。

そして行ってみたときの写真が、
次のページに掲載されていて、
車のまわりに置かれていた鉢たちが、
すっかりなくっている。

庭師は毎朝、鉢植えを丁寧にどかして、
車を走らせているという。
しかも息子さんを駅に送るだけの500m。
車は動かさないと壊れてしまうので、
わざわざやっているらしい。

そして、駅まで送ってきてすぐに帰ってきては、
移動していた植木鉢をまた車の上にセットする。

大変そうに思えるが、庭師はニコニコやっていたそう。

しかも、植物を買ったことがなく、
つまりは0円ガーデンということになる。
道ばたで気になる植物があるとつまんできて、
小さなポットで育てる。
するとすぐに根っこが生えてきて、成長し始める。
ポットで育つと、車のボンネットの上に飾られる。

そのポットは、
庭師の家の向かいにあるアパートの壁沿いに
ずらっと並んでいたそう。
庭づくりのうまい庭師を見たアパートの大家さんが
「うちのスペースを使ってもいいよ、
その代わりちょっと管理もやってね」という
契約を結んだらしいのだ。

さらによく見ると、すべての鉢植えに
植物の名前が書かれた名札が差さっている。

たくさんの人がこの庭の前で立ち止まって眺め、
必ず植物の名前を聞かれるので、そうしているらしい。
 
「近くに公立の公園があるけど、地面はジャリだし、木なんかポツンポツンとしか立っていないから、やっぱりくつろげないもんね。公園ってのはうちみたいに緑で溢れて楽しくないと」
 僕はつい涙ぐんでしまった。庭だと思っていたものは、実はDIYでつくられた庭師による公立公園だったわけだ。庭のような、その土地を所有しているものが楽しむための私的な空間ではなかった。それは明らかにパブリックだった。庭師によるDIYなパブリック。
(p.79〜80)

坂口さんは、この庭のような方法論で生まれた公共を
「プライベートパブリック」と名付けた。
これこそが公共だ、と。

たとえば、いわゆる「公共施設」は、
いつも、いつの間にか出来上がっている。

必要ないとは言わないが、
別になくてもそんなに困らないものばかり。

そして、そこではゴロ寝ができなかったりする。
それならただの草原の公園のほうがまだ良い。

夜になると入れない、
中でお弁当を食べることができない公共施設なんて、
市民のための空間であるとはいえない。

そんなふうにして、
現在の公共施設は枠だけをつくっている。
箱モノだけをつくっている。
そこに膨大な税金が投入され、
必要あろうがなかろうが、
自治体の首長の指示だけで
いつの間にか完成してしまっている。

そして建築は増えるものの、
自分たちが自由に遊べる空間は実は減っていっている。
建築家も設計料は建築費の数%なので、
必然的にギリギリまで大きなものをつくろうとする。
 つまり、これらの公共施設ははじめから矛盾しているのだ。
 それに比べ、この庭師がつくり上げた公共の公園はどうだろうか。彼はまるで彼の体から香りが漂い、広がっていくように庭を、公園をつくっている。人間の体を起点にして少しずつじんわりと広がっていく公共の概念だ。
 僕はこれが公共だと叫びたい。プライベートパブリックこそが公共なのだ。人々が必要と感じ、お金を使って産業として公共施設をつくるのではなく、工夫をこらしてアイデア満載の公共を自らの空間を贈与してでもつくり上げる。
 これこそが人間の公共精神の姿だと思う。
 これを僕も見習いたい。
(p.81〜82)

坂口さんは、人間の体を起点にして、
「公」を考えている。
ここにも、pha的ニート道の核心との共通点があると思う。
しかも、phaさんはすでに、「なめらかな社会」を局所から実践している。
私は、この「プライベートパブリック」という言葉をきいて、
またまた鈴木健さんのことを思い出した。
別ブログでこんな記事を書いていたから。↓
鈴木健『なめらかな社会とその敵』を 教育関係者に読んでほしいと思う理由

やはり、みな同じ「いま」という時代のなかで
考えられていることだと再確認。

しかし、一方で。

そんなつもりはなかったのだが、
鈴木健『なめらかな社会とその敵』の
最大の論理的矛盾がわかってきたような気がしている。

いや、何度も書いてきたように、
私は鈴木健さんの提案に大きな拍手を送りたいと思うし、
その基本精神には共感している。

しかしおそらく、方法論が矛盾しているのだ。

「なめらかな社会」は、局所から始めないと実現できない。
いや、局所から始められることが、
「なめらかな社会」の意味のひとつの具現化ではなかろうか。

PICSYや分人民主主義も、
「枠」のない局所から始めることは可能だろうか?

(つづく)
 2013.10.07 Monday 15:01 坂口恭平 permalink  
坂口恭平「新政府」の活動の続き/そして「態度経済」とは何か
坂口恭平『独立国家のつくりかた』を読んでいる。



そんなこんなで新政府が誕生した。

首相官邸は熊本市内にある筑80年の一戸建て。
敷地面積は200平方メートル。
坂口さんはこれを家賃3万円で借りたそう。

そして、東日本全域から避難してくる人を0円で受け入れる
避難所「ゼロセンター」をつくった。
宿泊費0円、光熱費0円の
常識的に考えると怪しい避難所で、
当然のように新興宗教と間違われたらしい。

1ヶ月間で、避難して宿泊した人は100人以上、
最終的には約60人が熊本に移住したそう。
 避難区域が判然としていない中で、行政が避難計画をやるのはそもそもほぼ不可能なのだ。しかし、個人でつくった小さな政府であれば、それが簡単にできる。これはとても実用性がある。本来、必要なのは日本全土を統治する大きな政府ではない。それぞれの人が顔を認識し、コミュニケーションをとることができるぐらいの小さな政府だ。そこが機能しないと、大きな政府は崩れてしまう。
(p.88〜89)

坂口恭平の考え方は一貫している。
路上生活者の調査やモバイルハウスのときと同様、
匿名化システム内では不可能だと思われていることを
高い解像度で見て、独自のレイヤーを発見し、
そこで実践する、ということ。

なお、避難の費用までは出せなかったそうだが、
家賃は3万円だし、あとは光熱費と、福島の人の旅費、
そしてホールボディカウンターくらいで、
避難計画にはほとんど経費はかかっていないらしく、
自分の持っているお金で簡単に十分にできるものだった、
と書いてある。

そんなことをやっていたら、
熊本県知事直属の政策参与小野泰輔氏が
ゼロセンターにやってきて、
新政府、初の外交となったり、
(なお、小野氏は現在、副知事のよう)
いろいろ大臣が決まったり。

そういえば坂口さんの何かの動画で、
「あなたは何大臣ですか」
と問いかけるものがあったように記憶しているが、
これを観たときに、
私は何大臣になれるだろう…と考え込んだ。

人にはそれぞれ才能があり、
それこそが人の使命だと坂口恭平は言う。

つまり、新政府の国民であればすべて、
何らかの大臣なのだ。

また、自分は自分でつくった新政府の
総理大臣であるかもしれないが、
僕は同時にあなたがつくった新政府の
なんらかの大臣でもある、と。
別に僕は国家を統治したいわけじゃない。自分の力で、まるであの自宅スペースに公園をつくった中野の庭師のように、自分の体を起点に新政府をつくった一人にすぎないのだ。
(p.91/中野の庭師についても後日書かなければ)

こんなところで鈴木健さんを思い出すのもなんだけど、
私は少し前にU-streamで(そのごく一部を)観た
VCASIセミナー/鈴木健『なめらかな社会とその敵』論評会
http://www.ustream.tv/recorded/38489489
のことを思い出した。

けっこうな人数の○○学の専門家が集まって、
真剣にいろいろと論評をしていたと思うのだが、
こちらは、実現するとしてもそうとう時間がかかると思われる
(鈴木さんも数百年のスパンで考えて提案されたのだと思う)
“変革”をめぐっての意見交換であるのに対して、
坂口恭平はまるで冗談みたいなノリで、
確実にコトを起こしていっているような気がするのだ。

それはおそらく、鈴木健さんが
結局のところ「システム」を変えようとしているのに対し、
坂口さんは、実際にリアルに「自分の体を起点に」
ものを考えているからではなかろうか。

このことが、私が坂口恭平から得た、
もっとも大きなメッセージだと感じている。

さらに新政府の活動をみていくと、
福島の子ども50人を無料で熊本に3週間招待するという
「0円サマーキャンプ計画」を立ち上げたそうなのだが、
自前のお金150万円を使う予定だったのが
(ちなみに自分の絵をバンクーバーのパトロンに売った
300万円のうち、半分を妻にあげて残った半分だそう)
この計画を知った3人の(ツイッターの?)フォロワーから
計150万円が新政府の口座に振り込まれたとのこと。

こうなるとphaさんのことを思い出す()。

坂口さんはこのお金は募金ではなく、
自分の態度に対する投資だと捉えているそう。

このように、自分が実現したい行動を、
自らの態度を示すことで実現させる経済の在り方を、
坂口さんは「態度経済」と名付けた。

これまでの貨幣経済、資本主義経済ではなく、
態度をもとに人々の交易、貨幣の行為を実現する経済。

モノの交換ではなく、態度の贈与によって発生する経済。

で、贈与といえば。

以前、ある人がツイッターで、坂口恭平の態度経済は、
内田樹の贈与経済とほぼ同じと思うから
坂口さん、内田さんと仲直りしたら?
と書いているのを見つけて、くすっとなったことがある。
https://twitter.com/rujandle/status/207467563934945280

坂口恭平さんと内田樹さんとで何か行き違いがあったらしい、
というのはどこかで読んで知っていたのが、
それが森田真生さんの「懐庵」だったなんて、
きのう検索で見つけるまで知らなかった。
https://twitter.com/zhtsss/status/182098638401581056
もうほんとになんでもつながっちゃうのね〜

 しっかし、坂口恭平に「度胸がある」と言われるってのも
 なかなかすごいものがある>森田真生さん

中沢新一さんがつないだのかな?
っていうか、私が興味持つところ
どこにでもいるのよね〜この方。

なお、坂口恭平さんと中沢新一さんは仲がいいらしく、
中沢新一さんは新政府の文部大臣らしい。

ちなみに、坂口恭平さんと茂木健一郎さんも
タイミングがわるかったらしい↓
http://www.0yenhouse.com/journal/archives/2010/09.html

趣味がわるいけれど、坂口さんがだれとうまくいって、
だれとうまくいかないかというのは、ちょっと興味があるワタシ。
(多分にタイミングの問題が大きいとは思うけれど)

話をもとにもどすと、坂口さんは、
少し余裕のある人間が、困っている人間に対して活動することは、
善意とかそんな大げさなことではなくて、普通の行動であり、
これをケニアのナイロビで学んだ、と書いている。

そのナイロビでの経験談も書いてあって面白いのだが、
詳細は割愛して、坂口恭平の活動がよく表れているひとことを
引用しておこうと思う。↓
グルーヴで動くということだ。
(p.94)

坂口さんのノリとテンションはphaさんとは対照的だが、
同時代性のなかで自分の生き方をしている点で、
大きな共通点を感じる。

そして鈴木健さんも、たぶん同じことを考えているんだと思う。

つまり、「私」をほどくということ。
所有・私有の概念をほぐすということ。
補い合う、助け合うというあたりまえの感覚で行動すること。
そうすることで、全体(共同体)のあり方がかわり、
社会がかわるということ。

(つづく)
 2013.10.03 Thursday 10:32 坂口恭平 permalink  
そういえば新政府のことを書いていなかった/東日本大震災直後の坂口恭平の行動
坂口恭平さんのことを書いているのに、
そして『独立国家のつくりかた』を読んでいるのに、
「新政府」のことをまったく書いていなかったので、
きょうはそのことを。

私が坂口恭平さんを知ったのは、
pha著『ニートの歩き方』を通してなのだが、
その後、坂口恭平さんについてあれこれ検索するなかで、
どうやらこの方は「新政府」の「総理」らしいと知った。

ときくと、なんだかふざけているというか、
遊んでいるようにもきこえるが、
ちょっと調べていくと、
そうかそういうことなのか、
ということがだんだんわかってくる。

ちなみにこの新政府活動は「芸術活動」らしいのだが、
坂口恭平という人は、根っからの表現者だと思う。

たとえば
Amazonの『独立国家のつくりかた』のページ
に動画があり、
見始めはそのファンキーさにひるみそうになるのだが、
すぐに何かが引き止める。

なんなんだこの人は!
しかも電話番号まで公開しちゃってだいじょうぶなのか!?
と心配になる一方で、しごくまともなのだ。

そして動画が音楽になっていて、気持ちいい。
語りも文字もピタピタはまって気持ちいい。
しかも笑っちゃう。

そのほかの対談の動画や活動についても
いくつかのぞいてみたけれど、
確かにこの人はアーティストだと思う。

有名人は、この人との対談は要注意かもしれない。
あっというまに場を食われてしまうと思う。
最初から裏拍のつもりでいないと。

そんな坂口恭平による新政府が誕生したのは、
2011年5月10日だった。

東日本大震災の2ヵ月後。

2011年3月15日に、
東京でも大気中からヨウ素とセシウムが発見されたことを
新聞で知った坂口さんは、
妻と娘(3歳)を新幹線に乗せて大阪に送り、
自分は映画撮影のために名古屋へ出発した。
そして名古屋から大阪へ。

3月16日から1週間ほど大阪で過ごし、
気が狂ったようになっていた坂口さんは、
携帯電話に登録してあるすべての人に電話をかけ、
とにかく西日本に避難せよと伝えた。
ホームページの日記でも逃げろと書きつづけた。

ちょうどそのころNHKが
坂口さんのドキュメンタリーを撮影していたので、
自分なんかを特集せずに
セシウムとヨウ素の説明を国民に伝えたいと申し出た。

お世話になっていた朝日新聞の人には、
とにかく死の灰について書きたいとお願いした。

でも、全部断られた。

挙句の果てには、民主党の某秘書にまで電話をかけて、
すぐに自衛隊を発動させて人々を福島から逃がせと迫った。

すると、
「あなた、既存のスキームじゃ、もう何も手を打てないのよ」
と言われ、はっと目を覚ました。

 僕はモバイルハウスを建てると言いながら、国難のような事態を前についつい政府やメディア、つまり権威に頼ろうとした。これではいけない。こんなことでは鈴木さんにも庭師にも笑われる。自分でやろう。
(『独立国家のつくりかた』p.85)

言論やメディアや建築家や芸術の人たちは、
震災のことには触れていたり、
脱原発を叫んだりはしているが、
誰も福島第一原発を見ていないように感じた。

原発の是非よりも、次のエネルギーを心配するよりも、
まず人だ。事故現場から逃がさなくてはならない。

その後、坂口さんは、
妻の知り合いの国会議員の家族は
3月15日に海外に避難していたと知って愕然とする。

政府は知らなかったのではなく、言わなかったのだ。

みんなは政府が逃げろといわないもんだから、
自分で情報を集めてどうにか考えていた。

坂口さんはどれも信用がならなかったから、
自分でいける中で一番遠い実家の熊本に逃げた。
その時、すでに国会議員の家族は海外に逃げていた。もうこれは仕方がない。現行の匿名な政治と同一平面上で戦っても死ぬなと思った。
 政府は知っていて言わなかった。つまり、国会議員の家族の「命」と僕たちの「命」が分けられて、僕たちの「命」が匿名のモノのような、無視してもバチが当たらないものと捉えられている。これでは政治の枠内で変えようなどと気合いを入れても意味がない。独自のレイヤーで、家だけでなく、政府までもつくるべきだと思った。
(p.86)

無政府状態だ。

そう思った坂口恭平は、
(何かの対談で、妻がそう言ったと語っていた記憶アリ)
政府がないのはまずいから、
自分のほうでひとつつくってみようとした。

そうして2011年5月10日に「新政府」を設立し、
自分で始めたのだから責任をとって
「新政府初代内閣総理大臣」に就任した。勝手に。

ただ、この国にはクーデター防止のために
内乱罪という罪があるらしく、
新政府なんて勝手に名乗っていたらまずいかもしれないので、
この活動は「芸術」と呼ぶことにした。

もともと自分は「社会を変える」行為を
「芸術」と呼んでいたので、噓ではない。
ちなみに坂口さんは、確定申告でも、
新政府活動で使った経費は
芸術の制作費として申請しているそう。

そこらへんはきちんとしておかないと、
すぐに法律の罠に引っかかってしまうから気を付けよう、
と坂口さん。このあたり、さすが。

なお、国際弁護士の親友であり、
元カナダのボウエンアイランド市長である
ジャック・アデラーにも助力をお願いしたとのこと。

そう、モバイルハウスもそうなんだけれど、
この人の話をきいていると、
突然話が国際的になったり、
どういう人脈!?と思うことがあり、
冗談なのかほんとなのかわからなくて
びっくりすることがある。

(つづく)
 2013.09.30 Monday 13:13 坂口恭平 permalink  
多摩川の大ちゃんの「土地」に、“うるっ”ときそうになったわけ
坂口恭平『独立国家のつくりかた』を読んでいる。



法律が多層なレイヤーをすり合わせる話の直前で、
多摩川の大ちゃんという人が出てくる。

多摩川ときくとロビンソンを思い出すが、
坂口さんの日記()から判断するに、別の方のよう。

大ちゃんは路上生活者だが、ホームレスではない。
不法占拠しているわけじゃないし、家も持っている。

そんな大ちゃんの家は、
多摩川沿いの土手と道路の間にある。

彼は、その土地のことがずっと気になっていた。
草が茫々と生え続けていたから。
(ちなみに、そのとき大ちゃんは橋の下に住んでいた。)

彼は几帳面な人で、この状態がどうも落ち着かなかった。
その土地はどうせ区か国のものだろう、
早く誰か刈り取ればいいいのに、
と思っても誰も何もしない。

落ち着かない大ちゃんは、草を刈り始めた。

そうして草が綺麗に刈り取られた土地。
それを見ている大ちゃん。

自分が草を刈ったものだから、友達みたいに思えてくる。
そうすると、土地の見え方が変わってきた。

彼はその土地が本当に放置されているのではないかと、
もしかして捨て子なんじゃないかと、
段ボール箱に捨てられた子猫を見るように思った。

やがて、この土地は実は誰も所有していないのではないか、
といぶかしむようになった。
隙間を見つけたというようなノリではない。
むしろ捨て猫を拾う感覚。

法務局に行って公図を取り寄せ、所有者を探した。
まわりに聞き込みもした。
そして、どうやらこの土地には所有者がいない、
という結論にたどりついた。

大ちゃんはその土地についてくわしく調べた。
その昔、国と大田区と
この土地の目の前にある神社の三者で
土地の取り合いになり、
最終的に誰のものともすることができず、
放置されてきたことがわかった。

捨て猫は置いていけない性格の大ちゃんは、
そこに住み出した。それからもう8年。
今では、この土地は大ちゃん以外には
育てられない土地になっていて、
しかも大ちゃんはこの土地を
我が子のように育てているので、
誰も何も言ってこない。

という話(p.33〜35)。

坂口さんの演出が
どれくらい入っているかはわからないが、
読んでいるうちにほんとうに土地が擬人化されてきて、
うるっときそうになりましたよ私。(^^;
土地を擬人化したのって、はじめてかも。

日本にはこのように飼い主不明のまま放置された
捨て猫のような土地があることを知った坂口さんは、
それならば自分も保護しなければと
街を歩いて探すことにした。

結論からいうと、銀座四丁目で保護したらしい。
国と東京都の間で所有権が揺れて、
放置されているらしい土地。

ちなみにそんなことは東京都建設局に行っても
全然教えてくれない。
近くの地下商店街の居酒屋のマスターが
その謎を調べていて、教えてくれたのだそう。

なお、坂口さんがその土地を見つけられたのは、
前からちょっとだけ気になっていた
「不自然な風景」があったから。

橋の四つ角にそれぞれ三角形の形をした土地があり、
国の持ち物のような風貌の土地なのだけれど、
店の看板やら広告やらが立っていて、
営利目的で利用されている。

それがまず不自然なのだが、さらに不自然なのは、
四つ角の1つだけには何も立っていないこと。
他の土地にはうるさいほど立っているのに。

つまりそこが、捨て猫のような土地だったわけだ。

そういうことに気づけるのが、
「解像度を上げる」ということなんだと思う。
(土地を保護する話に限らず)

それはだれでも見ようと思えば見えるし、
それこそ毎日、前を通る人もいると思うのだが、
見ようと思わなければ見えないし、
「不自然だな」と思わないとひっかかってこない。

そんな風景が身のまわりに、すぐそこに、
たくさんあるのかもしれない。

たとえば、いつもの通勤路・通学路の道路沿いに、
気がついたら更地になっているところがあって、
そこにこのあいだまで何があったか、
どんな家が建っていたかよく思い出せない、
ということは、わりとよく経験することではなかろうか。

私たち、意外と見てなくて、
感じてないんじゃなかろうか。

(つづく)
 2013.09.22 Sunday 16:15 坂口恭平 permalink  
多層なレイヤーをすり合わせる意外なもの
坂口恭平『独立国家のつくりかた』を読んでいる。



この本のp.36に、
「多層なレイヤーを取りまとめているもの」
の一例が出てくる。

ご本人も「意外に思われるかもしれないが」
と書いているが、確かにとても意外だった。

それは何かというと、「法律」。

『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』
を読んでいる段階から、
法律ってなんだろう?という気持ちが
むくむくとわいてはきていたが、
それがこちらの本で
「多層なレイヤーをすり合わせる」
ものとして出てきて、びっくり。

しかも読んでみると、確かにその通り。
「やられた」という感じ。

  こういうところになんだか
  「建築家:坂口恭平」を感じる私。

インフラなどが安定しているように見える
社会システム(匿名化したレイヤー)は、
自分たちが勝手にそこに存在していると
勘違いしているものであり、実体がない。

しかし、法律はそうではない。
法律は明文化されていて、
誰もが触れることができる。
土地も建築も。

これらは社会システムのレイヤーとは
違う場所にあり、
しかもこれらの具体的なモノは
レイヤー化されることがない。

ところが、そこに人間の意識を投入すると、変化する。

つまり法律も、法律そのものは変化しないが、
それを捉える人間の意識で大いに変化してくる、
だから判決が変わってくる、という話。

「なるほどねぇ」としみじみ思った。
だからこそ司法試験があれだけ難しいのかもしれないなぁ
と思ってみたり。

そうして出てくるのは憲法第25条。
(法律ではないが、
 明文化されたルールということでは同じだろう)

憲法第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

やっぱりお金がなくても生きていく権利はあるらしい。

でも、お金がないから家は借りられない。
家が借りられないなら住むところがない。

それは本当か?
土地さえあればどこにでも住むことができるはずだ。

でも、私有地は持っていない。
それならどこか。国有地だ。国民の土地だ。

そこで、国有地である一級河川に行く。
ここで暮らすことにする。
でも、河川敷には河川法という法律がある。

そうして河川法第26条が出てくる。

河川区域内の土地に工作物を新築したりするときには
河川管理者の許可を受けなければならない、
といったような内容の法律であり、罰則もある。

しかし、法律のヒエラルキーでは憲法の生存権のほうが強いので、
河川敷に暮らす0円ハウスの住人たちは、
追い出されることなく暮らしている。

法律の話は別のページでも出てくる。
たとえばp.72では例の不動産の話のなかで、
土地基本法第4条が登場。
「土地は、投機的取引の対象とされてはならない」
という法律。

1989年に制定、1990年に公布されたもので、
1980年後半の異常な地価高騰に対応するために
作られたものであるらしい。
(kotobank>土地基本法

このことに関する坂口さんのおしゃべりが、
坂口恭平×宮台真司の対談できける。↓
http://www.youtube.com/watch?v=tZcl8lyNlO0
(開始後11分28秒後くらいから)

実際、「土地 投機」で検索をかけると、
すんごくあたりまえのように
いろいろなページがひっかかってきて、
世の中って面白いなぁと思う。
実は法律違反だらけ。

というか、坂口さんの手(目)にかかると、
世の中が面白く見えてくるのだ。

モバイルハウスについて言えば、
土地と定着していない動く家は
実際に日本にある建築基準法では家ではないので、
家にリアカーの車輪を4つつけだたけで、
車両扱いになる。
ここにも法律が関わってくる。

免許がなくても建てられるし、
総工費は3万円をきったので固定資産税もかからない。

きわめつけは以下の話だった。(p.51〜52)

モバイルハウスを建てるのはいいが、
次に問題になるのは置く「場所」。
モバイルハウスは法律上で捉えると「車両」であり、
車両は農地だろうが駐車場だろうがどこでも置ける。

で、東京には駐車場がたくさんあるから、
駐車場に置かせてもらえないかお願いしてみたところ、
3件めで快くオッケーをもらえたのだそう。

そして大家さんは坂口さんに質問する。
「この車両に住んだりしないですよね?」

坂口さんは「はい」と即答。
そうしないと借りられないから。

しかし、嘘をつくのはまずい。
実際にはそこに住むのだから。

では、住むとはなんだろうか。

そうして法律を紐解いてみた坂口恭平は驚いた。
この国には「住むとは何か」を規定する法律が
実はひとつもないのだ。

つまり、この国には税金をとることができる「家」はあるが、
「住まい」は存在していないらしい。

逆にとれば、住まいは自分の思い通りにやれるということ。

 日本において「住まい」は自由だ。思い通りに暮らせばいい。本当は素晴らしい国なのかもしれない。
(p.52)

(つづく)
 2013.09.19 Thursday 11:12 坂口恭平 permalink  
空間を生み出す思考
坂口恭平『独立国家のつくりかた』を読んでいる。



大学3年生のときに、
建物を建てるという思考を完全に止め、
4年生のときに、
路上生活者の家に出会った坂口恭平は、
現在、モバイルハウスという
“建築”プロジェクトを進めている。

坂口さんの考えることは一貫していて、わかりやすく、
そして着々と形になっているように思う。

 これまで、人間はこの一つの地球という空間の中で領土を拡げようと試みてきた。あらゆる戦争、いがみ合いの原因はここにある。日本という国の中でも、お金を獲得して自らの土地を増やす、所有を増やすという行為がすべての経済活動、生活のもとにあった。しかし、路上生活者たちは違った。
 僕がいた建築の世界もそうだ。私的所有することができた土地を、建築物で囲っていく。そうすることが空間をつくり上げることだとしていた。しかし、それは本当なのか。僕はそうは思わない。なぜなら、どんなに壁をつくって自らの領土に建築物をつくったとしても、空間は増えないからだ。むしろ減る。
(p.31〜32)

以前、いろいろな「境い目」(3)/領域
という記事を書いたが、
限りのある2次元平面を境い目でくくり、
その領域を所有概念で考えることで、
いったどれだけのことが歴史上で起こってきただろうか。

あるいは、日々の生活で起こっているか。

しかし、路上生活者たちの空間の捉え方は違う。
もともと自分の土地というような
私的所有を断念せざるをえない状況で生きているので、
実際に買うことができない。

そこで、彼らは自分たちのレイヤーをつくることにした。
 路上生活者たちはマジシャンではない。ただ思考しているのである。建築では空間を生み出せないけど、思考では生み出すことができる。
(p.32)

レイヤーライフが創造にも転化することを
坂口さんに教えてくれたのは、
鈴木さんという路上生活者の家の玄関だったという。

この玄関は、ドアを閉め、ブルーシートを閉じて
沸かしたお湯をプラスチックのケースに入れると
お風呂になる。

さらにドアを開くと、裏側には包丁が入っており、
台所にも早変わり。

玄関のどこに自分が立つかによって、
一つの空間の用途が変幻する。

つまり、レイヤーを使うことによって、
空間がどんどん増えていく。

坂口恭平さんはこんなふうにして
実際の空間の使い方で具体的に説明してくれているし、
『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』で示された<都市の幸>も
レイヤーで世界をとらえる具体的な例だったが、
「思考で空間が増える」ということの意味は
“空間”の意味も含め、とても深いと感じている。

私はその深いイメージを、坂口さんのドローイングに見る。
http://www.0yenhouse.com/en/Dig-Ital/index.html

こういうものを中途半端に解釈して言葉で説明するほど
野暮なことはないと思うのだが、
やはり坂口恭平の考えていることはわかりやすく、
そして一貫していると思う。

好みでいえば、いっそ頭部ではないほうが好きだ。
左側のいちばん上。

頭部なら、顔の下半分が残っている
左側のいちばん下。

それから、これを1点から生じる動きで考えると、
さらに面白くみえてくるし、
むくむくと持ち上がっていくさまが動いて見えてくる。

テレビアニメ『電脳コイル』では、
めがねをかけることで電脳世界のものが見えた。

しかし、レイヤー空間を見るのにめがねはいらない。
実際の空間だから、生の眼で見られるのだ。
そのかわり、見ようとしなければ見られない。
自分が思考しないと見えない。

(つづく)
 2013.09.18 Wednesday 13:09 坂口恭平 permalink  
不動産は不動
坂口恭平『独立国家のつくりかた』を読んでいる。



そんなこんなで坂口恭平さんは、
建築を建てるという思考を完全にやめた。

家を建てるのに、大きな穴を掘って、
そこにコンクリートを流し込んでいくということが
生理的に受け入れられなかった。

そういう生理的なトリガー(引き金)によって考え始める。
そこには自分が考えなくてはならない、
何らかのやるべき仕事が隠されている。

坂口恭平さんにとっては、
それは「土地」について考えることだった。

奈良にある法隆寺には
当然ながらコンクリート基礎がない。

それなのに現代建築は
コンクリート基礎がないと建設することができない。
これは普通に考えておかしい。
しかも、大工さんもいらないと言っている。
それなのになぜ、
こんな非効率的な方法論がまかり通っているのか。

坂口さんは、
コンクリートの基礎をじーっと見ていて、
ふと気付いた。

「あ、これ、どこにも動かせないようにされてる」

私はここを読んで、そっか、
不動産って不動だから不動産なんだ、と
いまさらのように気づくとともに、
25年前のことを思い出していた。

当時、不動産会社の支店でアルバイトをしていたのだ。
アルバムを確認したら、1987〜1988年。
バブル景気まっただなかです。

テレビCMをしているような有名なところではないが、
いくつか支店があるそれなりの規模の会社だったと思う。

私がアルバイトをしていたときは、
店長のほか、10人ほどの営業マンと、
自分を含め4〜5人の女性事務員がいたと記憶している。

 あの会社どうなったかなぁとこのたび検索してみたら、
 ・・・倒産してました。

私の実際の仕事は雑用で、
マイソクとよばれる物件情報の紙の整理が、
特に仕事がないときの仕事。

マイソクはとてもたくさんあって、
それらを分類して引き出しに入れておくのだけれど、
引き出しの見出しは、地域別→価格別で、
「3億円代(以上)」「2億円代」
「1億円代」「1億円未満」
というくくりだったと記憶している。

そのおおまかなくくり方と価格に、
東京ってすごいなぁと思った。
億が区切りになる世界は初めての経験だった。
初めても何も、あとにも先にもあのときだけ。
(算数の問題で「億」を使うことはあるけれど)

で、特に仕事で必要だったからではなく、
何かのおしゃべりで知った話なのだが、
私の記憶では、「不動産」を英語でいうと
リアルエステートということになっていた。

「リアル」+「エステート」なのか、
「リアルエステート」という言葉があるのかどうか
よくはわからないが、
直訳すると「実在する土地」ということになるんだろうか。

でも、リアルエステートから
不動産という言葉は生まれなさそう。

坂口さんによると、「不動産」という言葉は
フランス語のImmobiliersの直訳ということらしい。

英語だとimmovablesかな?
たぶん、movablesに、
否定の接頭語imがついた形なんだと思うが、
モバイルという言葉があたりまえとなったいま、
逆にこの言葉の意味はわかりやすい。
つまり、不動産とは、モバイルできない、
モバイルじゃないということだ。

坂口さんによると、この言葉は、
明治29年に制定された民法の中に初めて出てきたものらしい。
その民法はヨーロッパのただのパクリで、
しかも階級差別が根深いローマ法型とのこと。

この言葉も生理的に受け入れられない坂口恭平は、
自分が王様ならどうするか、と考えてみた。

たぶんコンクリートで建築と土地とを
やたらめったら定着させようとしている人間がいたら、
止める。

それは確実にゴミになるし、
コンクリートで定着させたら、
つくり直しができないし、
いろいろと面倒なことになる。

それででっかいものを建てられても困る…。

とにかく不動産は禁止。

でも、実際には、この国には不動産しかなくて、
可動産なんてほとんどない。
なぜこんなにゴミになって、
お金もかかるし、移動もできないものに
平気で役所からの建築許可が下りるのか。

これは建築のための方法論じゃないんだ。

なにか他にも意味があるんだ。

それは何か。

コンクリートの基礎を作ったら、しっかりとわかる。

不動産の面積が。

しかも昔の日本建築みたいに動かせない。

しっかりと、所有の観念が具現化されている。

(つづく)
 2013.09.17 Tuesday 16:48 坂口恭平 permalink  
坂口恭平が「建てない建築家」になったわけ
坂口恭平さんの本をもう1冊読みたかったので
坂口恭平『独立国家のつくりかた』
図書館から借りてきて読んだ。

読み始めて、びっくりした。

すごい。

こんなことを考えている人がいるなんて…!

だけど、そこに書いてあることは、
とてもあたりまえのように思えた。

とてもあたりまえのことなのに、気づかなかったこと。

この本は売れているらしいとどこかで読んだが、
そうだとしたらなんだかほっとする話だ。

で、休憩しながら読めばよいものを
あまり間をおかずに一気に読んでしまったので、
おそらく自分の疲労感のせいで
前半のテンションが後半まで続かなかったのが、
ちょっと残念だった。

ほんでもって、図書館に返却したあと、
あらためて購入。

今度こそ落ち着いてじっくり読んでみたいと思う。

(なお、こういう本でネタばれというかどうかわかりませんが
 部分的に詳しく取り上げてしまいますので、
 興味をもたれている方は是非まず本を読んでくださいませ。)



坂口恭平さんは大学で建築を学び、
いま現在たくさんもっている顔(肩書き)のうちに
「建築家」も含まれている。

しかし、いまだに現行の日本の法律でいうところの
「建築」はたてたことがないのだそう。

建築家の資格も持っていないし、
そもそも自分の仕事でそれが必要だとも思っていない。

しかし、「建てない建築家」として、
自分にとって家とは何かを言語で伝え続けている。

なぜ坂口恭平は、建てない建築家になったのか。

大学4年生のとき、就職活動もせず、
かといって設計事務所を立ち上げる気もなく、
まったく夢がないお先真っ暗な状態だったとき、
それでも、何かないかと毎日外へ出ては歩いて物色していた。

隅田川沿いにはブルーシートハウスが立ち並んでいる。

当時は、ホームレスをただのホームレスと思い込んでいたが、
何か気になっていて、
これもまた建築なのだけれど、あまりにも小さくか弱く、
可能性があるように思えないし、
むしろ彼らをどうにかして支援する必要があると思っていた。

そんななか坂口さんは、1軒の家と出会う。
普通のブルーシートハウスだが、
屋根に不思議なものが載っている。
小型のソーラーパネル。

思わずノックした。

家の中に入ると、畳一枚分ぐらいの小さな家。
しかもオール電化!
寸法を測ったら、間口が900ミリぴったり。
とても丁寧なつくり。

坂口さんはこれだと思った。
今まで見てきた建築の中で、
一番自分が思っているものに近い、と。

そうして坂口恭平さんは卒業論文で、
路上生活者の家の調査をすることになる。

ほとんど商品と化してしまっている現在の建築の状況に絶望し、
鳥の巣のような家を建てたいと考えていた坂口さんには
彼らの家だけがその可能性を見せてくれる希望の光だった。

話はさかのぼるが、
坂口さんが建築を建てるという思考を完全にやめたのは、
大学3年生のときだったそう。

そうすることになったのは
「生理的におかしいと思うことを受け入れるのはやめよう」
と思ったから。

きっかけは、大工の修行をしたとき。
大学生の坂口さんは町大工さんに弟子入りして、
家一軒を建てるまでのすべての見せてもらうことになった。
基礎工事から全部かかわる。

初めて経験したその現場で、
植物が根こそぎ掘り出された大きな穴に
コンクリートが流し込まれていくのを見る。

坂口さんは、その過程が生理的に受け付けられなかった。

なんかこれ、普通に考えたらおかしいような気がするけど、
なんでみんな平気な顔でやってるんだろう?

不安になった坂口さんは親方に聞いた。

これってなんかおかしくないっすか?
昔はただ石ころを置いてその上に家を建てていたわけでしょ、
なんで、こんなに掘って、そこにコンクリを
ぐりぐり流し込むんすか?と。

親方は迷わず、こう返した。
「そうだよなあ。やっぱおかしいよなあ」

坂口さんはそれ以降、親方に質問攻撃をすることになる。
なんでこんな建築のつくりかたになっちゃったんだ、
おかしいだろう、と。

親方は毎回、「おかしいとわかってる」と言う。
でも、それじゃ食っていけない。
今は、建築士の免許がないと建築がつくれないから、
大工じゃ無理だ。
できたとしても基礎のない建築なんて今の法律じゃ無理だ。
土を掘らんと家は建たん。

でもそんなことをしなくても本当は問題ない…。

親方は問題があることは生理的にわかっているのに、
匿名化した建築社会システムでは
それが当たり前ということになっているので
身動きがとれなくなっている。
でも、それがおかしいことを本当はわかっている。僕にはそれが希望だった。自分がおかしいと思っていることは本当におかしいのだと。
 生理的におかしいことを受け入れてはいけない。それは疑問として、ちゃんと自分の手前でとどめておかなくては駄目だ。体内に入れて咀嚼(ルビ:そしゃく)してしまったら、自分が駄目になってしまう。
(p.67)

(つづく)
 2013.09.15 Sunday 14:15 坂口恭平 permalink  
力をずらして、楽な場所を見つける身体感覚
坂口恭平さんの方法論と「いじめ問題」の関連性について、
子育てブログに記事を書いた。

学校生活で苦しいことがあったとき、
こんなふうに考えてみるとどうだろうかという
新しい視点をもらった話。


このことを身体感覚でもとらえられるのではないか、
と考えていた。

私自身には経験がないが、たとえば武術において、
こういう感覚があるのではなかろうか、と。

で、そういえばpha著『ニートの歩き方』で、
合気道の話が書いてあったぞ…と思い出し。
「自分が楽に動ける場所」(p.149〜150)を確認したら
まさにどんぴしゃりのことが書いてあった。

昔、phaさんは内田樹さんのブログの影響を受けて
1年くらい合気道の道場に通ったことがあるそうなのだが、
そのとき先生から教わったことでよく思い出すことがあるそう。
 自分より力の強い人に腕をぐっとつかまれて動けなくなったときに、それを力づくで振りほどこうとしたり抵抗しようとしてもうまくいかない。ではどうすればいいかっていうと、つかまれた腕はそのままにして自分の体をスッと相手の体の横などに移動させるのだ。そうすると位置関係が変わることで立場が逆転して、相手の攻撃はこちらに届かなくなり、相手は腕に力が入らなくてこっちは力を入れやすくなって、こちらが自由に主導権を握れるようになるのだ。
(p.149)

うまい人はそういう「どこに行けば自分が楽に動けるか」
が自然と分かるようになるらしい。

合気道の先生は
「力で対抗してはいけない。自分が楽に動ける場所に行けばいい。
 自分が楽に動ける場所は絶対あるから」
とよく言っていたのだそう。

坂口恭平さんがいう「解像度を上げる」というのは、
ぼんやりとしか見ていなかったもの、
あるいは他人の目を借りてしか見ていなかったものを、
自分の目でよく見て、感じて、
自分が楽に動ける場所、しっくりくる場所を
見つけるということなのではなかろうか。

世界はひとつだと思うと、
そのひとつになじめない自分を否定してしまいそうになる。

そうではなくて、世界には地平が無数に重なっている。
そのなかに、自分が楽になれる地平が必ずある。

力の強い人に腕をつかまれて動けなくなったときが、
逆にその地平を見つけるチャンスになるかもしれない。

もしどうすれば楽になれるのか全く見えない状況だったら、あまり焦らずに何かが見えるまでじっと何もせずに待ってみてもいいんじゃないかと思う。寒い冬は時間が経てばそのうち終わるものだし、状況はどんなときも必ず変化し続けるものだから。
(『ニートの歩き方』p.150)
 2013.09.11 Wednesday 13:52 坂口恭平 permalink