母が入院して、老人ホームってありがたいな…とあらためて思った。
おとといの夜、
お世話になっている老人ホームの
スタッフの方から電話があった。

母の咳がおさまらず、
内科の先生に診ていただいたところ、
血中の酸素濃度が低いということで、
大きめの病院に入院することになったそう。

診断は、肺炎と心不全。

ただ、意識はあり、様子をきくかぎり
そんなに重篤な状態ではなさそう。

翌日の朝、病院に電話を入れる。
まだ担当医や治療方針が
決まっていない段階だったので、
あとで連絡をくださるとのこと。

で、昼過ぎに医師から電話が入る。

熱はさがってきたそうが、
まだ酸素濃度は低いらしい。
不安要素はあるけれど、
命に別状はないだろうとのこと。
(大丈夫だと“思います”
 としかいえない状況だということの
 説明はあった。)

よくても2〜3週間の入院になる。
元気になって施設にもどれる可能性は
十分にある、とのお話。

となると気になるのは、入院中のあれこれ、
たとえば洗濯物などはどうしたらいいか、
どこまで施設でやってもらえるのか、
ということ。

で、結論から言うと、
洗濯物は契約している業者が
病院まで行ってくれるそうで、
日用品は施設の方が届けてくれるし、
特に家族がしなければならないということは
書類の提出以外はなさそうだった。

姉と電話で相談したのちに
どうしたものか…と思いながら
施設に問い合わせたのだけれど、
先方はわりと日常的な雰囲気で、
ちょっと安心した。

考えてみれば、こういうことは
珍しくないのかもしれない。

姉に報告をしながら、
「あの施設に入れてもらえて、よかったね」
という話をした。

母がお世話になっているこの老人ホームは、
大事なことはもちろんちゃんとやってくださるけど
基本的にほんわかムードで、
あまりきちっ、きちっとはしていない。

なお、ここに入る前に、別の施設に体験入居して、
入居を断られたことがあるのだけれど
もしあそこに無理にお願いして入っていたら
こういう状況のときに、
退所しなくてはならなくなったかもしれない…と、
契約も何もしていないので勝手な推測なのだが、
あのときの雰囲気から、そんな話にもなった。

ちなみに、昨年の秋に、母の友人から、
「施設を変わったらどうか」
というアドバイスがあった。

たびたび母を訪ねてくれる友人なのだが、
いろいろ思うところがあるらしい。
(一応、その内容もきいている)

「いまは、いいところがたくさんできているから」と。

それを見つける作業、検討する作業、
申し込みする作業、手続きする作業、
母に希望をきく作業、説明する作業、
こんなにお世話になった施設に事情を説明する作業、
引越し作業、環境がかわるリスクを負うこと、
それを一体、だれがやるんでしょう…

まあ、娘になかなか会えないと言っていたらしいので
(去年も2度帰省しているんだけど)
私が現状を知らないと思ったのかもしれない。

なお、母に何かあったときには、スタッフの方から
いつも細やかに連絡をいただくのだけれど、
2週間ほど前にはインフルエンザにかかり、
去年は気管支炎で、数日間、入院したこともあった。

こういうときの通院や入院や看病を一切まかせられること、
細やかに連絡をいただけて、
こちらは電話で確認すればいいだけの状況を、
とてもありがたいと思うのだけれど、
もしかしてもしかすると、人によっては
「あそこの健康管理はどうなってるんだ」
というふうに思うのかもしれない。

あるいは、「こういうときに病院がやっている
施設のほうが、安心だ」と。

でも、かつてのアレコレを思うと、
ここに入れたことは本当にありがたいと感じるし、
現にこうやっていろいろケアをしてくださっている。

それに、もう81歳。
リスクも低くない身体の状態。
何もないわけはないと思う。

もちろんお金を払っているわけであり、
それも仕事の一環ではあるだろうが、
それでもやっぱり、ありがたい。

ちなみに、家族の入院という事態は
わりと経験しているほうだと思うわが家。

手術をともなうものや、容態がわるいもの
長期に渡るものの場合、
家族の生活そのものが変わっていく。
泊り込みもよくやった。
あるいは、「長期帰省」という事態になる。

なのに今は、遠く離れたところで、
あした届くであろう書類に記入して郵送し、
他の家族に連絡をしたり、
スタッフや病院と折にふれ連絡をすればいいという
そういう状況でいられる。

やはりこの状況を、
ありがたいと思わずにはいられない。

で、さっそくきょう、同じ市内にすむ叔母が
お見舞いに行ってくれたもよう。

酸素吸入の管を鼻から入れていて、
ときどき咳をしていたらしいが、
顔色もよく、食欲もあり、夜も眠れるし、
元気そうだったとのこと。

2週間で退院かな。
 2014.01.30 Thursday 18:03 老いについて考える permalink  
急な事情で実家を取り壊すことになった

2年前のちょうど今頃、
実家に泥棒が入りかけたことをきっかけにして、
いったんは家を引き払う方向で動いたのだけれど、
9割ほどの荷物を処分した段階で、
ストップになっていた。

引き払うにあたっての懸念事項がいくつかあったし、
帰省したときに寝泊まりする場所としても便利だったし。

今年の夏に帰省したときには、

「やるべきときが来ればわかるだろう」

なんて思ったのだが、

その「やるべきとき」はすぐに来た。

8月に帰省したときは
まったくその気配がなかったのに、
9月下旬に、叔母が、
実家でシロアリ隊を見つけたのだ。
母の部屋の、窓際近くのマットの下に。

ここは増築した部分で真上にベランダがあり、
そのせいなのか、以前から雨漏りがひどかった。

初夏の大雨のときに、
雨漏りでカーテンがぐっしょりぬれて、
もともと重量のあるカーテンが水分でさらに重くなり、
カーテンレールが木枠ごと
半分くらい崩壊してしまったりしていたのだ。

そろそろ何とかしなきゃな〜と思いつつも、
まあ、寝泊まりするのに不都合はないか、と思って、
そのままにしていたのだけれど、
シロアリは見逃さなかったか。

なお、叔母がたびたびたずねてくれて、
風通しはしてくれたのだが、
やはり人が住んでいない家というのは
すぐにいたんでしまうものなのかもしれない。
シロアリは湿気を好むという話もきいたことがある。

どうしたものか、姉と相談し、
まずは、昔からお世話になっている
(そして、この家も建ててもらった)
工務店の方に相談してみた。

さっそく、工務店の方が、
専門業者さんを連れてきてくださって、
叔母の立ち会いのもとに見てもらったところ、
庭のもみじか何かの木から発生したらしく、
それが何かを伝って母の部屋の窓際にやってきて、
下の穴から中に入り込んだらしい。

応急手当として薬を撒いてもらったが、
シロアリとなると、ご近所への影響もある。

それで、姉とも相談し、
今度こそ実家を取り壊すことにしたしだい。

もちろん、母にも連絡。

9割ほどの荷物は処分していたけれど、
まだ1割残っているし、
母の部屋の夥しい量の書類も
まだほんの一部しかチェックしていないので、
これは一度帰省しなくてはいけないだろう、
ということになり、姉と打ち合わせて、
10月下旬に2泊3日で帰省してきた。

娘が、就学児健診で早く下校する日があり、
それがちょうど金曜日だったので、
金曜日の夜に帰省して、
日曜日の夜にもどってくるという
強行スケジュールだった。
(ちなみに故郷まで飛行機で約1時間45分)

だいじょうぶかなぁ、そんなことできるのかなぁ、
とちょっと不安だったけれども、
だれも体調をくずすことなく、
予定のことはすべて終わらせられて、
第一段階は無事終了。
いまは次の段階にすすんでいる。

それにしても、2年前に9割の荷物を処分しておいて
(って、私はあのときには何もやっていないのだが・・・)
本当によかった。

結果的に、泥棒とシロアリに背中をおされる形になった。

また、そういうものに背中をおされない限り、
動けなかったかもしれない。

 2012.11.13 Tuesday 08:43 老いについて考える permalink  
施設から電話

母がお世話になっている施設から
また電話があった。

「このあいだ帰省されたときに、
おこづかいを渡されましたか?」という問い合わせ。

以前、あることで思うところがあったので、
1万円渡しておいたのだが、
「こちらでお預かりしておきますね」とのこと。

「何かありましたか?」ときくと、
「紛失したときに責任がありますので・・・」
というお返事だった。

何があったのか、なぜこのタイミングなのかは
わからない。何かあったんだろうな。

あーあ・・・

私がナーバスになりすぎかと思って
報告しなかったんだけど、
やっぱり施設としては、
現金は持っていてほしくないですよね。

お札じゃなくて、
お守りと思っててもらえばいいんだけど。

なんかよくわかんないけど、
ちょっと落ち込む。

 2012.08.31 Friday 18:03 老いについて考える permalink  
母の部屋を片づけながら
4泊5日で帰省してきた。

うち1日は「実家の片づけ」にあてていた。

実家は木造2F建ての一軒家、部屋が7つある。
そのうちの6部屋とキッチンはもうほとんど片づいているのだが、
1箇所だけ、まだ2割程度しか
片づけが終わっていない部屋があった。

母の部屋。

有料老人ホームに入ってしばらくの間は、
衣類やものを取りに来ていたらしいのだが、
もうほとんどこのうちにもどることはなくなったらしい。
実際、ホームの中で生活は成り立っているだろう。

なので、そろそろ母の部屋を片づけても不都合はあるまい。
というか、それ以前に、ちょっとやそっと片づけても
全然変化がわからない状態だから、
片づけてもまったく不都合のない部屋ではあった。

去年も、他の部屋が終わったあと、ちょっと作業をしたのだが、
そのときには本の整理をやっただけで時間切れとなった。

母の部屋を片づける際の課題は2つ。紙類と布類。
布類のほうは今回は手をつけず、紙類に集中。

これがまあ大変。

確認することなく、どんどん燃えるゴミの袋に
入れていけばいいだけの話なんだろうが、
そういうことができないタチの私、
一応ざっと確認して、資源ゴミにしてみたり、
細かくちぎって燃えるゴミにしてみたり。

手動のシュレッダーも見つかったので使ってみたが、
時間がかかってしかたない。
そんなに細かくするほどの個人情報でもないし。
なので、ひたすら手でちぎっていった。

まず、大量に見つかったのが、体調記録のようなもの。
病院で報告するためなのか、
自分の健康管理のためかはわからないが、
自分の体にまつわるいろいろな数値や体の変化を、
たくさんの項目に分けて、表にまとめていた。
それを、大量にプリントアウトしているのだ。

お金の管理に関わるプリントも同様の状況。

そのほか、親戚についてのあれこれをまとめた紙など。

何枚も何枚も同じものが出てきて、
途中で「いいかげんにして!」と本人不在のまま
心の中で叫んだ私。
あと、私の悪口が出てきてイラッとしてみたり。

なお、翌日、母に会って思ったのだが、
当人は生きていても、あれらのモノを溜め込んだ母は、
もうどこにもいないのだと、しみじみ感じた。
父のものを見て亡くなった父のことを思うよりも、
さらに強く「不在」を感じた。むなしい。

とにかく、実家に一歩足をふみいれたら、
「なぜ?」「どうして?」「なんのために?」
という問いは無意味となる。
禁句です。

それでも、問いたい私だった。

「いったい何がしたかったの?」と。
「どうして同じものが、こんなにたくさんあるの?」と。

ちなみに、折り紙が趣味だった母、色紙をまとめたら、
深さ15cmくらいの引出し5つ分くらいになった。

一生分ならぬ、三生分はある。
さすがにこれは捨てられず、そのまま保管することに。
今後わが家は一切、色紙買うべからずな状況。

で、せめてここから学べることを学ぼうと思った。

まず。

自宅にコピー機はないほうがいい。(参考にならんなー)
実家には、コピー機がある。それほど高性能ではないだろうが、
プリンタにコピー機能がついているという類のものでもなく、
ちょっとした事務所にありそうな、いわゆるコピー機。
これでなんでもかんでもコピーをとるクセのあった母。
しかも、何枚も。

それから、収納用品もできるだけ少ないほうがいい。

今回、すでに片づいている部屋のうちの1つを
ゴミの一時置き場にして、
不要になった収納用品のスペースを作っておいたのだが、
まあ、たまることたまること、
ファイルケースやらファイルボックスの類が。
収納用品だけで相当場所をとってるんですけどー

収納用品があると収納したくなるのが人間。
収納用品を買う前に、
その中身は本当に収納する必要があるかどうかを、
じっくり考えたほうがいいとしみじみ思った。

さらに思ったことは、何かを保存するときには、
「なんのためにとっておくか」ということを、
意識しながら保存するべきだということ。

領収証の類も山と出てきて、
全部は処分できなかったので箱にまとめておいたのだが、
確定申告に使うなら使う、自分の会計管理に使うなら使う、
用が終わったら捨てる、使わないなら捨てる、というふうに、
あまり年数がたたないうちに対応していかないと、
大変なことになる。

何かを「一応とっておく」ならば、年数で区切らないと。

まあ、でも、いちばん有効なのは
「広い家に住まない」ことなのかもしれないな。

と、ポイントをまとめたところで、自分ちをながめてみる。
上記の項目で、コピー、収納用品、広い家に関しては
すでにクリアしているので、
自分にいかせるのは「なんのために保存しておくか」を
意識すること。

で、ちょっとずつ作業を進めているところ。
「いったいどうしたいの?」
「なんのためにとっておいたの?」と自分に問いながら。

思うに。

使っていないのに捨てられないものって、
「不安」と「欲」の象徴なんだな。
 2012.08.17 Friday 10:53 老いについて考える permalink  
証書を紛失した母の保険関係の手続き終了
というわけで、私単独では印鑑証明書がとれなかったので、
月曜日に母を連れて市役所に行き、
その足で保険会社に行くことになった。
とある保険関係の手続きをするために。

4ヶ月ぶりに会う母は、比較的元気だった。
体力は衰えていて、あまり長くは歩けなかったが、
ゆっくり階段の上り下りもできたし、
おしゃべりも達者だし、
2年前の夏から比べるとかなり「復活」した感じがする。

どうやら母は折り返したらしい。
と、姉と話しているきょうこのごろ。
けっこうリアルに「私のほうが先かも・・・」と思う、
私と姉であった。

結論からいうと、本人がいさえすれば、本当に話は早い。
どちらも手続きに15分とかからなかったと思う。

すべての手続きが終わったあと、
おばあちゃんの墓参りに行こうと母が言い出す。
保険会社から歩いていける距離に、
母の母のお骨が納められている納骨堂があるのだ。

実は、買い物に行きたいと言い出すのではないかと
内心ひやひやしていた私。
それもあってめんどくさかった。

でも、行きたい先がお墓参りであることに安堵した。
そういえば市役所に向かうタクシーの中で、
「ときどきふと、おばあちゃん(おかあさん)に会いたくなる」
なんてことを口にしていたっけ。

生きている間に仲良くしておけばよかったのに、と思う私。
そう思った直後、私も同じ道をたどるのだろうか・・・
なんて思ってみたり。

お墓参りといっても、
おばあちゃんがいる納骨堂の5Fに上がる手段は
階段しかない。
母には大変そうなので、本人は下で座っていて、
私と娘が代表で行くことにした。
母にとってはこれでもじゅうぶんお参りになるだろう。

母は、父(母にとっての夫)のお墓参りもしたかったらしい。
日をあらためて。
でも、父のお墓は電車で小1時間かかるところにあり、
タクシーで行くにしたって長丁場だから、
とてもじゃないけど(私は母を連れて行くのは)無理。
なので、断った。
なお、今回は私たちも父のお墓参りには行かなかった。

「朝な夕なにお祈りしたら? 
 私も○○ちゃん(娘)もそうしてるよ」と言うと、
「仏壇があるの?」と母。
「ないよ。空に向かって祈るんだよ。
 だって、風になっているんでしょ?」
と言うと、苦笑いしていた。

  ちなみに、私と娘の場合、
  お祈りというよりは毎日「お願い」なのだが・・・
  そして、「お墓」まで行くことに意味はあると思うけれど、
  母にはそんなことは言わない。

で、無事に施設に到着。
部屋で少し過ごしたあと、私たちは実家にもどる。

あまり欲を出さないのがミソだと思ったので、
今回はこの保険の手続きに専念したのだが、
懸念事項がまた1つクリアになってうれしい。

とにもかくにも、買い物に行きたがらなかったことと
数年前のような毒気がすっかりなくなっていたことが、
私にとっては大変にありがたかった。
ストレスなく作業をすすめられるので。

こちらにもどってきてから、
このブログのカテゴリー:老いについて考える
読みなおしてみたのだが、
思えばいろいろあったよなぁ・・・

母にとっては、
私とさんざんやりあったあの日々は、
完全に「ない」ものになっているのだろう。

でも、私はなかったことにはしない。

「老い」のせいにもしない。
 2011.08.13 Saturday 12:19 老いについて考える permalink  
帰省後、空港から市役所に直行した理由
先日、5泊6日で帰省してきた。
今回の最大の目的は、
母のとある保険の解約の手続きをすること。
正確には解約ではなく、
父の保険が母に降りた分のすえ置金の全額引出。

ということを把握するまでにそれなりに時間がかかった。
保険金のすえ置金というシステムを知らなかったし、
銀行のカードが付随する意味もわからなかった。

電話で会社に「娘です」と問い合わせをしても
教えてもらえる情報は限られているし、
手元にあるのは3枚のハガキとなぞのカードだけ。
つまり、この保険だけ証書が見つかっていないのだ。

姉の記憶をたよりにあれこれ考えて、
もう一度問い合わせをして、
ようやく意味がわかったしだい。

すえ置金でも証書は存在するらしいのだが、
そんなに立派なものではなく、ぺらっとした紙らしいので、
母のあの膨大な紙類の中にまぎれているか、
なくしてしまったのだろう。

母が亡くなったあとに証書なしで手続きをするのは
とても大変だということは想像に難くないので、
母が元気なうちに対応しておくことにしたのだ。

というところまでを決めたのが、今年の春の話。
なので、私のスケジュール帳の7月のマンスリーには、
最初に、「○○生命のこと」と書かれてある。

で、手続きには印鑑証明書と実印が必要とのことで、
それを私が用意して、
保険会社の人に老人ホームに来てもらって、
母に書類を書いてもらう段取りにしていた。
母には手紙であらかじめ簡単に事情を伝えたうえで。

しかし、母の住民基本台帳カードと実印は
私が管理しているものの、暗証番号がわからない。
ここはイチかバチかの勝負だ、
でもたぶんなんとかなるだろうという楽観的な気持ちで、
金曜日の夕方、帰省したその足で、
荷物を抱えて空港から市役所に向かったしだい。
もちろん娘もいっしょに。
空港に迎えにきてくれた叔母もいっしょに。

なお、市役所の自動交付機で印鑑証明書がとれるのは
平日の6時までだということは調べてあった。

ところが。

メドをたてておいたいくつかの暗証番号が、全部アウト。
しかも、何度も続けて間違えるものだから、
ロックがかかってしまって、
「お取り扱いできないカード」になってしまった。

ああ・・・(哀)

だめもとで施設に電話をして母にカードの番号をきいてみるが、
やっぱりわからない。

窓口に相談したところ、委任状という手もあるらしいが、
時間も手間もかかり、
今回の帰省中に保険の手続きができない。

ああ・・・(涙)

めんどくさいけれど、月曜日に母を市役所に連れて行くのが
いちばん話がはやそう。

このあいだ施設にきいてみたところ、
外出に支障はなさそうとのことだったが、
「喜ばれると思います」の言葉に、
めんどくささがいっそう増す。

でも、保険の手続きのためにはしかたがないので、
保険会社の担当者に電話を入れ、事情を話して、
月曜日に市役所から会社に向かう段取りに変更し、
施設に外出許可をとる。

というわけで、帰省するなり不機嫌になってしまった私。
別に市役所がわるいわけではないし、
ほいほい印鑑証明書がとれるのもの困った話なのだが。

なお、成年後見人のことも少し考えていたのだが、
これはこれでめんどくさそうなので、
今回は見送ることにしたのだった。
成年後見人の手続きをしておけば、
こういうときラクなんだろうか? どうなんだろうか?

(つづく)
 2011.08.12 Friday 11:41 老いについて考える permalink  
余計なストックがあると、おそらくそういうことになる
実家から届いたアクリル毛糸をわが家で全部使ったら、
たぶん5年くらいもつと思う。
でも、そのほとんどは未使用と思われるので、
学校のイベントの提供品として出せそう。
今度の回収日はいつかな?

ハンドタオルは、台ふきんとして使うつもり。
こちらも半年分はあるだろう。

一方、ラップフィルムもストックが3本。
これは使いきるのにどれくらいかかるかわからない。
ストックを3本もつということはまずないわが家だが、
実家に比べればストックはないも等しい。
実家にはもちろんラップフィルムもものすごくたくさんあった。
林立していた。筏でも作るんですか?という量。

そんなふうに余計なストックがふえると、
だんだんと、どんどん使う自分になりそうな気がする。
ふだんであればタッパーのふたですみそうな場面で、
まだまだたくさんあるから…とラップフィルムを使い、
アクリルたわしの回転もはやくなっていく、
そんな可能性がないともいえない。
いや、高い。

余計なストックがある負の意味は、
置き場所がもったいないということのほかに、
物を雑に扱う習慣がついてしまうことにあるような気がする。
どちらかというと、そちらのほうが考えものかもしれない。

アクリルたわし1種類だけだったらまだいいけれど、
あれもこれも余計なストックがあると、
あれもこれも使い方が大雑把になり、
生活全般ががさがさしていくような気がする。
そうして気持ちががさがさしていくような気がする。

もしかすると母は、年をとる前からすでに、
(強迫神経症とは別の意味で)
ある種の“病気”だったのかもしれない。

そんでもって、母のモノとのつきあい方と、
母の世界とのつきあい方は、
無関係ではないような気がする。


そこから何かを学べるか?
 2010.11.29 Monday 11:05 老いについて考える permalink  
捨てることの心理的負担
実家の整理については、
叔母にも大変大変お世話になっている。

先日、電話をしたとき、
これこれこういうものをとっておいた、
という報告があったので、
捨ててもよかったんだよ〜と言うと、
「わかってたんだけど、もう捨てるのも億劫になって…」
という主旨のことを方言で言っていた。

わかる。

ごめんね、おばちゃん…

私もそろそろ捨て疲れてきたところ。

物を捨てる作業は、心理的負担をともなう。
特に、まだ使えるものを捨てることは。
ましてや、使っていないものを捨てることは。

捨てるということは、
捨てる痛みを引き受けるということ。

母は、買うだけ買って増やすだけ増やして、
無駄な物を大量に買った自分を知らないまま、
年をとった。

母は、捨てなかった。

捨てずに買い続けた。

使わずに買い続けた。

しかし、捨てていないので、
自分が無駄遣いをしたとは思っていないだろう。
もとより、自分で稼いだお金で買ったのだ、何がわるい、
と思っているのかもしれない。

でも、捨てるという作業には
最低限の判断と仕訳作業が必要で、
お金ではどうにもならない部分があるのだ。
もしどうにかなるとしても、
どうにかするのは自分ではない。

母は、捨てる負担(体力的・時間的・心理的負担)を
人に負わせることになることに気づかないまま、
年をとった。

叔母のみならず、例のお世話になった方にも、
もうしゃれにならないくらいお世話になっている。
(たとえば、ピアノ引取りの算段もつけてくださった)

一応、お仕事として依頼はしているのだけれど、
はるかにその域を超えてしまっている。

どうやってお詫びとお礼をしたらいいのか、
私も姉も思いつかない。

もちろん、一軒の家を引き払うということは、
大変な作業になってあたりまえだと思う。
ピアノだって私が使っていたもので、
私が処分するべきものなのかもしれない。

でも、次から次へと出てくる
「大量の同じ種類のもの」を見ると、
「なんでこんなことになったんだろう…?」
と疑問符がとびまくるとともに、ため息が出る。

ちなみに、実家から届いたサルベージ品は、
本とノートと手紙とアクリル毛糸だけではない。
なぜか4台あった(1台は壊れかけ)
簡易掃除機のうちの1台とか
(これはわが家で役に立ちそう)、
サランラップ3本とか、
新品のかわいらしいハンドタオル7枚とか、
そういうものも含まれていた。

ちなみに、作業中の姉に、
アクリル毛糸があったら入れておいてね」
と私から電話があったとき、
姉は「渡りに船」と思ったそうだ。
 2010.11.28 Sunday 07:50 老いについて考える permalink  
たとえばアクリルたわし&毛糸だけで・・・
姉が実家から送ってくれた宅配便が届く。
ダンボール3箱分。

実家を整理するにあたり、
捨てずにとっておいてほしいものをきかれたので、
本を頼んだのだ。

アクリル毛糸もあったら入れておいてね〜と頼んだら
すでにできているたわしも含めて、
本の隙間を埋めるように詰めてくれた。

で、届いたのが…



姉のところにも送ったらしいので、
これで全部ではないらしい。

すべてにおいてこの調子であるらしく、
食器にしろ、なべにしろ、
ラップフィルムにしろ、排水溝のぬめりとりにしろ、
実家には同じ種類のものが
たくさんたくさんあるのだ。
 2010.11.23 Tuesday 07:41 老いについて考える permalink  
3人がかりで母の物の整理
帰省中の姉が、叔母と2人で母宅の整理をしている。
ちなみにこの2人はとても働きもので、
整理整頓も掃除も得意。
その2人が途方に暮れつつ、
作業をすすめているもよう。

その家にはかつて私も住んでいて、
母宅というよりは実家であり、
母の物ではない物もたくさんあるわけだから、
なんでもかんでも母のせいにされちゃ
母もかなわないかもしれないが、
だとしてもあの家の整理をすることは、
母の人生を見ることだと思う。

私は私で、こちらで、
母が言うところの重要書類の整理をしながら、
母の人生を見ている。

ちなみに私はこの作業を通して
「人のふりみてわがふりなおせ」と感じている。

姉は姉で、実家で作業をしながら
「私、おかあさんの子じゃない」と感じているらしい。
 2010.11.21 Sunday 11:29 老いについて考える permalink