迷った末に、非常用トイレグッズ(凝固剤と汚物袋)を購入

震災にそなえての備品は、
できるだけ日用品に近いものにしたいし、
日用品を利用するという発想をもっていたい。

それは、いざいというとき日用品を代用できることでもあり、
使用しなかったとき(入れ替えるとき)に
日常生活のなかで使えるということでもある。

たとえば、前回書いた大きめ容器のウェットティッシュも、
普段ならば買わないけれど、
そろそろ入れ替えたほうがいいということになれば、
日常生活のなかで使うことはできる。
小分けして携帯用おしぼりにしてもいいわけだし。

がしかし、日常生活では使わないけれど、
用意していたほうがよいものもあると思う。
たとえばレスキューシート。
これについては、欲しいと思っていたら、
買わずに3枚入手できた。

1枚は、避難所運営訓練のときにいただいたもの。
あとの2枚は、実家を整理しているときに、
母の部屋の大きなリュックから出てきたので、
もらって帰ってきた。

それほど高いものではなく、コンパクトなので、
これは、買ってもいいと思っていた。

で、迷っていたのがトイレ。

「自宅では暮らせるが水道が止まっている」
という状況を前提にして考えていたのだが、
できれば、ゴミ袋と新聞紙でがんばりたいところ。

しかしいかんせん、わが家は新聞をとっていないので、
新聞紙というものがない。
チラシや資源ゴミやボロ布はあるが、限りがある。

また、不透明のゴミ袋がないし、匂い対策もとても気になる。
何しろしばらくの間は保管しておくことになるだろうし。

大と小を分けたらどうかしらんと思って、
自作エコトイレのページを読んだりもしたけれど、
これも現実的ではない。

で、どうしようかな〜どうしようかな〜と迷った末、
「起こらなかったときではなく、起こったときを考える」
という発想で、購入に踏み切った。

特におすすめというわけではなく、
こんなのを買ったというメモがわりにリンク↓
水を使わない非常用トイレ セルレット 30回分(汚物袋付き)

これくらいの値段なら買ってもいいかな、
ということで踏み切ったしだい。

商品に説明書きはなかったが、ネットで調べたところ、
凝固剤は5年くらいはもつものらしい。5年かぁ・・・

その間に、またトイレ対策を考えよう。

 2012.09.08 Saturday 11:16 地震関連 permalink  
マンションの断水騒動を経験して思ったこと
ちょうど去年のいまごろだったと思うが、
住んでいるマンションで、水道がとまる騒動があった。

騒動といっても、断水に気づいて外に出てきたのは
私を含めて女性数人だけで、
その時間帯に部屋にいなかった人も多かっただろうし、
マンションで断水があったこと自体、
知らないままの人も多いかもしれない。

はじめは、1Fの端の小部屋から大きな音が聞こえてきて、
なんだろう?と思っていたのだ。

それからしばらくして、水道の水が出なくなった。

どうやら、タンクが空になったことを知らせるブザーだったらしい。

詳しい事情は忘れてしまったが、
確か豪雨か何かの影響でブレーカーが落ち、
ポンプが働かなくなった・・・とか、
そういう原因だったと記憶している。

いったんは復旧したのだが、数日後にまたブザーが鳴り出し、
これはまた止まるなと思って、水をためたこともあった。

案の定、翌朝止まって、管理人さんに連絡した。
確かこの日の朝、私はコンビニに水を買いに行ったと思う。

今度はちゃんとした工事をしてもらって復旧、
その後はだいじょうぶ。

で、この断水騒動を経験して私が思ったことは・・・

震災時とちがって、
水道が止まっているのはうちのマンションだけで、
しかも24時間以内には復旧することが
ほぼ確実だとわかっているにも関わらず、
水が出ないというのは不便で、不安だということ。

あと、水道が止まってみて、日常生活のなかで、
意外とちょこちょこ水を使っているんだなぁ、と自覚した。

なんだかんだで、ちょこちょこ手を洗っている。

なので、この一件のあと、防災用品に、
大きめの円柱容器の除菌ウェットティッシュを加えた私。
携帯サイズではとても間に合わないと思ったので。

それでも100枚。
実際に使うと、たぶんあっという間になくなるだろう。

全体がビニールでコーティングされているので、
このままの状態だったら、
何年かは乾燥せずに保管できるだろうと期待しているのだが、
何年もつかはわからない。
3年後くらいに中を出してみようかな。
(アルコールの効果って、密閉していたら、
時間がたっても消えないのかな?)

以前だったら、このサイズのウェットティッシュを
非常持ち出し袋に入れるという発想はなかったと思うが、
とにかく非常時に水はとても貴重になるだろうし、
衛生面では気をつけておく必要があると思ったので、
加えたしだい。

避難所運営訓練の体験を通して考えたことは、
マンションが倒壊するレベルの地震後のことだったが、
断水騒動で考えたことは、
マンションには住めるがライフラインに影響が出るような、
そういう規模の災害が起きたときのことだった。

震災時の準備って、ほんとに答えがないなぁ、と思う。
みんなに共通の答えってないのだろうな。

考え続けなくちゃいけないのだろう。

そういえば、去年帰省したときに、
初日は給湯器がはたらかなくて、
ヤカンでお湯を何回も沸かしてお風呂に入ったのだが、
いつもより少なめのお湯につかりながら、
幸せをかみしめた。

そして、蛇口をひねるとお湯が出ることの有難さを
あらためて感じたのだった。

震災時のことを考えていると、
日々、自分がいかにまわりの設備に依存しているかを自覚するし、
あたりまえだと思っていることがいかに有難いことかに気づく。

そう、「ありがたい」という文字が、「有難い」に見えてくる。
 2012.09.07 Friday 09:44 地震関連 permalink  
避難所運営訓練を体験して思ったこと

昨年、PTAのとある委員会の
委員長をやるハメになったのだが、それはつまり、
PTAの実行委員会メンバーになることでもあった。

実行委員会メンバーは、PTAが関係するイベントに
動員がかかることがある。

また、動員がかかるところまではいかなくても、
PTAの行事についての情報が近くなり、意識が高くなる。

そんなこんなで、委員長の仕事は大変だったけれど、
実行委員会メンバーとして貴重な経験をさせていただくことが多く、
そのなかでもやれてよかったなぁと思うのが、避難所運営訓練。

もちろん一般保護者にもお知らせがいくのだが、
もし私が実行委員会メンバーでなかったら、
参加していたかどうかわからない。
(なお、この訓練は、先の東日本大震災を受けて、
とても久しぶりに行われるもののようだった。)

実際、実行委員会メンバー以外で
当日集まった人は、2ケタいたかどうか、だったと思う。

なお、学校は大災害のときに避難所になるわけで、
そのための防災倉庫もあるけれども、
それは地域のものであり、学校のものではない。

だから、避難所運営訓練も
本来の主催は地域になるのだろうが、
事実上の主催はPTAだったと思う。
(その学校の保護者は、地域の人でもあるわけだが)

そのあたりのことは今回はおいといて、
実際に自分が避難所運営訓練の体験をして感じたことを、
1年たってしまったけれど、メモしておこうと思う。

まず訓練で何をやったというと、
防災倉庫のなかを見せてもらったり、スライドを見たり、
炊き出し用具やマンホールトイレなどの設置のしかた、
使い方を教わったりした。

炊き出し用の用具については、
大鍋はお湯をわかすためだけに使うとのことで、
それで調理をすることは考えていないようだった。
だから、お湯があれば食べられる食品を
用意しておくとよいのだろう。

ありがたいなぁ、と思ったのは、マンホールトイレ。
娘が通う学校は数年前に整備されたときいていたが、
訓練ではじめて実際の様子を見ることができた。
下水道に直結しているタイプで、
水を流すための井戸も近くにある。

そんなこんなで、
できればこれらのものを使う状況は起きてほしくないが、
訓練を経験できたことはよかったことで、
しかし私がこの経験を通していちばん感じたのは、
自分が避難所を生活の場として利用するということは、
ないだろうということだった。

私が住んでいるマンションは、けして新しくはないが、
建てられた年代や形状から考えるに、
ものすごく倒れやすいという状態にはないと思う。

なので、このマンションで住めなくなる地震が起こったとき、
自宅で暮らせなくなった人が相当数いる状況になるだろう。

その場合、この土地の人口密度を考えると、
避難所で暮らせるのはごく一部の人で、
そこに私と娘は含まれないと思うのだ。

だから、もし、マンションで暮せない状況が起こったときには、
数日間は野外で過ごし、なんとか東京を脱出して、
まだ家のある故郷にもどるのが、
いちばんいい方法のような気がした。
ただ、リアルに考えていくと、
それも無理だな・・・という気がしてくる。
そのレベルの地震が起こったら、
交通機関が回復するのにも時間がかかるだろうし。

ならば、この土地にとどまってふんばるか・・・
と考えてみるが、野外で暮らすといっても、
マンションや住宅の瓦礫で面積が少なくなるうえ、
これだけの人口がいることを思うと、
土があるところにテントを張るのも難しいと思った。
(いずれにしろテントは用意していないのだが・・・)

そんなこんなで、マンション倒壊規模の
地震が起こったときのことを考えると、
正直、途方に暮れる。
なすすべなし、という気分になってくる。

せっかく避難所“運営”訓練をしたのだから、
自分ができることはしたいが、
それができるのは、自分はひとまず自宅で過ごせて、
情報の場として避難所である学校を利用するような、
そんな状況にあるときかもしれないわけで。

しかし、そういう状況になったら、
やはりひとまず東京をはなれ、
2人分の食料・日用品の必要量と排泄物を
東京から減らしたほうが
まだいいかもしれないとも思うのだ。

とにもかくにも思うことは、地震直後に必要なものは、
自分で用意しておくのが鉄則だということ。

姉とも、いざというときのことを話したのだが、
地震後72時間は、まず「自助」に集中すべきかもしれない。
そして、その視点で準備をしておくべきかもしれない。

ということを、「共助」「公助」と関わりの深い、
避難所運営訓練で、逆に学んだのだった。

たぶん、避難所というものを、
訓練前よりは具体的にイメージできたからだろうと思う。

 2012.09.06 Thursday 09:57 地震関連 permalink  
原発収束に馳せる複雑な思い

原発事故を収束に向けるにはどうしたらいいのだろう・・・
と、素人の私が画期的な考えを思いつくはずもないのだが、
ときどき考え込んでは途方に暮れてしまう。

わが家では金魚を飼っていて、
水道水の塩素を抜くために水質調整剤を使っているのだが、
あんなふうに、高濃度汚染水を害のないものに変えるための
なんらかの手立てはないものだろうか・・・・・・

なんて思っていたら、フランス・アレバ社の
「共沈」法なるものを知った。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110419-00000038-maip-soci
そうか、そういう化学物質があるんだ。

最近、こんなことも考えていた。

もし、放射能の処理が簡単にできるようになったら、
もう、原発は問題のないものに変わって、以前よりもさらに、
ガンガン電気が使える(使う)時代になるのだろうか・・・と。

原発事故の収束が、こんなにも大変になっていること、
そのことがこんなにも大きな被害をおよぼしていることは、
悲しい。

その悲しさを、
ものすごく大きな教訓にしなくてはいけないと思う。

でも、すでに起こってしまった事態については、
この状況を収束するための、
なんらかの手立てが見つかってほしいと思っていて、
その手立ては、放射線・放射能対策になると思うし、
言い換えると、原発事故対策になり得るのだと思う。

手立ては見つかってほしいが、それが
「今度事故が起こったらこうすればいい」
「こういう方法があるとわかった」
という方向に進んでほしくないという、
(すでにそうなりようがない状況だとは思うが)
いまの自分の気持ちのもやもやを、
なかなか言葉にできないでいる。

このあたりのもやもやは、
金子由紀子さん
a day in the life>鉄腕DASH見た
の後半部分につながる気持ちだと思う。

 2011.04.20 Wednesday 14:32 地震関連 permalink  
その「1」の意味/放射性物質は国境を知らない
放射線量の測定装置は感度がいいそうで、
世界のどこかで何かが起こると、
日本の測定値に現れる、という話をきいたことがある。
もちろん、その逆のことも言えるのだろう。

放射性物質の広がりについての話をきくと、
「自然に国境はないということを、
 まさかこんな形で再認識するとは・・・」
と思う。
環境問題のときよりも強く感じるかもしれない。

放射性物質は、
もともとは人間が作ったものから生まれたとしても、
人間が決めた境い目のことは何も知らないし、
パスポートも持っていない。
いったん外に出てしまえば、彼らのおもな移動手段は、
風、雨、海流という、自然の動きになる。(ですよね?)

放射性物質の動きのことを考えると、
空は1つ、海は1つ、地球は1つだと思えてくる。

こんなときに思い出すのもやるせないが、
私はオーサグラフのことを思い出した。

オーサグラフというのは鳴川肇さんの発明によるもので、
大陸の面積や形をできるだけゆがませずに
世界地図を描くことができる。
私は1年ちょっと前にこの図法のことを知って、
いたく感動したのだった。
TETRA’S MATH>カテゴリー:オーサグラフ

オーサグラフは正四面体を介しているので、
シームレスにつなげられるというのが大きな特徴であり、
地球規模で動くものの時系列に即したデータを
1つの画像におさめることができる。
私が見に行った展示では、
地球をまわっている国際宇宙ステーションの軌跡を
1本の線でリアルタイムに描いていく展示があった。

web上で見ることができる、
福島原発から出た放射性物質の拡散のシミュレーションは、
日本周辺の地図か、
一般的な世界地図が使われていると思うが、
このシミュレーションをオーサグラフ上でやったら、
時間の幅をもった放射性物質の動きを予測することができ、
その影響の度合いがもっとよくわかるのではなかろうか・・・
と素人頭で考えたりしている。

いま現在の地球は、
あした、あさって、しあさって、
1週間後、1ヵ月後、1年後、10年後、30年後、・・・
の地球とつながっている。

たとえ日々刻々と状況は変わり、
あしたの地球ときょうの地球は違うものだとしても、
(という言い方もへんな話だが)
起こったことをなかったことにはできず、
長い時間かけてしか消えることができないものは
その時間をかけてしか消すことはできない。
作ってしまった原発はすぐにはなくせないし、
使用済み燃料棒もすぐに消滅させることはできない。

ある日突然「別の地球」にすることはできない。

そういう意味で、やっぱり地球は、1つなのかもしれない。

ということを、
大変皮肉なことに、
放射性物質を通して、
感じている。
 2011.04.15 Friday 16:52 地震関連 permalink  
その「1」の意味/地震による死者数から思うこと

私たちの生活には、
いろいろな数値が関わっている。

というのはたぶんあべこべで、
人間が生きていくうえで、
あるいは社会生活を営むにあたり、
いろいろな量に数値をあたえていったのだと思う。

だから、大抵の数値には、指標か単位がある。

このたびの地震についても、
たくさんの数値が測定され、報道されている。

マグニチュード、震度、
津波の高さ(m)や原子力発電所からの距離(km)、
放射線の量(シーベルト)や、
放射性物質の量(ベクレル)。

先日は、福島第一原発の事故が
国際原子力事故評価尺度(INES)の評価において、
最悪のレベル7とされたニュースが流れた。

こんなに虚しい「7」を、自分の人生の中で、
かつて経験したことがあったろうか・・・

そのようにして、
地震に関わるさまざまな数値が飛びかう中で、
「人(にん)」という助数詞のついたものがある。

人の数。

死亡者数、行方不明者数、負傷者数、避難者数。

数値化されることが切なくてしかたのない数値。

地震直後、
テレビからきこえてくる死亡者数や負傷者数は、
1けた、2けただった。

その数字が、時間を追うごとにどんどんあがっていく。

阪神・淡路大震災のときも確かそうだった。
時間がたち、日を追うごとに、
被害の全容が見えてきて、全体的な状況が見えてきて、
いろいろな数値が上がっていった。

さらに今回は、地震が起きてほどなくすると、
「・・・地区で約200人の遺体を確認」
というニュースも流れた。
わが耳を疑がった。
約200人という概数・・・ 確認・・・

地獄だと思った。

そして、本当に大変なことが起きたのだということを
認識した。

それからも「人(にん)」の数字は上がっていき、
ケタが変わっていく。

これまでできるだけ意識しないようにしていたのだが、
このたびウィキペディアで調べてみたら、
2011年4月10日警察庁発表の数値が、
死者 12,985人
行方不明者 14,809人
とのこと。
しかも、大幅増加の可能性ありというコメントがついている。

すさまじい数値。

その大きさにあらためて驚く。

と同時に、あることを思う。

被害の大きさを知るため、調査・記録のため、
今後の対応のために、
「人(にん)」を数値で表さなければならないこと、
その意味はわかっている。
そしてその数値の大きさに意味があることもわかっている。

でも、万単位の数値を構成している「1」は、
すべてかけがえのない「1」だ。
重さや大きさが比べられないことはもちろん、
「等しい」ということさえ言うことができない、
完全にオリジナルの独立した「1」だ。
もしかすると、本来であれば、
足すことさえできないかもしれない「1」。

その「1」が、
ただひとつの人生が、
万単位の数値に集約されていく・・・・・・

死者数の総計を見ると、
どうしてもそういう思いにかられて、胸がつまる。

しかし、地震が起こる前に、地震とは関係ないことで
---交通事故や、不慮の事故や、病気や、老衰で---
多くの「1」が人生を終えていっているのだ。
そうしていまも、終えている。これからも。

それらを含め、すべての「1」が、
比べることのできない「1」であるということと、
1つの地震が起こした被害としての「人(にん)」の数値、
その総計の意味をどうすりあわせたらいいのか、
ときどき途方に暮れてしまう。

 2011.04.14 Thursday 12:21 地震関連 permalink  
これから先、ものの値段はどうなっていくか、それをどう捉えるか。
帰省中に読んだ週刊文春で、
池上彰が次のようなことを語っていた。

「大変皮肉なことに、これを機会に、
日本がさんざん苦しめられてきたデフレを
脱出する可能性もある」と。 

いろいろな生産設備が壊れ、
供給能力が激減した一方で、
これから莫大な復興工事が始まり、
需要が広がるので、
デフレからインフレに向かう、
ということらしい。

もちろん、原発の状況が落ち着いたら・・・
の話だと思う。

でも、そういう意味でのデフレとなると、
すべての物の値段が一斉に値上がりしていく
ということではなく、
業種によってその価格変化と時期に
違いが出てくるようにも思うけれど、
そのあたりはどうなんだろうか。

田中角栄の列島改造計画の話も
ちょっと出てきていたけれど、
単純に1970年代にもどるということでも
ないような気がする。

     *     *     *

デフレ・インフレというのは、
すごくざっくり言えば、
デフレ=物の値段が下がっていく状況
インフレ=物の値段が上がっていく状況
ということなのだろうと認識している。

供給能力が需要よりも大きいと物が売れなくなり、
物の値段を下げて売ろうとするようになるので、
安売り合戦や価格破壊が起こり、
物の値段が下がっていく。
というデフレの状況が、
日本ではバブル崩壊のあと続いているのだと思う。
(そんなに単純な話でもないのかもしれないが)

消費者にとっては歓迎すべきことのように思えるが、
物の値段が下がるということは、
その物に関わる会社なりお店なりの利益が下がり、
その物に関わる人の給料・収入が下がるということなので、
ますます消費がおさえられ、悪循環に陥る。
それがいわゆる
デフレスパイラルと言われるものだと理解している。

デフレ・インフレについての
専門的な知識はもちあわせていないので、
日常生活を営む生活者の視点で、
物の値段について考えてみることにする。

     *     *     *

数ヶ月前(?)くらいに放映されていたCMで、
買い物中の女性が、
自分が買ったのよりも1円安い卵のパックを目にして、
スーパーの床に崩れ落ちるというものがあった。
どこのCMだったのだろうかと調べてみたら、
チラシポータルサイトShufoo!CM
「後悔の涙」編だとわかった。

極端なCMだなぁと思ったものだけど、
実はそんなに極端でもないのかもしれない。
泣き崩れるところまでいかないとしても、
1円でも安く買うために、熱心にチラシを比較する人が、
けっこういるのかもしれない。
逆にいえば、あのときの卵の差額が2円や5円や10円だと、
CMにならないのだろう。

同じものをできるだけ安く買うために、
1円でも安く買うために、
できうるかぎりの努力をする。

1円でも安く買うことは「得である」から、
1円でも安く買わないことは「損である=失敗」という感覚が、
「後悔の涙」に象徴されているように思う。

     *     *     *

今年の1月に、岡田斗司夫が毎日新聞で
「消費はもはや労働である」という話を書いていたらしい。

商品についての情報に敏感になり、比較検討し、
慎重にお金を使おうとする姿勢という意味では、
Shufoo!のCMに通じるものがあるかもしれない。

そこまで無理して値を下げても、もはや私たちにとって「欲しいモノ」は存在しない。正当な報酬ももらえずに働いて、ようやっと手にしたカネで買いたい商品なんて、どこにも無い。

というフレーズをきくと、
1980年代末の西武百貨店のコピー
「ほしいものが、ほしいわ。」を思い出す。

でも、あのときは、「ほしいものが、ほしい」だった。
いまは、「ほしくないものは、いらない」なのではなかろうか。
もう、モノは、基本的に、いっぱいいっぱいなのだ。
だったのだ。

そして、「ほしくないものは、いらない」という姿勢は、
けしてネガティブなことではないと思う。
考えてみれば、ごくあたりまえのことだと思う。

たとえば、自動販売機の飲料の売り上げが落ちることは、
見方によっては、
社会全体としてはわるいことではないのかもしれない。
関連会社にとっては憂うべき事態であっても。

そういう消費の落ち込みは、
確かに経済にとっては困った事態なのかもしれないが、
だからといって、
売れなくなったものの需要を無理に増加させる
という発想での売り方こそ、
「もう、いらない」のではなかろうか。

それよりも、
社会がどうなってほしいかの積極的な視点をもって、
消費者の主体性に目を向けた商品開発なり、
サービス開発なり、販売戦略なりを、
考えていってはどうだろうか。>ビジネスに関わる方々

一方、消費者のほうはどうすればいいんだろう。
消費=労働という考え方はひとまずおいといて、
消費活動に気力・体力・知力・時間を使うことは、
わるいことではないと思う。
肝心なのは、その使い方なのだろうと思う。

「ありえない安値」「不自然な価格」に敏感になって、
その背景に思いを馳せ、
「妥当な値段」を高いと思わないようにしたい。

そのために、それが妥当な値段なのかどうかを、
ある程度、見極めようとする姿勢をもちたい。
自分にとって、その額を払うに足るべき物かどうか。

「1円でも得をする」ために時間と労力を費やすのではなく、
「自分が本当に必要とするものを、妥当な値段で買う」ために、
時間と労力を費やしたい。

そして、売る側が「お客様のために・・・」ではなく、
「われわれはこういう提案をする」という売り方をしてくれたら、
買う側は、それに対してYES・NOの意思表示としての、
選択&消費行動ができる。

桔梗信玄餅の「詰め放題」について考え込むにおいて、
“絵に描いた信玄餅”のことを書いたが、
あれから大きく状況が変わった。
池上彰の言葉を借りれば、大変皮肉なことに、
地震は人災としての原発事故をも引き起こし、
私たちに電力問題を気づかせた。
もしかすると、環境問題よりも強烈な形で。

ものを売るほうも買うほうも、広い視野にたって、
トータルに考えていくことが大事なんだと思う。

そして、トータルに考えようとすることは、
“個”を消すことではなく、
まず、「わたし」をしっかりもつことなのだと思う。

買うほうは、自分にとって本当に必要なものを考えて、
それを妥当な値段を払って買うことで、
不要なものに囲まれたガサガサした生活から解放される。

売るほうは、ちゃんと作って、ちゃんと売ることで、
ちゃんと経営が成り立ち、
安定してその物を供給し続けることができる。

そんなふうに、買うほうと売るほうの主体的な相互作用、
良循環が起こるといいなぁ・・・と、思う。



この発想は、あいかわらず、
絵に描いた餅でしょうか。
 2011.04.11 Monday 11:49 地震関連 permalink  
この状況でのテレビCMから感じる違和感/震災とナショナリズム
地震発生からしばらくの間、
テレビ広告はほとんどACジャパンのものになった。
何度も何度も同じ広告を目にし、
「♪エーシー」というフレーズを何度も耳にした。

このことについて、
ACジャパンがお詫びの文面を載せている。

ACジャパン
「東北地方太平洋沖地震」にあたって
ACジャパンのCM放送についてのお詫びとお知らせ

でも私は、
あらかじめ作られていたACの広告そのものには、
特に不快感は感じなかった。
「またか・・・仕方ないな」と思うことはあっても。

むしろ、それから少したって、
震災をふまえて作られた「新作」が
放映されるようになってからのほうが、
なんともいえない違和感、不安を感じるようになった。

何に対してかというと、
「日本」「ニッポン」という言葉が連呼されることに対して。

もちろん、いまの状況は、
日本が「国」として対応していかないと
もうどうしようもない事態であることは
重々わかっている。

でも、

 「日本の力を信じてる」
 「ニッポン! ニッポン!」
 「日本は強い国」

という言葉を毎日のようにきかされていると、
なんだか怖くなってくる。

そして、「そういうことなのかな・・・?」
と首を傾げたくなる。

私たちがいま信じるべきなのは、
“日本”の強さなのだろうか。

私たちはこれから、
“日本人”としてがんばらなくちゃいけないのだろうか。

同じようなことを感じている方がいないかな・・・
と思って関連記事を検索してさがしているところなのだが、
自分の想いにどんぴしゃりのページは
まだ見つけられていない。

でも、まとまった文章を書かれている方はおられる。

藤井啓之ハイパー研究室本館
東日本大震災の教訓(その4) 災害からナショナリズムへ(1)

qune
震災に当たって変なナショナリズムがくすぶっている気がする

いろいろな方の意見を読みながら、
自分のいまの違和感・不安感を、
もう少し言葉にできたらいいと思う。
 2011.04.07 Thursday 13:15 地震関連 permalink  
私は原子力発電所に反対してこなかったという事実

十数年前のことだったと思う。

原子力発電所の是非について考える機会があった。

私は、NOと言い切れなかった。
YESではなかった。
でも、NOと言いよどんだ。

     *     *     *

2009年6月9日に、
私は他のブログでこんな記事を書いている。

TETRA’S MATH「反体制」じゃなくなったエコ

だから、いまのエコには思想がない。「私、反原発運動やっているの」という言葉をきいたときにひるむ感じがエコにはない。いや、実際に「私、エコにかかわる運動をやっているの」ときくと多少ひるむかもしれないが、ひるみの意味が違う。


ついこのあいだまで、
私にとって、反原発運動は「思想」だったのだと、
あらためて自覚した。

     *     *     *

そもそも、放射線の何が怖いのかで、
柳澤桂子さんの『いのちと放射能』という本のことを書いた。

あの時点でAmazonでの在庫が中古1冊だった。

その1冊を注文するのが気がひけて、
だれかもっと、その本を必要としている人がいるような気がして、
とりあえずその時点で注文するのはやめ、かわりに図書館で、
柳澤桂子さんが書いた、別の放射能関連の本を読もうとしたが、
貸し出し中だった。

きょうの時点でAmazonの在庫がまだあったら
購入しようと思っていたけれど、もうなかった。
どなたかが読んでおられることだろう。

ねこ・ねこ・え・ねこ・ときどき・ほんさんが、
柳澤桂子「いのちと放射能」 について書いておられる。
そのなかの次の引用部分が、胸に響いた。

原子力問題でいちばんの悪者はいったい誰なのでしょう。

(中略)

そのように考えてきて、私はふと、私がいちばん悪かったのではないかと気がつき、りつ然としました。
私は放射線が人体にどのような影響をおよぼすかを良く知っていました。
放射能廃棄物の捨て場が問題になっていることも知っていました。
けれども、原子力発電のおそろしさについては私はあまりにも無知でした。

     *     *     *


ようやくインフルエンザから復活しつつあり、
物事を考えられるようになってきた。
具合がわるいと、何も考えられない。
夢を見るばかりで。


     *     *     *


金子由紀子さんのブログa day in the life内の
無線化/廃炉の署名のなかのURLを頼りに、
メール署名をした。

 2011.04.01 Friday 21:17 地震関連 permalink  
祈りと念と、蝉の声

きのうの夜、ちょとへヴィな思考をした。

娘と2人、見た目はいつもと変わらぬ夜を過ごす。

私が住んでいる地域では、きょうも停電はまぬがれている。

夜、布団に入ると、涙が出そうになった。
出たかもしれない。

あたたかい布団に入って涙を出せること、
それはもはや、幸福なこと。

蝉の声を思った。
なんでもない、あの夏の日々。
これまであたりまえのように、季節がめぐった。
あの夏は果たしてもどってくるだろうか。

ある人は、我欲を流せと言った。

我娘の幸せについて考えることも、
我欲のうちだろうか。
わが子の幸せとは、なんだろうか。

     *     *     *

なんとか、原子力発電所の状況が、
いい方向に向かってほしい。
祈ることしかできない。
念じることしかできない。

栞がわりに、どこかのサイトをリンクしたいが、
もはやどのサイトも安易にリンクできない。

公的な報道、公的機関からの連絡は信用できるか?
テレビは? 新聞は? サイトは?
では、個人間で行き交う情報は?
分析・判断、考察の筋道の前に、情報ソースはどこにある?

     *     *     *

自分で考えることが大事だと思ってきた。
時間をかけて考えることが好きだった。
だから、長い時間かけて考えてこなかったことには、
どういうふうに情報を収集し、
どういうふうに判断したらいいのか、わからない。
短い時間で判断しなければいけないことに、
付け焼刃の思考は歯が立たない。
あとは生き物としての勘しかないのか。

何かを考えるときは、
何もないところから考えるわけではない。
というところまでは考えていた。
ただ、それだけのこと。

     *     *     *

このたびの震災に関して、
多くの数値が飛び交っている。
マグニチュードと震度に始まり、
数字で表されることが切なくて仕方ない、
死者数、負傷者数、行方不明者数。

そして、放射線量。
20km、30kmという区切り。

     *     *     *

福島原発からの距離を調べ、比較する。
その行為も、我欲以外のなにものでもないだろう。

少しでも消費電力をおさえるために、
いますぐパソコンのコンセントを抜くべきときかもしれないのに、
書くことで、精神の安定を保とうとしている。
書くことで、だれかとつながろうとしている。

その行為も、我欲以外のなにものでもない。

 2011.03.18 Friday 09:50 地震関連 permalink