風呂水用ポンプの修理失敗のこと

1つ前の記事
食器洗いで考える、「計画」と「集中」と「習慣」の関係

の中で、
風呂水用ポンプの記事をリンクしたけれど、
あらためて考えると、
そもそも私のようなド素人が、風呂水用ポンプといえども、
電化製品を修理しようとしてはいけないのだと思う。

もしかしたら、パッケージ裏側の商品説明に、
修理禁止の「警告」がついていたのかもしれない。

でも、試しに検索してみたら、
風呂水用ポンプの修理のページがあったり、
洗濯機についているポンプの修理の様子を
画像つきで示してあるページがあったりして、
やっている人はやってるのだなぁと思った。
そういうお仕事の人なのかもしれない。

そういうお仕事の人ではなくても、
ある程度の知識と技術があれば、
できることなのだろう。

というか、修理しようとするならば、
ちゃんとした知識と技術を得てからにしよう、
ということを再確認。

他のものならば最初からあきらめたけれど、
ポンプはなんとかなるような気がしたのだ。

そういえばこのあいだは冷蔵庫が壊れて、
修理にきてもらったのだった。



そういえばといえばもうひとつ、
ももせいづみ『正しい電気のトリセツ集』
をまだ読んでいない。
この本、なかなか実物に出会えない。
図書館にもないし、書店でも見かけない。
購入をまったく考えていないわけではないのだが、
Amazonの内容紹介に
「電化製品を愛する人たちへ」と書いてあり、
私は電化製品にお世話になっているとは思っているが、
愛してはいないので、ふみとどまっている。
こういうひとことに、わりと左右されるらしい。

いま書名を入力しながら気づいたのだけれど、
「電化製品のトリセツ」ではなく、
「電気のトリセツ」というのが面白い。



別ブログの
姜 尚中 『悩む力』---「物知り」と「知性」は別物
を思い出している。

 2011.11.01 Tuesday 09:26 電力について考える permalink  
わが家の節電の弱点

それは何かというと、

  「太陽が足りない」

いま住んでいる部屋は、
マンションの1Fで日当たりがわるく、
部屋の中はもちろん、
ベランダにもほとんど日は差さない。

なので、日中も電灯をつけないと暗いし、
洗濯物の乾きもわるい。

つまり、太陽光の明るさと熱が使えない。

これは、節電対策にはけっこうイタイ。

おまけに、私はほとんど家にいる。

すだれなどが必要ないという意味では、
真夏の暑さ対策にはある程度有効かもしれないが、
どうもこの部屋、湿気がこもりやすいみたいで、
同じマンション内で引越したのに、
前の部屋よりカビがひどくて困っている。

部屋の構造か、空気の流れか、壁の素材に
何か問題があるのだろうか?
というわけで、夏は夏で湿度が高くて暑いかもしれない。

さらに、フローリングに直接布団を敷いて寝ていたら、
朝起きると、私の敷布団の裏が濡れているという事態が・・・!!
(4月上旬の話)

なので、3日に1回くらいは布団乾燥機で乾燥するという、
あるまじき事態になっていた。

太陽が恋しい・・・

かといって、いますぐ引っ越すわけにはいかないし、
母子家庭でこのマンションのお部屋を
借りられた幸運は忘れていない()。

だから、現状を受け入れつつ、
対策を考えなければ。

まずは、たとえ直射日光は期待できなくても、
やっぱり外に出したほうが乾きはいいに決まっているので、
ベランダにすべての洗濯物を干せるよう、状況を整えた。

先日までは、それでもやっぱり乾燥機が必要だったが、
気温が上がってきたので、晴れている日なら、
なんとか乾くようになってきている。

布団については、
布団干しにもなるすのこベッドを買った。
朝起きて裏側が濡れているということはなくなったし、
日中も、私の敷布団だけは、押し入れに入れずに、
布団干し状態に組み立てたすのこベッドにかけている。

週に1回は布団乾燥機をかけているけれど、
これはまあ、よしとしよう。

ちなみに衣類乾燥機は、姉から譲り受けた1997年もの。
一度ベルトが切れて、修理に来てもらって、
その後は順調に動いていたが、
先日、ドラムが回転しなくなったことがあった。
が、ゆすったりたたいたりしているうちに復活。
(昭和のテレビか^^;)

今度動かなくなったら、買い替えを考えよう。

ちなみにこれまで乾燥時間を機械にまかせていたけれど、
どういうセンサーが働いているのか、
働いているかどうかもわからないので、
時間で区切って、様子を見つつ、
しばらく使ってみようと思っている。

それにしても、今年の2月に
東京電力の契約A変更を思いとどまっておいてよかった。
もし変更していたら、
「私のばかぁ〜(泣)」と思っていたことだろう。

5月分の電気料金は、
昨年度の同じ時期と比べると2000円ダウン。
4月分は3000円減っている。
しかし、おととしの5月分よりは数百円多い。

はて?

あ、そうか、おととしは
春休みに1週間帰省したからね。

電気料金って、気温のほか、
お天気とかスケジュールとか生活状況に
左右されるんだろうな。

それにしても、
こうやってあらためて電気料金をながめてみると、
月によって全然違うことに驚いてしまう。

 2011.05.17 Tuesday 11:32 電力について考える permalink  
自動販売機のピークカット機能の発想って、応用できないかな・・・?

家庭でできる節電については、注意点も含めて
ももせいづみさんが武蔵野茶房*節電家事
(別ブログとして独立したようです>節電家事
日々書いておられるので、
自分がいますぐできること、
やっちゃいけないことについては
そちらを参考にさせていただくとして、
それ以外のことで最近つらつら考えているのは、
どうやったら「ピーク時の電力」をおさえられるか、
ということなのだった。

電気をつくる設備が、
需要のピークにあわせてつくられているのなら()、
ピーク時の最大消費電力を安定しておさえないことには、
発電施設の縮小化ははかれないのだろうと、
と素人頭で認識している。

まずは、
消費電力を全体的におさえていくことが大事だとしても、
それ以外に、
ピーク時の電力をおさる方法はあるのだろうか?

日本自動販売機工業会のサイトで知った
エコベンダーの取り組みによると、
缶・PET清涼飲料自販機は、7〜9月の平日は、
電力需要の少ない午前中から午後1時に商品を冷やしこみ、
午後1〜4時の3時間は冷却機の運転を停止する
ピークカット機能を有しているのだそう。
照明も消していて、この3時間に使用する電力は、
紙幣や硬貨の識別などに使用する
微量の電力と待機電力のみで、
1台あたり17Wなのだとか。

さらに、ピークカット機能は、
自販機に内蔵されるマイコンでカレンダー制御され、
出荷時設定となっていて、
この機能を市場で解除することはできないのだそう。

まず思う素朴な疑問は、
1〜4時の3時間運転を停止しても、
商品は温まったりしないのだろうか?ということ。
いちばん温まりやすい時間帯だと思うのだけれど。

たぶん、冷蔵庫とは違って、
冷蔵している部分を開け閉めするものではないし、
いったん冷やしてしまえば、
ある程度、低温を維持できる構造になっているのだろうと、
素人ながらに想像している。

考えてみれば世の中には、
24時間電源を入れていないと意味がないもの、
しょっちゅうプラグを抜いたり入れたりすること、
主電源を切ることが難しいものがあると思う。

家の中でいえば、わが家の場合は、
電話・冷蔵庫・金魚の水槽の浄水装置。
家の外にも、もっともっとたくさんあるだろう。

「電気は貯められない」とよく言うけれど、
電気そのものは貯められないとしても、
電気が起こしたエネルギーや働きを
なんらかの形で貯められたら、
ピーク時の電力を落として、
消費電力を平準化できるのではなかろうか・・・

というか、もうとっくにそういう取り組みはされているのかな?

あるいは、ピーク時に限らず、商品全体の消費電力カットは、
かなり進んでいるのかもしれない。

たとえば冷蔵庫については、
もうすでにかなりの省エネ化が進んでるもよう。

暮らしのAll About > 生活・家事 > 節約・やりくり
冷蔵庫消費電力の真実【年式編】

冷蔵庫のみならず、家電一般について、
省エネ努力はでき得る限りのことをしているのかもしれない。

だとすると、やっぱり別の方向から、
ピーク時の電力を考えないといけないのかな・・・

 2011.04.13 Wednesday 11:28 電力について考える permalink  
電力を作る施設の“安全”を、電力が支えていたということ
福島第一原子力発電所の事故と、
それへの対応のニュースを見ながらまず思ったことは、
「電力を作る機械には、電力が必要なのだな・・・」
ということだった。

電源を必要とする冷却機能が失われなければ、
ここまでの事態にはなっていなかったと、
素人なりに理解しているのだけれど、
原子力発電所の安全さえ電力が支えていたということに、
なんだか考えさせられてしまった。

一方で、
「地震直後に原子炉の運転を止める」
ということはできたわけで、
そのときの仕組みにもうなってしまった。

テレビで聞きかじったところによると、
制御棒が下からポン!っと上にあがって
運転を止める仕様になっているらしい。
(原発によってその仕様は違うらしい。)

普段から制御棒を下から上にあげる圧力があり、
その圧力を通常は止めておくことで、
非常時にその止める力が働かなくなり、
結果的に制御棒が挿入されて運転が止まる、
というような説明だったと思う。

いわゆるフェイルセーフ設計の考え方に通じる仕組みで、
(と池上彰が言っていた気がする)
簡単にいえば、困ったことが起こったときに、
安全な方向に動くようなシステム、
この場合は、「停電」という困った事態を
逆に利用して安全な方向に制御する、
ということなのだろうと私は理解した。

ということは、「通常止めておく」ということに、
おそらく電力を使っているのだと思う。
だからある意味これも、
電力を(逆手に)使った安全対策なのではなかろうか。

でも、このような説明があるサイトを
なかなか見つけられないので、
もしかすると私の聞き間違いか、
勘違いかもしれない。 

地震を感知して、それによって制御棒を挿入し、
緊急停止させるという仕組みもあるらしいが、
その場合の地震感知器と伝達機能は、
やはり電力を使っているのではないだろうか。

もしかすると、2重3重に安全装置がついていて、
地震感知そのもので止められたら止めるけれども、
瞬間的に停電になって、
電力を使ういろいろな機能が失われたとしても、
電力がないことで逆に作動する装置を作っておく、
ということなのだろうか。

「停電」ということが非常事態だからこそ、
そういう発想でのフェイルセーフの設計が
可能となるのかもしれない。

いずれにしろ、原子力発電所にかぎらず、
いろいろな「安全」のために、
やはり電力は相当役立っているのかもしれないなぁ・・・
と思うことであった。
 2011.04.09 Saturday 15:05 電力について考える permalink  
自販機の「消灯」ではなく「撤去」の動きは生じるか?

世の中から完全に消えてしまったら不便だろうけれど、
「さすがにこんなにいらないのでは・・・」と思うのが、
飲料の自動販売機。

自動販売機と節電対策については、
ある本で見かけて、気になっていた。

先日、蓮舫・節電啓発担当相が、
石原慎太郎・都知事の「花見自粛」に反論したが、
そのなかで自動販売機の夜間消灯の話もあった。

蓮舫・節電啓発担当相はあのとき、
「夜間は電力が余っている。治安的にも意味がある」
という見解を示した。

「24時間いつでも適温の飲料が手に入るということは、
われわれの日常生活にとって不可欠であり、
その機械の場所をわかりやすく示すことは重要だ」
という見解を示したわけではなかった。

     *     *     *

デパートなどに設置してあるハンドドライヤー
自動販売機の何が違うかというと、
ハンドドライヤーは無料で使えるサービスであるのに対し、
自動販売機は基本的に「稼ぐ機械」であるということ。

もちろん、会社や病院や各種施設などで、
利益目的ではなく、
働く人や患者さんや利用者のために
設置している場合もあるのだろう。

少し調べてみたところ、自販機を設置する場合、
設置する人がまかなうのは電気代だけで、
(平均して月に3000〜5000円くらいとのこと)
売り上げの2割程度のマージンがあるもよう。

「自販機 ビジネス」で検索をかけると、
いろいろと考えさせられる記事に出会う。

自分から縁遠いものであるからか、
私は「ビジネス」という言葉に対して、
ある種のあこがれというか、
尊敬の念に近い感覚をもっている。
「お仕事」とはちょっと違うニュアンス。

でも、上記の検索でひっかかってきた記事を読んでいると、
「ビジネスってそういうことなのかな・・・?」
と素朴な疑問がわいてくる。

たとえば、JR東日本ウォータービジネスの
自販機イノベーション宣言」(acure:2009/9/10)なるもの。

“単一メーカーブランド機”から
“ブランドミックス機”への切り替えを行うことにより、
“供給者起点から顧客起点へ”と
飲料自販機流通を再構築したとのこと。

また、“Suica”に徹底して対応させることにより、
「財布を出す必要がない」「小銭が増えない」こと等から
利便性が向上し、
さらに、「バッグから財布を出す手間が省ける」ことから、
女性の利用を促す副次効果も見られたとのこと。

確かに私も、Suicaで自販機を利用して、
あら、手間がはぶけるわね・・・と思ったことはある。
それで自販機の利用頻度が上がったかどうかは
わからないけれど。

そうしてお客様である私は、
ますますわがままになることができ、
ますますラクをすることができ、横着になる。

そうしてそれに、慣れていく。

また、
東洋経済
“飲料自販機”設置競争の熾烈、転機に立つドル箱事業
(2009/10/29)

などを読んでいても、う〜んと考えこんでしまう。
ものの価格が正当になっていくことは大事だと思うけれど、
結局、ビジネスってそういうことなの・・・?

毎日毎日、ビジネスに関わるものすごく多くの人が、
こういうことを一生懸命考えているのだろうか・・・

そこに「人間の生活の本質」に関わることはあるだろうか。

     *     *     *

電力の問題でいえば、
日本自動販売機工業会によると、
このような取り組みもされているようで、
いろいろと考えられてはいるらしい。

なるほど、業界は省エネ努力を進めているのだし、
実際にどれだけの電力を使っているのかについては、
イメージではなく事実と実際の計算で
考えていかなくてはいくことが大切だと思う。

でも、省エネ対策や、
自販機にプラスアルファの価値をつけるという形ではない、
自販機業界の真のイノベーションってないのかな?

個人的には、まず、増えすぎてしまった自販機が、
“設置者の意志”で、ある程度撤去されていくといいと思う。

そして、自販機業界が、
これまで培ってきたノウハウを活かせる、
次なる展開を迎えられるといいと思う。

飲料業界は飲料業界で、考えてください(笑)。

 2011.04.08 Friday 12:43 電力について考える permalink  
ももせいづみさんの記事の何にハっとし、私はどう捉えたか。

ももせいづみさん「武蔵野茶房」の記事にハっとしたのは、
記事のどういう点についてなのか、
私はそれをどう捉えたのかについて、
もう少し掘り下げてみる。

もう一度引用すると、ももせいづみさんは
●節電家事32 街で一番電気を使っている場所において、

私が今回の電力問題に対して
奥様の節電アイデアなんかを駆使するようなムーブメントじゃだめ!って強く思うのは
このあたりにあります。


と書いておられるが、
武蔵野茶房の「節電家事」シリーズには、
「奥様の節電アイデア」が目白押しで、
いまのところそれがメインになっているように見える。
(別ブログとして独立したようです>節電家事

もちろん、ももせさんも、
家庭でのひとりひとりの努力の大切さを
否定しているわけではないし、
そのための具体的なとっかかりを
あれこれ紹介してくださっているのだと思う。

また、「社会の仕組みを変えていく」ほうについては、
お仕事のほうでアクションを起こそうとされているのだろうと、
勝手に想像している私だった。

でも、「社会の仕組み」についても、
これからもっともっと、
ブログで書いていただけたらなぁ・・・と思っている。

そんな私にとって、いちばん目からウロコだったのは、
乾燥機の話でもアイロンの話でも食器洗い機の話でもなく、
●節電家事25 「ハンカチを持つ」というだけのアクション
という提案だった。

ハンカチを持って出かけて、
外出先でハンドドライヤーを使わないという、
ただそれだけのこと。

考えてみれば私も、
外出時には、ハンカチかタオルをもって出ているのに、
ハンドドライヤーがあるトイレでは、
つい使ってしまうことがあった。
なければないでどうということもないのに、
「つい、使ってしまっていた」のだ。
ということにこれまで気づかなかった。

ハンドドライヤーが登場したときには、
「これなら紙を使わなくてすむ」
という印象を持ったかもしれないが、
そのかわり電気を使っていたのだよ。

そういえば、いまはもう見かけないけれど、
引き出して使うタイプの「布タオル」も昔はあった。

あれ、確かに、いらない。

そして、ももせさんが言っているように、お店側は、
「節電のために不便な思いをさせてしまって申し訳ありません」
という姿勢ではなく、
「電気の無駄使いをしないために、
ハンドドライヤーを撤去しました。
どうぞハンカチをお持ちください」
というスタンスでいいと思う。

また、お客側も、
「なくてもだいじょうぶですよ〜」
と、伝えていけばいいんだ。

こういう“盲点”が、
家庭内にではなく、「家の外」の「身の回り」に、
実はたくさんあるんじゃなかろうか?

そういう、「なくてもこまらない」小さなことを、
みんなでいっぱい見つけあって、
声をかけあっていけば、
「がまんする節電」や、「がんばる節電」ではなく、
「本来、これでよかったんじゃないか」という、
ナチュラルな節電ができるように思う。

家庭内でも、「実はなくても大丈夫だった」という電力に、
今回の計画停電で気づいた方も、
多かったのではなかろうか。

と同時に、やっぱりないと不便、ないと危険、
あると快適、という電力も多いのだと思う。

まずは、「なくてもこまらない」ものをなくす。
それをなくすことで、
「本来、これでよかったんじゃないか」という状態にもどす。
そういう精神こそ、シンプルライフの
基本的な考え方なのではなかろうか?

ももせさんは、次のようなことも書いておられる。

お客様至上主義みたいなことにしてしまった原因のひとつは
私たち消費者にあるということにも、敏感でいないなと思うのです。


地震が起きる前に考えていた「消費社会」に、
つながる話だ。

おそらく、製造業界や、商品を開発する企業は、
このような事態になる前に、
省エネ努力をしてきているのだろうと思う。

一般家庭内での意識も、きっと高まっていると思う。

盲点はもしかすると、「サービス部門」なのではなかろうか。

サービス部門といってもカテゴリーの問題ではなく、
「こうすればお客様は喜ぶだろう」
「こうしないとお客様から苦情がくるだろう」
という仮定のもとの、過剰なサービス。

それをなくしていくことは、
必ずしもネガティブなことではないのではなかろうか。

飲食店の冷房の温度をあと2度あげても、
実はだれも不快ではないかもしれない。

こうすれば目立つ、印象がよくなると思っていた
ネオンサインやライティングが、
実は集客にはほとんど役に立っていなかった、
ということもないとは言えない。

ハンドドライヤーを撤去したことで、
目くじら立てて怒る客が1人いたら、
その1人を客の代表と考えるか?

消費者である、客である私たちは、
クレームではなく、
「なくてもだいじょうぶですよ」
「そんなものいらないよ」
ということをこそ、
伝えなくてはいけないのではなかろうか。

地震が起きる前に気になっていた、
堤清二のマージナルという言葉が、
ここにきて新たな意味をもつように感じている。

生活者と、生産者・サービス提供者との「境い目」に、
社会の仕組みを変えていく可能性があるかもしれない。

そして私たちは、その双方から、
この境い目に関わっている。
その双方から、
小さなアクションを起こしていくことができる。

そう思うと、少し勇気がわいてきた。

そして、これまでシンプルライフについて
「個人の主体性と、時代」というキーワードをもとに
もやもや考えていたことが、
ももせさんの次の言葉に見事に符合すると思った。

連帯なんていう感覚ではなくて
ちゃんと個人個人がそれぞれの意見や価値観で選択できるやり方。

家の中の誰かが創意工夫するだけじゃなくて
きちんと社会の仕組みを考えて、変えていこうとする姿勢。

 2011.04.06 Wednesday 20:00 電力について考える permalink  
ももせいづみさん「武蔵野茶房」の記事にハっとする
消費電力のことを考えたくて、
でも、なんとなく記事にまとめられなくて、
あれこれ検索していたときに、
ふと、
「そういえばももせいづみさんの発言を
チェックしていなかったじゃないか・・・」
ということに気づいた。

そして、武蔵野茶房の「節電家事」シリーズを読み始め、
(追記:別ブログとして独立したようです>節電家事
●節電家事32 街で一番電気を使っている場所
にハっとさせられた。

生活者はそのまま
生産者であり、サービスの提供者なのだという指摘。
私が今回の電力問題に対して
奥様の節電アイデアなんかを駆使するようなムーブメントじゃだめ!って強く思うのは
このあたりにあります。

また、
●節電家事33 昔のことより、明日のこと
において、「体感」というキーワードをもとに、
非常に示唆深い提案をしておられる。

「体感」というのは、「痛み」だ。

そして、「不安感」や「不便さ」だ。

今必要なのは
手に入れてしまった便利さや、快適さの中の
必要なものをちゃんと残すやり方。
連帯なんていう感覚ではなくて
ちゃんと個人個人がそれぞれの意見や価値観で選択できるやり方。

家の中の誰かが創意工夫するだけじゃなくて
きちんと社会の仕組みを考えて、変えていこうとする姿勢。

自分のなかのもやもやに、
(しかもこんな状況の中で)
言葉が与えられた気がして、
心にしみた。

ももせいづみさんは、

とにかく、気がついたら
知らないうちに元に戻って、何もなかったことになっちゃった。。。。。
なんてことだけは、絶対にあって欲しくないのです。

と書いておられるが、私も
いまこの時間も過去になるのか・・・ あえて夏を想う。 (03/17)
を書いたころには、
そういう懸念をもっていた。

でもいまは、その可能性は低いと感じている。
それだけ事態は深刻だと思うし、
みんなしっかりと、「痛み」を感じていると思うから。

 2011.04.04 Monday 23:51 電力について考える permalink  
日本の電力消費の内容を知る
これまで、特に資料などをのぞくこともなく、
消費電力について、
あーでもないこーでもないと考えていたのだけれど、
そもそも電気はどう使われているのか、
なぜ消費電力は増加していったのかを、
調べてみることにした。

で、見つけたのが、電気事業連合会の次のページ。

でんきの情報広場日本の電力消費

このページの上から3番目に、
「家庭部門用途別エネルギー消費量」
のグラフがある。

家庭で使う電気の4割が、
エアコン・クーラーと冷蔵庫によるものとのことだが、
グラフでは、冷房の割合が意外と少ない値になっている。

ところが、上から6番目の
「1年間の電気の使われ方の推移」のグラフでは、
明らかに夏の消費電力が大きい。

これはいったい、どういうことなんだろうか?

電気は貯めておくことができないエネルギーなので、
電気をつくる設備は、
需要のピークに合わせてつくられているそう。

なので、季節や時間帯による電力需要の差は、
発電設備の利用効率を低下させ、
電気を届けるコストを上昇させる一因となっているのだとか。

ということは、消費電力を全体的にさげると同時に、
まずはピーク時の電力をさげることで、
発電設備は縮小化することができる、
ということだろうか。

あるいは、時間帯による格差も、季節による格差も、
全体的な消費電力の増大にともなって
大きくなっているのだから、
全体的な消費電力をおさえれば、
格差もなくなっていくのだろうか?

それにしても、なぜ、家庭による冷房の電力の割合が、
(グラフでは)思っていたより少ないのだろう・・・謎だ。

 2011.04.02 Saturday 12:46 電力について考える permalink