イスラム社会の取材と、取材者の性別
常見藤代『女ノマド、一人砂漠に生きる』を、
読んできた。

砂漠暮らしの“日常生活”について、
つまり、何を食べ、どうやって生活費を捻出し、
どんなふうに眠っているのか等について、
あるいは
「おひとりさまを支えるアナログなつながり」
のことについては
ほとんど書かないままここまできたが、
逆にこれらを全部書いてしまうと
本の中身を全部書いてしまうことになりそうなので、
割愛することにして、
最後にもう一度、著者の立場、メタな位置から、
この本をふりかえってみようと思う。



常見さんがはサイーダさんと合流するとき、
あるいは町にもどるときに
男性の車で送迎してもらうわけだが、
その間にいろいろと、
女性ならではの苦労というか
不愉快なできごとも味わっているらしい。

一方、ホシュマン族の本を書いた
ジョセフ・ホッブズ氏は、
信頼のおけるパートナーの遊牧民男性と、
たびたび1ヶ月にわたって砂漠を旅し、
彼らの居住区域をくまなく回り、
砂漠に暮らす家族を訪ね歩いて話を聞いたそうで、
常見さんはそれをうらやましがっている。
 その話を本人から聞いた時は、心底うらやましかった。遊牧民女性は車を運転しない。砂漠を長期に旅するには、男性とでしかありえない。男と2人きりで、砂漠を1ヶ月旅するには、女を捨てる覚悟がなければできない。
 (p.64)

このことについて、
Amazonのレビュー
興味深い指摘がある。
(萩原湖太郎さん)

 著者は女性であることをイスラム社会で取材活動を行う上でのハンデと捉えているようだが、本書では逆にそれを強みに変えてしまっているように思う。外国人男性がイスラム社会の女性たちの中に入り込むことは到底不可能だろう。アラビア語を操り何年もかけて女性たちのネットワークに潜り込み、一夫多妻の夫婦関係について彼女たちの生の声を集めた、という点に本書の意義があるように思う。
「見られる女」から「見る女」に変身、のことについて。
のなかでリンクした
片倉もとこさんのニュース()にも、
同じようなことが書いてあった。

イスラム戒律の厳しい地域では、
女性の研究者がいい仕事をすることが多い、と。

私がこの本を「一夫多妻制」から
読んでいくことになったのも、
イスラム社会の中で生きる女性たちの
生の声があったからこそだと思う。

また、上記のレビューの続きで、
本書の特徴であろうと思うのだが、著者の語る大部分は著者自身の体験か直接見聞きした伝聞であり、それを常に著者自身がどう感じたのかというフィルターを通して語っているように思う。こういった異文化体験モノにとって重要なのは、著者が自分自身の視点に対してどれだけ自覚的になっているか。カルチャーショックを受けている自分と、その自分を相対化して眺めている自分の、2つの視点があれば、本書に記されている著者の洞察はもっともっと深いものとなっていたのではないかと思う。
とも書いてあり、
ここにもなるほどと思うし、
星1つの厳しい意見をつけている方の
言いたいことにも通じる点だと思う。

しかし私は、
著者自身のフィルターを通した語りだからこそ、
最初の感想が、
著者自身に対するものになったのだろうと思うし()、
著者の目を通してイスラム社会を見る、
という体験ができたように思う。

こういう形でイスラム社会に
初接触することができて、
よかったなぁ、と思っている。

たとえば、エジプト情勢のニュースをきくときにも、
宗教的・政治的な観点ではなく、
「サイーダさんはラジオから流れてくる
このニュースをどんな思いできいているだろう・・・」とか、
「ハルガダにも影響はあるのだろうか・・・」
というふうに、
そこに暮らす人々の視点で
ニュースをきこうとしている自分に気づく。
この感覚は、わるくない。

なんだか、サイーダさんのことも、
この本に出てくる人たち(特に女性たち)とも、
ほんの少し知り合いになった気がしているのだ。

本を読んだあと、
あらためてAmazon該当ページの
動画をみてみると、
最初にみたときとは別の趣がある。

サイーダさんの声質、
ラクダへの接し方、
炭と砂で焼くパンのこと、
息子たちの様子。

もしかするとこの本は、
砂漠の遊牧生活やイスラム社会の一部を
客観的に伝えようとする取材記録ではなく、
著者がそれらと出会っていく様子、
あるいはそれらを通して
著者が自分自身と出会っていく、
そのプロセスを綴ったものかもしれない。

ちなみに先日、
Doersという学生団体の主催で、
米田智彦さん()と、
常見藤代さんの対談が行われたらしい。
http://ameblo.jp/doers-doers/
entry-11559355834.html

http://eventforce.jp/event/76265

常見さんのブログに
そのときの様子を撮影した写真が
掲載されている。
http://www.f-tsunemi.com/blog/nomad/post-708/

ツイッターでは、
「東京ノマド×砂漠ノマド対談」という
タイトルも流れてきた。

米田さんがツイッターで言っていたように
なんちゅータイトルと私も思ったが、
結局、自分自身がこの流れで
常見さんの本に出会ったことになる。

最後に、常見さんの写真ブログから、
もうひとつ印象深かった記事を
リンクしておこうと思う。

「町に住む私たちは、砂漠の人よりずっと身近にノマドできる
http://www.f-tsunemi.com/blog/nomad/328/
 2013.07.16 Tuesday 11:46 常見藤代『女ノマド、一人砂漠に生きる』 permalink  
砂漠と祈り
常見藤代『女ノマド、一人砂漠に生きる』
読んでいる。



砂漠で遊牧生活を送っているサイーダさんは、
イスラム教徒。

1日5回の礼拝を欠かさず、
毎回ゆうに30分は祈っているという。

サイーダさんは、
イスラムについて特別教育を受けたわけではなく、
『コーラン』も読んだことはないそう。

父親や兄が町のモスクに行った時に説教を聞き、
それをサイーダさんに教えただけなのだとか。

常見さんいわく、それでもサイーダさんが、
町のイスラム教徒と何ら変わらず、
いやそれ以上に信心深く見える背景には、
その置かれた環境が影響している違いない、と。

先に書いたように、サイーダさんにとって、
祈りは暮らしの中心になっている。

常見さんは、最初は、
そんなに祈る時間があったら、
もっと他のことをすればいいのに・・・と
思ったのだそう。

祈ることは非生産的な行為にしか見えず、
それに多くの時間を費やす意味が
理解できなかった、と。

しかし、サイーダさんと何度か暮らすうちに、
この草木の乏しく厳しい環境にあって、
祈るという行為が
心の平安や安らぎにつながっているに
違いないと思うようになったのだそう。

 遊牧生活は、天候など周囲の環境に大きく左右される。家畜を増やしたくとも、雨が降って草が生えなければ、どうすることもできない。そんな彼らの置かれた状況が、運を天にまかせる、すなわち人間以外のもっと大きな、神のような存在を信じる姿勢につながっているのではないか。
 (p.81)

私はこの話を読んだとき、
岩井寛『森田療法』(講談社現代新書)
の中にあった、次の対比のことを思い出した。

 東洋の論理=現象受容的
 西洋の論理=現象分析的・現象解明的・現象闘争的

西欧文明は、
過酷な自然現象を根底において
発展してきたので、
現象分析的・現象解明的・現象闘争的である。
これに対して、東洋の文化、
特に日本のような
モンスーン的自然を背景とした文化では、
自然が比較的豊穣であるため、
人々は自然の恩恵を受け、
現象をそのままの形で
受けとめるならわしを身につけてきた。
したがって、現象受容的な
心理状態におかれるようになった。

という話。

あのときには納得したのだけれど、
サイーダさんの砂漠暮らしに接していると、
これはこれで現象受容的であるように思う。

というか、相手が大きすぎて、
闘争しようがないというか。

また、サイーダさんが砂の上に
直接横になるときに、
こんな言葉を口にする場面もある。
「砂漠の砂はきれいさ。自然はすべて
アッラー(神)がつくった物だから」
(p.30)

確かに、自然そのものを受容するというより、
その先の「神」の存在をもって、
受容している面はあるのかもしれない。

少なくとも、自然が豊穣な日本よりも、
砂漠の遊牧民のほうが、
「神」を必要とし、生活のなかで
「祈り」が重要な時間になっていることは
確かだという気がする。
(“よりも・・・”という言葉では追いつかないくらい)

なお、少し調べたところによると、
イスラム教は、
砂漠の宗教というよりは、
都市(商人)の宗教だといったほうが
ふさわしいだろう、とのこと。↓
http://www5f.biglobe.ne.jp/~mind/
vision/es003/islam001.html

http://homepage3.nifty.com/ryuota/
whistory09.html


また、キリスト教は
「砂漠の宗教」ではないのではないか、
ということについては
次のページが興味深い。
http://zizimuge.blog44.fc2.com/blog-entry-21.html
 2013.07.14 Sunday 10:05 常見藤代『女ノマド、一人砂漠に生きる』 permalink  
携帯電話をもっていない遊牧民と砂漠で合流する方法
常見藤代『女ノマド、一人砂漠に生きる』を、
読んでいる。



常見さんがサイーダさんに初めて会ったのは、
ビール・アル=バシャというところの泉だったそう。
ここをサイーダさんは夏の拠点にしているらしい。

常見さんをサイーダさんにつないでくれたのは、
ホシュマン族の本を書いたジョゼフ・ホッブス氏と、
族長のムサリムさん。

ホシュマン族の場合、
どのくらい移動するかは雨次第とのこと。

かつては1ヶ月間ずっと移動し続けることも
よくあったそうだが、
近年のようにほとんど雨が降らない場合は、
夏・冬は1ヶ所にとどまっていることが多いらしい。

常見さんは、最初の3年くらいは、
サイーダさんがどこかを拠点にしているときに、
合流していたもよう。

で、雨の降った場所へ旅をしてみたいという
常見さんの願いがかなったときのことが、
p.84〜95に書いてある。

携帯電話をもっていないサイーダさんと
合流するときに頼りになるのは、
移動のセオリーと、人伝の情報。
そして、足跡とわだち。

町に住む遊牧民は、
砂漠に暮らす人がどの辺りにいるかを
かなり正確に知っていて、
砂漠にいる人も、
町や定住地にいる人の近況を
よく知っているらしい。

雨の情報も、雨雲を見れば
どの辺に雨が降ったかがわかるので、
翌日に男2人くらいがそこに出かけて行き、
雨が降った場所を特定して、
それが人から人へと伝わっていくのだそう。

雨が降って2〜3日後に草が生え始め、
2ヶ月ほどでガナム(ヤギやヒツジ)が
食べられる大きさになり、
ラクダが食べられる大きさになるのは
その1ヶ月後らしい。

なので、だいたいこういう時期に、
サイーダさんが、冬の野営地から、
少し前に雨の降った場所へと
移動する予定だということはわかっている。

で、問題は、その出発の日を
どうやって知るかというと。

常見さんは当時、
ハルカダというところにアパートを借りていて、
そこを拠点にしていたらしいのだが、
ハルカダに住む遊牧民を訪ねては、
こまめにサイーダさんの近況をたずねたのだそう。

そうこうするうち、
サイーダさんが移動するという情報が入る。

で、ハルカダの男性の車で
冬の野営地に向かう。

しかし、サイーダさんの姿はない。

さっきまでここにいたのは、
炉の灰がほんのり温かいことでわかる。

また、ハルカダの男性の地面の観察で、
ロバをつれた女性と小さな女の子と
いっしょに移動したこともわかる。

それがだれなのか、
常見さんには察しがついたようだった。

今から追えば間に合うと判断して、
サイーダさんの足跡をたどりながら後を追う。

しかし、途中で足跡が消えたので
(山を登って移動したため)
今度は、サイーダさんといっしょに
移動したと思われる人の車のわだちを追う。

無数のわだちのうち、それを見分けられるのは、
先の男性が、わだちの特徴を
野営地で頭にたたき込んだから。

 たとえばサイーダさんは、
 ラクダ1頭1頭の足跡を見分けられるし、
 そのほかの動物の足跡、
 それがいつ頃つけられたのかもわかるそう。
 人間の足跡も、たとえ靴をはきかえても、
 歩幅や左右の足の幅などでわかるのだとか。
 (1人1人の足跡を見て頭にたたき込む)

そうして野営地を出て1時間ほどで
幹線道路に出る。ここを横切るとき、
常見さんは注意をしなければならない。

外国人が、
遊牧民の車の乗っているのが見つかっては
まずいから。

この道路を慎重に横切り、
再びわだちをたどって走り続けること1時間、
ようやく、サイーダさんといっしょに
移動したと思われる人の車を見つける。

その人は、サイーダさんとここで落ち合うことになっていて、
まもなく、動物をつれた彼女があらわれたのだそう。

以上は、サイーダさんとの移動ではなく、
サイーダさんと合流する旅。

いろんな判断がはずれていないことが、
すごいなぁと思う。

この、動物の足跡を見分ける能力は、
砂漠で生きる中で培われた知恵や力の
最たるものだろう、とのこと。

常見さんはサイーダさんに、
「日本に足跡はないのかい?」と
きかれたことがあるのだとか。

「足跡」が話題になることがあるとすれば、
SNSの機能についてでしょうか…
 2013.07.11 Thursday 10:19 常見藤代『女ノマド、一人砂漠に生きる』 permalink  
サイーダさんはなぜ砂漠で暮らし続けるのか。
常見藤代『女ノマド、一人砂漠に生きる』を、
読んでいる。

メインの話題が
「一夫多妻制」になってしまっていたので、
そろそろサイーダさんの砂漠暮らしのことについて
読んでいこうと思う。



サイーダさんの夫は、
この本が書かれた5年前に足を痛めて歩けなくなり、
長男夫婦と定住地に暮らしているのだそう。

長男以外の8人の子どもたちも、
砂漠でガナム(ヤギとヒツジの総称)の
世話をする末息子をのぞいて、
すべて定住地やハルガダに住んでいるのだとか。

みんなサイーダさんに、
いっしょに暮らそうと誘うらしいが、
がんとして応じないのだそう。

年老いた親と子どもの世帯が
一緒に暮らし始めるということは、
もちろん日本でも多いだろうし、
親自身が、
住む場所や生活形態を変えたくない、
ということももちろん多いだろう。

でも、「親が遊牧民」というのは、
さすがに日本では考えられないですね・・・

サイーダさんいわく、
「砂漠じゃ自分一人だから、
 どこに行って何をしようと、自由さ。
 でも町には人や車がいっぱいで、
 自由に歩き回れない。
 排ガスやゴミがあふれて汚いし」(p.36)

常見さんが、「でも一人で怖くないの?」ときくと、
「町の方が怖いさ。町には泥棒がたくさんいる」
とサイーダさん。

以前、これと同じような話をきいたことがある。
人里離れたところで暮らす人に
「人がいないのに怖くないの?」ときいたら、
「人がいないから怖くないのだ」
という返事がかえってきた、という話。

そしてサイーダさんは、
ハルガダで起きた2つの事件の話を
きかせてくれたそう。

強盗は日本にもいるだろうが、
「金のアクセサリーを腕ごと切断される」
ということは滅多に起こらないだろう。
(これと似たような話も、別の本で、
別の地域の話として読んだことがある)

「町じゃ、飛んでいる鳥を眺めることもできないし、
 道端に生えている草の匂いをかいで
 楽しむこともできない。
 砂漠の水はきれいでおいしい。
 町の水は薬が入ってて、飲めたもんじゃない」

サイーダさんいわく、砂漠で怖いのは
サソリとハナシュ(毒蛇の1種)だけだそう。

確かに、サソリ・毒蛇と、
人間のどちらが怖いかときかれれば、
答えに迷ってしまう。

そういえば昔、動物関係の番組で
ワニのことが取り上げられていたときに、
(たぶん、ワニが怖いとか怖くないとか
そういう話になったんだろうと思うが)
解説者の人が
「ワニの革のハンドバッグを持った人間はいるけど、
人間の革のハンドバッグを持ったワニは
見たことがないですからね・・・」
と言っていたのが印象的だった。

しかし。

砂漠暮らしでは、
サソリとハナシュよりも怖いことがある。

それは何かというと、水がなくなること。

水がなくて亡くなった人は、
サソリやハナシュに襲われて亡くなる人よりも
多いのだそう(p.103)。

ということは、砂漠でもっとも怖いのは、
「水がなくなること」かもしれない。

ここの部分に関しては、定住地のほうが、
圧倒的に「怖くない」わけなのだが。

とにかくサイーダさんは、
生まれてから一度も家で暮らしたことがないらしい。
1ヶ所にいるのはイヤ、
いつも動物といっしょに動いていたい、とのこと。

だとしても、足が弱ってきたら、
ラクダを売って定住地でもどこにでも行く、
と思っているらしい。

しかしその時期は私が決めることではなく、
神さまだけが知っている、と。(p.250)

サイーダさんが砂漠で暮らし続けるわけは、
日本の高齢者が住み慣れた土地で
一人暮らしを続けるわけと、同じことだろう。

年老いてから生活環境を変えるというのは、
大変なことだろうと思う。

さて、そんなサイーダさんだが、
あたりまえのことながら、
完全にひとりで生きているわけではない。

また、私がこうして砂漠暮らしの本を読めるのも、
常見さんがサイーダさんと合流する方法があればこそ。

このあたりのことを、もう少し読んでいきたい。

(つづく)
 2013.07.08 Monday 12:03 常見藤代『女ノマド、一人砂漠に生きる』 permalink  
砂漠のラジオと政局

常見藤代『女ノマド、一人砂漠に生きる』を、
読んでいる。



エジプトが、なんかすごい状況に
なってきましたね・・・

こんなときもサイーダさんは砂漠にいて、
政局ではなく、
動物や人間の足跡をよんでいるんだろうなぁ、
といいたくなるが、
サイーダさんはちゃんと政治も把握している。

ラジオがあるから。

常見さんは、2012年5月に、
2年のブランクの後、
サイーダさんを再訪したそうなのだが、
そのときサイーダさんいわく、
「フジヨが来ないから、津波につれ去られて
 死んでしまったかと思ってたよ」

つまり、遠くはなれた日本のことも知っているのだ。
(もちろん、あれほど大きな出来事だったから・・・
というのはあるだろうが)

ムバラク政権が崩壊したのは2011年2月だが、
常見さんがいうには、ここの砂漠では、
(2012年5月の段階で)
ムバラクの評判は意外にわるくないとのこと。

「今はみんな仕事がない。いろんな物が高くなってしまった。
 前はムバラクがしっかりと国をまとめていた」
という意見もあるのだとか。

「彼がいい人か悪い人かなんて、
 会ったことないからわからないね」
とサイーダさん。なるほど。

現在の騒動も、サイーダさんは
砂漠にいて、ラジオできいているんだろうな。

やはり、こういう本を読むと、
エジプトが少し身近になる。

どうなるんでしょうね、このあと・・・

今回のことでは
モルシ氏の「ツイッター」での表明が
報じられていたが、
今回の状況でも、
ソーシャルメディアは
何か役目を果たすのだろうか、
どんな役目を果たすのだろうか。

・・・って、“わが”国のことにも
目を向けなきゃですね。

ちなみにサイーダさんは、
ラジオはもっているけれど、
携帯電話は持っていないそう。
(あえて持たないようにしているのかも・・・って)

 2013.07.04 Thursday 10:22 常見藤代『女ノマド、一人砂漠に生きる』 permalink  
「見られる女」から「見る女」に変身、のことについて。
常見藤代『女ノマド、一人砂漠に生きる』を、
読んでいるところだけれど、
きょうはちょっとプラスアルファの話を。

常見藤代さんの写真ブログに
「「見られる女」から「見る女」に変身」
という記事がある。
http://www.f-tsunemi.com/blog/nomad/87/

とある場で、小池ゆりこ氏が言った
次の言葉をうけてのもの。

 ベールをかぶることで、
 「見られる女」から「見る女」に変身できる。

常見さんがおっしゃるには、
イスラム教徒の女性が身につけている
アバヤとよばれる黒いガウンは
実はとても便利なものなんだそう。

パジャマの上から羽織って買い物に行けるし、
極端な話、毎日同じ服を着ていたとしても
上から羽織ればわからない・・・

 って、それは私のための
 衣服システムですかっ!? (^^;

というわけで、ベールやアバヤは
イスラム教徒の女性から重宝がれれていて、
けしてかぶらされているわけではないのだそう。

日本女性のように髪を露出し、
体の線がわかる服装をしていると、
(特に不特定多数の男性から)
「見られる存在」となるが、
アバヤのようなベールをかぶることで、
「見る」女性になる、という意味だろうか?

この話について、私は2つのことを思った。

まず、象徴的な話としては大変面白いということ。
「見られる」ことから「見る」ことのシフトの意味は
大きいと思う。

もうひとつは、実際のイスラム教徒、
あるいはエジプトの女性の
生き方はどうなのか、ということ。

常見さんも、上記の記事を、
おしゃれの「分散投資」と「集中投資」の話に
つなげておられるが、
エジプトの女性はおしゃれをしないわけではない。

おしゃれは家の中でする。
つまり「夫の前だけ」。
美しさは大切な人(夫)にだけ見せるもの。

なので、結婚したら、家の中で化粧をし、
夜はセクシーなランジェリーを身につけ、
夫と夜を楽しむ。

『女ノマド、一人砂漠に生きる』を読んでも、
未婚女性が肌を露出するのを控えるのは
自らそうしているというよりは、
「はしたない」「恥だ」という戒めがあるから、
という印象がある。

この、「はしたない」「恥だ」という戒めは、
アイッブという言葉で表現されるもよう。

結婚前に異性と肉体関係を持つことは
最大のアイッブなので、
たとえば父親などは、
娘が過ちを犯さないうちに
なるべく早く結婚させようとする。

また、女性が「アイッブ」と戒められ、
肌を隠し、体の線が見えない服装をすることは、
逆に男性の想像力を刺激し、
女性を神秘的に見せている、とも書いてある。
 その意味で、「アイッブ」は、男と女をへだてる装置でありながら、現実にはいっそう互いの関心を呼び起こし、女性の性的魅力をおさえつつも、実際は、女性としての価値を高めているように思う。
 (p.187)

そんなふうに考えていくと、
「見られる女」から「見る女」というよりは、
「見られる女」から「簡単には見せない女」、
言い方をかえれば「安売りしない女」に
変身しているようにも聞こえる。

小池氏が上記のような話をした、
オチをきいてみたいのだけれど、
もしかしたら、
小池氏が接してきたエジプトの女性たちは
常見さんが接してきた女性たちとは
違うタイプの人たちだったのかもしれないし、
あるいは、これは単なる話のきっかけで、
その先の話があったのかもしれない。

いずれにせよ、
「投資」は男性に向けてなされていることに
かわりはないのではないか、
しかしそれが夫であるか否かは
とても大きな違いなのかもしれない、
と思うことであった。

これがまた一夫多妻制と
完全に無関係ではないとしたら、
ジェンダー的には
ややこしい話になるでしょうか。

(関連ニュースを発見↓)
http://mainichi.jp/opinion/news/20130321k0000m070109000c.html
 2013.07.01 Monday 13:49 常見藤代『女ノマド、一人砂漠に生きる』 permalink  
一夫多妻制の感覚(その4)/嫉妬と苦悩
 常見藤代『女ノマド、一人砂漠に生きる』を、
なぜか砂漠暮らしではなく
一夫多妻制を中心に読んでいる。



まず、きのうの記事の訂正箇所について。
イスラムにおける一夫多妻制確立の背景について、
中途半端な書きかたになってしまっていたので、
以下の部分だけ、ウィキペディア:一夫多妻制から、
直接、引用する形にかえました。
イスラーム社会で一夫多妻制が制度として確立したことに対して、イスラーム法学者からはイスラーム共同体の初期(イスラーム帝国時代)の社会状態が背景にあると説明されることが多い。



結論として、
一夫多妻制のなかで暮らす女性たちは、
往々にして寛容で、嫉妬心が少なく、
夫への執着があまりないのかといったら、
そんなことはないらしいというのがわかった。

一夫多妻制のなかで暮らす女性たちも、
いや、だからこそ、場合によっては
なおいっそう嫉妬と苦悩が渦巻くのかもしれない。

何しろ、制度としてOKなので、
男性側が我慢したり、隠したり、苦心したり、
後ろめたさを感じたりすることはないだろうから。
(逆に言えばオープンなので、
隠し立てされたりもしないだろう)

そして女性としては、
自分の怒りを“法”や“制度”に
訴えようがない。

たとえば、こんなできごともあったらしい。

 カイロ近郊のとある町で、
 妻子ある男性が他の女性と結婚した。

 妻は怒って夫に睡眠薬入りの紅茶を飲ませ、
 寝ている間に風呂に引きずって行き、
 ガソリンをかけて死なせた。

この新聞記事のことを常見さんに教えてくれて
「ブラボー」と誉めたたえ、
「私の夫は、ゼッタイ他の女と結婚させない」
と言ったのは、
(2)で出てきたウンム・スラマなのだが、
つまりは離婚したあとでも、
「自分の夫」という意識があるらしいのだ。
激しい執着がある。

だからこそ、どちらが夫と別れるのか、という
修羅場が繰り広げられたのかもしれない。

たとえ制度的にOKでも、
2度めの結婚を認めるかどうか、
許すかどうかは、また別問題なのだなぁ・・・
と思った。

こういう状況になると、
自分の気持ちに正直になって、
それを表現していったほうが
精神衛生上はよさそう。

表現したからといって、
自分の思い通りにならないとしても。

ということに関連する話として、
この本の終盤で、
ライヤという女性の話が出てきている。

これまでの話とはちょっと雰囲気が違っている。

いったん書き起こしたのだけれど、
中途半端に抜き出すのはよくないと感じたので、
(それにけっこうな量になるので)
控えておくことにした。

とにかく、一夫多妻制のなかで暮らす女性も
気持ちは複雑だ、ということ。
そして、夫婦いろいろだ、ということ。

ただ、一夫多妻制といっても、
本に書かれてあるのは妻2人の場合だから、
これが妻が10人くらいいる場合だと、
また状況も違ってくるのかもしれない。

そういえば、タレントのボビー・オロゴンさんの
おとうさんには、妻が6人いるんでしたっけ。
アフリカの一夫多妻制は、
また雰囲気が違うんだろうか?


(つづく)
 2013.06.28 Friday 10:03 常見藤代『女ノマド、一人砂漠に生きる』 permalink  
一夫多妻制の感覚(その3)/親子ほど年のはなれた2人の妻

常見藤代『女ノマド、一人砂漠に生きる』を、
なぜか砂漠暮らしではなく
一夫多妻制を中心に読んでいる。

(図書館から借りていたのですが、
 結局、購入しました)



今度は、フラッジという男性の2人の妻について。
(p.204〜)

フラッジはサイーダとどういう関係にあるかというと、
1つ前の記事に出てきた
サイーダの兄のアブドルザハルと
1人めの妻ウンム・スラマの息子の
スラマのお嫁さんのおとうさん・・・
 って、もはや続き柄は関係ないかしらん(^^;

ちなみにウンムというのは、
○○の母という意味らしい(p.53)

フラッジの1人めの妻は
ウンム・アビートという人で、
この人と結婚してから26年後頃に、
19才のヒンドと結婚することになる。

なお、新妻ヒンドは実は夫と死別しており、
1才の娘がいる。

フラッジが2番めの妻を求めるようになったのは、
1番めの妻に身体的な事情が起こったかららしい。
(末娘出産時の対応がもとで、
 性交時に痛みを感じるようになったとのこと)

それ以前は、夫は他の妻をほしがることは
なかったのだという。

彼らの感覚でいうと、
妻がセックスできないときに夫が我慢するのは
「ハラーム」ということになるらしい。

「ハラーム」というのは、
「禁止された行為」という意味なのだそう。

イスラムでは、夫婦間で性交を楽しむことを
積極的に奨励するとのこと。

その、親子ほど年の離れた2人の妻の
初対面の様子が示されているのだが、
なんともいえない雰囲気。

ちなみに常見さんは、
2番めの若い妻ヒンドの
19才とは思えない落ち着きぶりに
驚いたのだそう。

1番めの妻は
ウェルカム全開だったわけではない。
もしそうだったら、
やっぱり何か不自然だ。

ヒンドをひと目見た瞬間、
ひと言「こんにちは」と言うと
さっと背を向けた1番めの妻の肩に
若い2番めの妻はそっと手を回し、
後ろからそっと抱きしめたのだそう。

そのあと、妻2人による
料理や食事の様子が示される。

自分の娘に対するような自然な物言いで
ヒンドに接するウンム・アビート。

ウンム・アビートは、常見さんに
「彼女はいい人だわ。とても謙虚だもの」
と2番めの妻への評価を伝えたもよう。

どうやら上手くいきそうな感じ。

また、常見さんが2番めの妻と話したとき、
1番めの妻に会う前に怖くなかったか?ときくと、
「どうして? いい人じゃなかったら、
別々に暮らせばいいだけよ」
とさらりと言ったのだそう。

ということは、一夫多妻制でも、
必ずしも同居するわけではないのですね。

そんなこんなで、一夫多妻制でも、
いろいろな夫婦の形があるようだ。

なお、イスラムでは、一夫多妻の場合、
夫は妻たちを平等に扱わなければならない
とされるらしいのだが、常見さんの知る限り、
平等に扱っているケースは少ないのだそう。

往々にして、あとからきた若い妻のほうが
待遇はよいのだろう。
待遇というか、夫の注目度というか。
まあ、そうなりますかねぇ。

ちなみに、妻を複数もつのは、
一人もつよりもお金がいるわけだが、
複数の妻を持つ男性が増えた背景には、
定住地で働くことで
男性の収入が安定したことに加え、
女性もラクダ使いなどで
男性と同じ場で働くようになり、
男女の垣根が低くなったことがある、
とも書いてある(p.212)。

ん?・・・ということは、一夫多妻制は、
昔からあるものではないのだろうか?

それとも昔は、経済力のある人だけの、
ごく限られた夫婦の形だったのだろうか?

ウィキペディア:一夫多妻制を読むと、
どうやらそんな感じ。

(じゃあ、先のハラームはどうなるんだろう??
経済力のない男性は、
ハラームに甘んじるということもあるということ?)

また、

イスラーム社会で一夫多妻制が制度として確立したことに対して、イスラーム法学者からはイスラーム共同体の初期(イスラーム帝国時代)の社会状態が背景にあると説明されることが多い。

とも書いてあった。

戦争で女性が寡婦となったときの
経済的扶助手段であったり、
一時的に男女間の人口不均衡が起こった際に
女性の結婚権を保障するためであったり。

また前近代もしくは発展途上国において、男性による女性への選好の容認および血統主義の観点から、一夫一妻制で子をなせない場合に男性が妻以外の女性と子をなすことが想定され、これを制度化することにより、男性優位的な婚姻制度に一定の安定性を持たせたものともいえる。

ふうむ。

で、本にもどると・・・

こんな話も付け加えられている。

フラッジが2番めの妻と結婚して半年後に
常見さんが彼らのもとを訪れると、
ヒンドのための新たな離れ家ができていたとのこと。
フラッジは、ヒンドと毎晩そこで寝ているのだそう。

ウンム・アビートは、毎朝、夫たちよりも早く起きると、
その離れ家の東側の壁に毛布をかける。
朝日が蘆の壁を通して部屋に入り込むのを
やわらげるためだそう。
「2人がゆっくり寝られるように」と。

あるとき、料理をするウンム・アビートが、
傍らにいた常見さんに、
小さな声でこう言ったのだそう。

「新しいマダムと私と、どっちがきれい?」

国が違えど制度がどうあろうと、
やっぱり女心の基本は
変わらないのではなかろうか・・・
と思うエピソードだった。


(つづく)

 2013.06.27 Thursday 08:45 常見藤代『女ノマド、一人砂漠に生きる』 permalink  
一夫多妻制の感覚(その2)/不倫より一夫多妻
常見藤代『女ノマド、一人砂漠に生きる』を、
なぜか砂漠暮らしではなく
一夫多妻制を中心に読んでいる。



次は、サイーダの兄アブドルザハルの話。

常見さんが2004年の6月に
アブドルザハルの車で
サイーダの所に向かっているときのこと。
(p.138〜)

彼の2番目の妻モナが
「フジヨ、アブドルザハルがフジヨを
奥さんにしたいんだって」
と言ったのだそう。

 ちなみにアブドルザハルは
 1番目の妻とは離婚しているが、
 月に一度生活を届けているそう。

「モナ、怒らないの?」ときくと、
「ハハハ・・・・・・、どうして? 全然!」と
彼女はわざとらしく驚いてみせるのだそう。

間をとばして先を読むと
「日本じゃ、男は何人妻を持てるんだ?」
とアブドルザハル。

「一人だけ」と常見さんが答えると、
彼は怪訝な顔をしたそう。

「イイ女がいたら、どうするんだ?
その女をほっておくのか?」
アブドルザハル御年70才。

常見さんが内心あきれていると、
「こっそり会ったりするんだろう?
それより、ちゃんと結婚した方がいいさ」
とアブドルザハル。

なるほど。

でも、このような一夫多妻制の背後には、
「結婚が奨励されている」
「結婚前の男女の肉体関係が恥とされる」
「結婚外の男女関係が厳しく禁じられている」
というイスラムの事情が深く関わっているもよう。

アブドルザハルの1番目の妻は、
ウンム・スラマという女性で、
アブドルザハルとの子どもが10人いるらしい。
(目次のあとにサイーダの一族の
家系図が示されている)

アブドルザハルは
離婚してからモナと結婚したのではないらしく、
どちらが夫と別れるかで大喧嘩したのだとか。

ウンム・スラマは
自分は夫の従妹で同じホシュマンであること、
彼の子をたくさん産んだことを主張したらしいのだが、
2番めの妻では満足しないモナが
夫にウンム・スラマと離婚するように迫ったらしく、
夫は、若い妻の主張を呑んだらしい。

なんだやっぱり
そういう修羅場があるんじゃないか〜と思うが
(イスラムで修羅場ってアリ!?)
これがまた組み合わせが変わると、
全然雰囲気が違うのだ。

一夫一妻夫婦にもいろいろあるように、
一夫多妻夫婦にもいろいろあるようで・・・


(つづく)
 2013.06.22 Saturday 09:55 常見藤代『女ノマド、一人砂漠に生きる』 permalink  
一夫多妻制の感覚(その1)/共同作業と家事の分担!?
常見藤代『女ノマド、一人砂漠に生きる』を読んでいる。

本の返却日が近づいているのだけれど、
次の予約の方がいるので、
延長はできなさそう。

なので、特に印象が強かったことや
記録しておきたいことを
書いておこうと思う・・・って、
それは砂漠の暮らしではなく、
一夫多妻制だったりする(笑)。



もし自分が、一夫多妻制の国に
生まれ育っていたら、
この制度をナチュラルに
受け止められていたろうか?

いや、そのまえに、
一夫多妻制の国の人々、特に女性は、
この制度をナチュラルに
受け止めているのだろうか?

思えば小6の娘と歴史の話をするときに、
正室だの側室だの、
なんの違和感もなく話している。

そう考えると、国の問題でもないのかもしれない。

『女ノマド、一人砂漠に生きる』の主人公である
サイーダの夫には妻がひとりしかいないが、
この本のなかでは折に触れ、
一夫多妻制の話が出てくる。

たとえば、スベタとの会話。

スベタというのは、
サイーダの妹の元夫サーラハの再婚相手。

という人間関係がすでに複雑な気もするが、
遊牧生活仲間という意味合いもあるのかもしれない。

常見さんはスベタから、
「サーラハは、もう一人奥さんが欲しいってさ。
フジヨ、独身でしょ。彼の奥さんになったら?」
ときかれたことがあったらしい。

冗談じゃないと思いながら、
「イヤじゃないの?」と常見さんが言うと、
「どうして? 他にも奥さんがいた方が、
いっしょに料理したり洗濯したりして、
楽しいじゃない」とスベタ。

サイーダも
「そうそう。一人で何でもやると、疲れるからね」

常見さんが、
「でも日本じゃ、男はマダムを2人持てないの」
と言うと、2人とも驚いていたのだとか。

一夫多妻制の意味はともかく、
上記のような感覚って、
ルームシェアやシェアハウジングの発想に
相通ずるところがあるんじゃなかろうか!?(

生活にまつわるあれこれを、
一緒にすると楽しいし、負担も減る、という発想。

女性にとっても意外と楽しくラクな
究極の共同生活…!?

でも読み進むにつれて、
そういうことでもなさそう・・・
とわかってくる。


(つづく)
 2013.06.20 Thursday 15:33 常見藤代『女ノマド、一人砂漠に生きる』 permalink