Webサイト関係のIDなどを書き出してみてその数に驚いた
今年の夏に、ふと思いついて、
エンディングノートを買った

すぐに書けそうなことをまず書いて、
その後もちょこちょこ書き込んでいる。
迷っていた「葬儀」の欄も少し書き込んだ。

で、Webサイト関係は欄が足りないので、
PCで入力して貼り付ける方向で準備しているのだが、
これがまあ多くて自分でびっくりしている。

いかにネットに頼って生きているのかを
しみじみ思い知った。

.通信関係、クレジットカード関係など
  基本生活にかかわるものが6件
.パソコンやソフト関係が6件
.オンライン購入関係が10件
.ブログやネットサービス関係が11件

多っ!

確認できているのがこれだけなので、
調べるともっとあるのかもしれない。
というか、要確認項目がすでに7件。

これまで折に触れ解約をしてきたつもりだが、
まだこんなにあったのかと自分で驚いた。

なお、退会についても記録しており、
久しぶりに見返してみて、
ほんとにネットどっぷりの人生を送ってきたのだと
さらに思ったしだい。

ちなみに、携帯電話やパソコンについては
別にページが設けてあるので、
基本情報はまとめて記録してそこに貼っている。

それはそうとして、
こういうのって、本人が急に死亡したら、
どうなるんだろう・・・?

母の晩年はあれこれ大変だったのだが、
そのうちのひとつに郵便物への対応があった↓

生活の等身大化は、高齢になる前に

しかし、郵便物なら見えやすいからまだいい。
これがメールやPCの中の出来事だったら、
まわりの人が把握するのはとても大変だと思う。

なかには放っておいても
自然に消滅するものもあるのかもしれないが、
なんか気持ちわるいし、迷惑をかけるかもしれない。

そもそも、他の人には
重要度さえわからないかもしれない。

これは元気なうちに、
そしてまだ記憶があるうちに、
どうにかしておいたほうがいいと
しみじみ思ったしだい。

とはいえ、書き出しただけですでにヘトヘト。

とりあえず現状をある程度把握しただけでも
意味があったというとにして、
少しずつ対応していこうと思うきょうこのごろなのだった。
 2017.10.05 Thursday 21:58 老いについて考える permalink  
母が入院して、老人ホームってありがたいな…とあらためて思った。
おとといの夜、
お世話になっている老人ホームの
スタッフの方から電話があった。

母の咳がおさまらず、
内科の先生に診ていただいたところ、
血中の酸素濃度が低いということで、
大きめの病院に入院することになったそう。

診断は、肺炎と心不全。

ただ、意識はあり、様子をきくかぎり
そんなに重篤な状態ではなさそう。

翌日の朝、病院に電話を入れる。
まだ担当医や治療方針が
決まっていない段階だったので、
あとで連絡をくださるとのこと。

で、昼過ぎに医師から電話が入る。

熱はさがってきたそうが、
まだ酸素濃度は低いらしい。
不安要素はあるけれど、
命に別状はないだろうとのこと。
(大丈夫だと“思います”
 としかいえない状況だということの
 説明はあった。)

よくても2〜3週間の入院になる。
元気になって施設にもどれる可能性は
十分にある、とのお話。

となると気になるのは、入院中のあれこれ、
たとえば洗濯物などはどうしたらいいか、
どこまで施設でやってもらえるのか、
ということ。

で、結論から言うと、
洗濯物は契約している業者が
病院まで行ってくれるそうで、
日用品は施設の方が届けてくれるし、
特に家族がしなければならないということは
書類の提出以外はなさそうだった。

姉と電話で相談したのちに
どうしたものか…と思いながら
施設に問い合わせたのだけれど、
先方はわりと日常的な雰囲気で、
ちょっと安心した。

考えてみれば、こういうことは
珍しくないのかもしれない。

姉に報告をしながら、
「あの施設に入れてもらえて、よかったね」
という話をした。

母がお世話になっているこの老人ホームは、
大事なことはもちろんちゃんとやってくださるけど
基本的にほんわかムードで、
あまりきちっ、きちっとはしていない。

なお、ここに入る前に、別の施設に体験入居して、
入居を断られたことがあるのだけれど
もしあそこに無理にお願いして入っていたら
こういう状況のときに、
退所しなくてはならなくなったかもしれない…と、
契約も何もしていないので勝手な推測なのだが、
あのときの雰囲気から、そんな話にもなった。

ちなみに、昨年の秋に、母の友人から、
「施設を変わったらどうか」
というアドバイスがあった。

たびたび母を訪ねてくれる友人なのだが、
いろいろ思うところがあるらしい。
(一応、その内容もきいている)

「いまは、いいところがたくさんできているから」と。

それを見つける作業、検討する作業、
申し込みする作業、手続きする作業、
母に希望をきく作業、説明する作業、
こんなにお世話になった施設に事情を説明する作業、
引越し作業、環境がかわるリスクを負うこと、
それを一体、だれがやるんでしょう…

まあ、娘になかなか会えないと言っていたらしいので
(去年も2度帰省しているんだけど)
私が現状を知らないと思ったのかもしれない。

なお、母に何かあったときには、スタッフの方から
いつも細やかに連絡をいただくのだけれど、
2週間ほど前にはインフルエンザにかかり、
去年は気管支炎で、数日間、入院したこともあった。

こういうときの通院や入院や看病を一切まかせられること、
細やかに連絡をいただけて、
こちらは電話で確認すればいいだけの状況を、
とてもありがたいと思うのだけれど、
もしかしてもしかすると、人によっては
「あそこの健康管理はどうなってるんだ」
というふうに思うのかもしれない。

あるいは、「こういうときに病院がやっている
施設のほうが、安心だ」と。

でも、かつてのアレコレを思うと、
ここに入れたことは本当にありがたいと感じるし、
現にこうやっていろいろケアをしてくださっている。

それに、もう81歳。
リスクも低くない身体の状態。
何もないわけはないと思う。

もちろんお金を払っているわけであり、
それも仕事の一環ではあるだろうが、
それでもやっぱり、ありがたい。

ちなみに、家族の入院という事態は
わりと経験しているほうだと思うわが家。

手術をともなうものや、容態がわるいもの
長期に渡るものの場合、
家族の生活そのものが変わっていく。
泊り込みもよくやった。
あるいは、「長期帰省」という事態になる。

なのに今は、遠く離れたところで、
あした届くであろう書類に記入して郵送し、
他の家族に連絡をしたり、
スタッフや病院と折にふれ連絡をすればいいという
そういう状況でいられる。

やはりこの状況を、
ありがたいと思わずにはいられない。

で、さっそくきょう、同じ市内にすむ叔母が
お見舞いに行ってくれたもよう。

酸素吸入の管を鼻から入れていて、
ときどき咳をしていたらしいが、
顔色もよく、食欲もあり、夜も眠れるし、
元気そうだったとのこと。

2週間で退院かな。
 2014.01.30 Thursday 18:03 老いについて考える permalink  
実家からひきあげてきた大量の切手の意外な解決方法
実家とりこわしの際にひきあげてきた
35,000円分の切手は、
その後、ちまちまと使っていたのだが、
どうにもこうにも数が減らず、
特に金額が小さいものはやっぱり使い道がなくて、
ずっとファイルに入れっぱなしだった。

それがひょんなことですっかりかたづいて
ほんのちょっとうれしいきょうこのごろ。

姉が以前、お茶か何かを購入していた
ティーライフという会社が
10月末まで商品券セールというのをやっていて、
切手を使えるというのだ。

どういう仕組みかはさっぱりわからないけれど、
このチャンスを逃すのもなんなので、
姉といっしょに相談して、
これからも使えそうな80円切手や50円切手は残し、
そのほかの中途半端な額の切手を総送りして、
(ついでに自分で購入したけど未使用になっていた
ハガキも送ることにして)
クッキーやらお茶やらだしやらを購入したしだい。

とるスペースとしてはこちらのほうが大きいが、
こちらは確実に消費できる(使える)ものなので。

こういうこともあるんだなぁと思った。

なお、商品券の金額が注文金額を超えたときには、
余剰金額を東日本大震災の義援金として
寄付することもできるらしい。

ちなみに、アクリルたわしとアクリル毛糸は、
あともうひといき。
1年以内には使い終わるかな。
…って、それでも1年!?
 2013.10.28 Monday 11:00 老いについて考える permalink  
実家から見つかった古いお金と記念硬貨への対応

実家の最後の片付けにおいて、
いくつかのものを救いあげることになったのだが、
切手外国のコインのほかにもうひとつ
地味な作業をしなくてはならないものがあった。

それは何かというと、古いお金たち。
もしかしたら、おばあちゃんの
コレクションだったのかもしれない。

マッチ箱に入れられた一銭硬貨や十銭硬貨のほか、
穴なし50円玉を含む昭和の硬貨、
皇室関係などの記念硬貨など、合計236枚。

そのほか、紙幣も5枚。
5銭、10銭、100円、500円。

どうしたものかと思い検索してみたりもしたのだが、
古銭商にひきとってもらえるほど
価値があるものには思えないし、状態もよくない。

もとより換金したいという希望もないのだ。

要は、そのまま捨てられなくて、
困ってしまっているのだ。

何しろ硬貨とはいえ、お金を捨てた経験がない。
たとえもう流通していないものだとしても。

確かお金って、加工すると違法だったよな・・・
廃棄はどうなんだろう?なんてことも心配だった。

 まあ、札束をダンボール箱に入れて
 山林に放置するわけじゃないのですが・・・

これはもう、迷惑覚悟で
銀行にもっていって相談してこようと思い、
ようやく行ってきたしだい。

最初に対応してくれた若い女性は
それなりに好意的だったが、
実際に対応してくれることになった
ベテラン風の女性に、最初、笑顔はなかった。

  ・・・やっぱ迷惑でしたか・・・

この時点ですでに、
流通していない「銭」のものは
両替不可ということがわかった。

そのままお返しすることになります、とのこと。

「中身が見えないようにして
捨てちゃえいばいいんですかね・・・」ときくと、
「そういうことはこちらからお伝えできません。
お客様の判断で・・・」との返答。

  ・・・はぁ・・・

そうですよね、
銀行はお金を預かるプロだけど、
お金を捨てるプロではないですものね。

少しお時間かかると思いますので・・・
と番号札を渡され、
ソファーにすわって待つことになる。
もとより、そのつもり。

こちらとしても、
この仕事をお願いするのは気がひけたので、
一応、銀行に行く日付、曜日と時間帯には
それなりに気を遣った。
(検索して判断したのだけれど、
銀行の混雑予報を参考にすればよかったな)

給料日になりそうな日付を避け、
月曜日を避け、月末を避け、昼休みを避ける。

で、火曜日の1時半すぎに行った。
午前中だともっとよかったのかもしれない。
2〜3時はまた混むらしいので。

でもまだ2時前だし、わるくはなかったかな・・・
と思っていたら、
結果的に閉店間際に銀行を出ることになってしまった。
確認作業に40分近くかかったのだ。

つまり、それだけ手を煩わせたということ。
担当者のほかにもう1人、
数えている人がいるようだった。

 すまんことです・・・

確認作業が終わって私の名を呼ぶ担当者の方は、
同じ人だったが、まるで別人のようだった。

まずは、時間がかかったことを
申し訳ないと思ったのだろうし、
確認作業をするなかで、
私は私なりに最大限の準備をして
銀行を訪れたことを
感じてもらえたのかもしれない。

硬貨は種類ごとに小さなビニール袋に小分けし、
マジックで記入し、
さらに3種類の大きなビニール袋に入れ、
紙幣はクリアケースに並べ、
すべてのお金の種類と枚数を書き出した
一覧表を持参した。

「こんなことで(手を煩わせて)すみません・・・」というと、
「とんでもございません」というお返事。

やはり○銭のものは返却となったが、
その他のものはすべて両替OKで
(穴なし50円玉も100円札、500円札も記念硬貨も)
計25,833円が新しいお金で返ってきた。

額が大きいのは、
皇室関係の記念硬貨で
10000円のものがあったのと、
議会開設百年の記念硬貨で
5000円のものがあったから。

待ってる間は、
「切手も外国コインも古いお金も、
 さっさと捨てちゃえばよかったのかしらん・・・」
とふてくされそうになったが、
担当者の笑顔も救ってくれて
懸念の作業がひとつ終わって、
それなりにほっとして、
銀行をあとにした。

また、こんなことも思った。

だれのお金だったかはわからないけれど、
おばあちゃんの密かな、ささやかな、
楽しみだったのかもしれないなぁ、と。

「円」のほうの硬貨は、
それが入っていた封筒から察するに、
昭和21年から50年までの硬貨を、
1枚ずつ集めようとしていたものと思われる。
(集まったものには○印がついていた)

また、皇室関係の記念硬貨も、
おばあちゃんにとっては
意味があるものだったのかもしれない。

これもまた、
回想の時間だったのかもしれない。

 2012.12.04 Tuesday 16:42 老いについて考える permalink  
35,000円分の切手をどうするか
うちの母は、切手を集める趣味があった。
「それくらいしか(趣味が)ないから・・・」と
いつか口にしていたような記憶がある。

したがって、実家の荷物整理の際、
切手ファイルが出てきた。

がしかし、びっちり管理されているわけでもなく、
素人目から見ても、
コレクションとしてどうにかなりそうなものでもない。

とりあえずそのまま自宅に送りもどし、
こちらにもどってきてから
姉と2人で整理してみたところ、
5円切手から80円切手まで、
総計34,995円+α分あることが判明。
もちろん、41円、62円もある。

で、額の小さな切手をどうするかについては、
過去にも困ったことがあり、
ある程度のことは調べていたのだけれど、
これがなかなか難しいのだ。

まず、交換するにはお金がかかる。
http://www.post.japanpost.jp/fee/
simulator/kokunai/charge.html


また、寄付するという道もありそうだが、
価値のあるものが含まれているようにも思えず、
もしかしたらこちらの手間を
先方に押しつけるだけになるかもしれない。

で、結局、使うのがいちばんだろうということになり、
種類別にクリアケースに入れて、
少しずつ使っていくことにした。

たとえば叔母宛に「ゆうパック」を送るときなどに
切手1000円分を使うことができるので、
地道に使っていけばいつかは消費できるだろう。

ただ、額の小さい切手
(5円切手460円分、7円切手1120円分、
10円切手920円分、20円切手1760円分)
については、やはりある程度、
形をかえたいなぁ・・・と思っているところ。

 で、さっそく、「そうだ、年賀ハガキと交換しよう!」
 と思って郵便局に行ったら、
 くじ付のものには交換できないんだって・・・(涙)
 来年は、母宛の年賀状の差出人の方々に
 事情説明のハガキを出そうと思っているので、
 そのときに使おうかな・・・

これ以外に、
切手が貼ってあるミニ冊子とカードもあり、
郵便局できいてみたところ、
観光地で買ったと思われるミニ冊子の切手は、
はがせばまた使えるとのこと。

ところが、糊がしっかりしていて簡単にははがせない。
もうそのまま捨てちゃおうかとも思ったのだが、
せっかくなので、水につけてからはがした。

それから、2000年1月1日の
メモリアルカードなるものも2枚あり、
これはそれぞれに1000切手が貼ってあり、
白い部分にわずかにかかる形で
スタンプが押されている。
こちらは使用不可とのこと。

どうしてこういうものに1000円かけるのかなぁ。
1000年に一度のことだから
気持ちもわからないでもないが、
これをどうするつもりだったんだろう?

さて、この切手を使い終わるのに、
何年かかるでしょうか。
 2012.11.17 Saturday 12:35 老いについて考える permalink  
「昭和のしあわせな家族」の図
そんなこんなでシロアリに背をおされ、
実家の最後の片付けをしてきたわけだが、
ひととおりの作業のメドがついた2日目の夜、
アルバムから写真を抜き取るという作業をした。

2年前の荷物の処分のときに、
たくさんあったアルバムを、
姉が一角にまとめて保管しておいてくれたのだ。
これを、中身も見ずに、
そのまままとめて捨てる気にはとてもなれない・・・と。

何冊あっただろうか。

ざっと50冊はあったかと思う。

もっとあったかな?

そのなかから、これはとっておきたい、
と思う写真を手分けして抜き取っていった。

何しろすごい数だし、時間は限られているので、
ざーっと見ながら、抜き出していっただけなのだが、
慌しさのなかにも、何か豊かなものがあると
感じられる作業であり、
家の取り壊しという事態にふさわしい、
濃密な時間を過ごせたように思う。

そこには、ある意味で典型的な、
「昭和のしあわせな家族」の姿があった。

昭和30年代以前のモノクロの写真は、
何がどう写っていても絵になる。

また、いちばん古い写真にも、
もう戦争の影はなく、
時代は高度経済成長期へと向かっている。

若い夫婦に子どもが生まれ、
家を買い、祖母を迎え入れ、
娘たちがすくすく育っていく様子が見てとれる。

海に行き、山に行き、旅行に行き、
幼稚園や学校の行事があり、
イベントがあり、日々の暮らしがあり。

やがて車を買い、新しい家を建て・・・

このたび取り壊すことになったその家の
真新しい姿もあった。

もちろん、幸せなことだけではなかった。
第一子である兄が生後5日で亡くなっている。
また、写真に写りこんでいない事柄も
たくさんあったはず。

しかし、だんだんと成長していく2人の娘の
はじけるような笑顔、ときにむくれ顔、
あるいはすました顔が、
家族や親戚、知人たち、
そして犬や猫たちに囲まれている情景を見ていると
「幸せ」という言葉を思わずにはいられない。

姉がふと、こんなことを口にした。
「大事に育てられてきたんだねぇ・・・」

また、こういうところが姉の偉いところなのだが、
母に関わる写真を厳選して小さいアルバムを作り、
母に持っていったりもした。
(私たちが帰省中、母は体調をくずしていて、
家を見にもどることができなかった。
その後、叔母が連れて行ってくれた。)
私にはないからなぁ、こういう発想・・・

抜き出した写真は、
そのほかの保管品とともに自宅に宅配便で送り、
こちらにもどってきたあとに姉と2人で整理。

自分だけの写真はそれぞれ引き取り、
残りはスケッチブックにセロテープで
貼っていくことにしたのだが、
結果、わが家の歴史を綴る
2冊の簡易アルバムが完成した。

スケッチブックにセロテープなので、
つくりはチープな簡易だけれど、
何しろ50数年分から選ばれた写真たちなので、
中身は重厚。

このアルバムを
あのとき以上の濃密さでふりかえることは
もうないのかもしれないけれど、
とりあえず、まとまった形にできてよかったと思う。

ちなみに姉は、自宅にもどってきたとき、
ちょっとしんみりしたらしい。
また、近所で、家が取り壊されて
更地になる様子を見たりするときに。

一方私はといえば、娘がいることもあり、
次の日は学校だったし、
帰ってきた日曜日の夜に
不審者情報メールが入ってきたりしたので、
慌しく日常モードにもどった。

また、その後も、
姉や叔母ほど、しんみりしない。

なぜだろう・・・?

ひとつには、娘がいるので、
さびしさがあまりなく、
これから先のことに気持ちが向かっている、
という面があるだろう。

こちらの生活のみならず、実家についても、
やらなくちゃいけないことがあれこれあるわけで。

また、逆に、
人生における大きな「気になりごと」のひとつに
いよいよ具体的に取りかかれる、
という安堵感もあるかもしれない。

それから、
あの家で晩年に集中して経験した苦い思い出が、
感傷を鈍らせているという面もないとはいえない。

さらにもうひとつ。
意外と(意外と?)こういう部分の情緒が
発達していない自分なのかもしれず。

実家を取り壊したあとどうするか、
ということについても話し合ったのだが、
基本路線として、
「姉妹とも故郷にもどることはないだろう」
という前提で、動いていくことになった。
 2012.11.15 Thursday 09:24 老いについて考える permalink  
急な事情で実家を取り壊すことになった

2年前のちょうど今頃、
実家に泥棒が入りかけたことをきっかけにして、
いったんは家を引き払う方向で動いたのだけれど、
9割ほどの荷物を処分した段階で、
ストップになっていた。

引き払うにあたっての懸念事項がいくつかあったし、
帰省したときに寝泊まりする場所としても便利だったし。

今年の夏に帰省したときには、

「やるべきときが来ればわかるだろう」

なんて思ったのだが、

その「やるべきとき」はすぐに来た。

8月に帰省したときは
まったくその気配がなかったのに、
9月下旬に、叔母が、
実家でシロアリ隊を見つけたのだ。
母の部屋の、窓際近くのマットの下に。

ここは増築した部分で真上にベランダがあり、
そのせいなのか、以前から雨漏りがひどかった。

初夏の大雨のときに、
雨漏りでカーテンがぐっしょりぬれて、
もともと重量のあるカーテンが水分でさらに重くなり、
カーテンレールが木枠ごと
半分くらい崩壊してしまったりしていたのだ。

そろそろ何とかしなきゃな〜と思いつつも、
まあ、寝泊まりするのに不都合はないか、と思って、
そのままにしていたのだけれど、
シロアリは見逃さなかったか。

なお、叔母がたびたびたずねてくれて、
風通しはしてくれたのだが、
やはり人が住んでいない家というのは
すぐにいたんでしまうものなのかもしれない。
シロアリは湿気を好むという話もきいたことがある。

どうしたものか、姉と相談し、
まずは、昔からお世話になっている
(そして、この家も建ててもらった)
工務店の方に相談してみた。

さっそく、工務店の方が、
専門業者さんを連れてきてくださって、
叔母の立ち会いのもとに見てもらったところ、
庭のもみじか何かの木から発生したらしく、
それが何かを伝って母の部屋の窓際にやってきて、
下の穴から中に入り込んだらしい。

応急手当として薬を撒いてもらったが、
シロアリとなると、ご近所への影響もある。

それで、姉とも相談し、
今度こそ実家を取り壊すことにしたしだい。

もちろん、母にも連絡。

9割ほどの荷物は処分していたけれど、
まだ1割残っているし、
母の部屋の夥しい量の書類も
まだほんの一部しかチェックしていないので、
これは一度帰省しなくてはいけないだろう、
ということになり、姉と打ち合わせて、
10月下旬に2泊3日で帰省してきた。

娘が、就学児健診で早く下校する日があり、
それがちょうど金曜日だったので、
金曜日の夜に帰省して、
日曜日の夜にもどってくるという
強行スケジュールだった。
(ちなみに故郷まで飛行機で約1時間45分)

だいじょうぶかなぁ、そんなことできるのかなぁ、
とちょっと不安だったけれども、
だれも体調をくずすことなく、
予定のことはすべて終わらせられて、
第一段階は無事終了。
いまは次の段階にすすんでいる。

それにしても、2年前に9割の荷物を処分しておいて
(って、私はあのときには何もやっていないのだが・・・)
本当によかった。

結果的に、泥棒とシロアリに背中をおされる形になった。

また、そういうものに背中をおされない限り、
動けなかったかもしれない。

 2012.11.13 Tuesday 08:43 老いについて考える permalink  
施設から電話

母がお世話になっている施設から
また電話があった。

「このあいだ帰省されたときに、
おこづかいを渡されましたか?」という問い合わせ。

以前、あることで思うところがあったので、
1万円渡しておいたのだが、
「こちらでお預かりしておきますね」とのこと。

「何かありましたか?」ときくと、
「紛失したときに責任がありますので・・・」
というお返事だった。

何があったのか、なぜこのタイミングなのかは
わからない。何かあったんだろうな。

あーあ・・・

私がナーバスになりすぎかと思って
報告しなかったんだけど、
やっぱり施設としては、
現金は持っていてほしくないですよね。

お札じゃなくて、
お守りと思っててもらえばいいんだけど。

なんかよくわかんないけど、
ちょっと落ち込む。

 2012.08.31 Friday 18:03 老いについて考える permalink  
母の部屋を片づけながら
4泊5日で帰省してきた。

うち1日は「実家の片づけ」にあてていた。

実家は木造2F建ての一軒家、部屋が7つある。
そのうちの6部屋とキッチンはもうほとんど片づいているのだが、
1箇所だけ、まだ2割程度しか
片づけが終わっていない部屋があった。

母の部屋。

有料老人ホームに入ってしばらくの間は、
衣類やものを取りに来ていたらしいのだが、
もうほとんどこのうちにもどることはなくなったらしい。
実際、ホームの中で生活は成り立っているだろう。

なので、そろそろ母の部屋を片づけても不都合はあるまい。
というか、それ以前に、ちょっとやそっと片づけても
全然変化がわからない状態だから、
片づけてもまったく不都合のない部屋ではあった。

去年も、他の部屋が終わったあと、ちょっと作業をしたのだが、
そのときには本の整理をやっただけで時間切れとなった。

母の部屋を片づける際の課題は2つ。紙類と布類。
布類のほうは今回は手をつけず、紙類に集中。

これがまあ大変。

確認することなく、どんどん燃えるゴミの袋に
入れていけばいいだけの話なんだろうが、
そういうことができないタチの私、
一応ざっと確認して、資源ゴミにしてみたり、
細かくちぎって燃えるゴミにしてみたり。

手動のシュレッダーも見つかったので使ってみたが、
時間がかかってしかたない。
そんなに細かくするほどの個人情報でもないし。
なので、ひたすら手でちぎっていった。

まず、大量に見つかったのが、体調記録のようなもの。
病院で報告するためなのか、
自分の健康管理のためかはわからないが、
自分の体にまつわるいろいろな数値や体の変化を、
たくさんの項目に分けて、表にまとめていた。
それを、大量にプリントアウトしているのだ。

お金の管理に関わるプリントも同様の状況。

そのほか、親戚についてのあれこれをまとめた紙など。

何枚も何枚も同じものが出てきて、
途中で「いいかげんにして!」と本人不在のまま
心の中で叫んだ私。
あと、私の悪口が出てきてイラッとしてみたり。

なお、翌日、母に会って思ったのだが、
当人は生きていても、あれらのモノを溜め込んだ母は、
もうどこにもいないのだと、しみじみ感じた。
父のものを見て亡くなった父のことを思うよりも、
さらに強く「不在」を感じた。むなしい。

とにかく、実家に一歩足をふみいれたら、
「なぜ?」「どうして?」「なんのために?」
という問いは無意味となる。
禁句です。

それでも、問いたい私だった。

「いったい何がしたかったの?」と。
「どうして同じものが、こんなにたくさんあるの?」と。

ちなみに、折り紙が趣味だった母、色紙をまとめたら、
深さ15cmくらいの引出し5つ分くらいになった。

一生分ならぬ、三生分はある。
さすがにこれは捨てられず、そのまま保管することに。
今後わが家は一切、色紙買うべからずな状況。

で、せめてここから学べることを学ぼうと思った。

まず。

自宅にコピー機はないほうがいい。(参考にならんなー)
実家には、コピー機がある。それほど高性能ではないだろうが、
プリンタにコピー機能がついているという類のものでもなく、
ちょっとした事務所にありそうな、いわゆるコピー機。
これでなんでもかんでもコピーをとるクセのあった母。
しかも、何枚も。

それから、収納用品もできるだけ少ないほうがいい。

今回、すでに片づいている部屋のうちの1つを
ゴミの一時置き場にして、
不要になった収納用品のスペースを作っておいたのだが、
まあ、たまることたまること、
ファイルケースやらファイルボックスの類が。
収納用品だけで相当場所をとってるんですけどー

収納用品があると収納したくなるのが人間。
収納用品を買う前に、
その中身は本当に収納する必要があるかどうかを、
じっくり考えたほうがいいとしみじみ思った。

さらに思ったことは、何かを保存するときには、
「なんのためにとっておくか」ということを、
意識しながら保存するべきだということ。

領収証の類も山と出てきて、
全部は処分できなかったので箱にまとめておいたのだが、
確定申告に使うなら使う、自分の会計管理に使うなら使う、
用が終わったら捨てる、使わないなら捨てる、というふうに、
あまり年数がたたないうちに対応していかないと、
大変なことになる。

何かを「一応とっておく」ならば、年数で区切らないと。

まあ、でも、いちばん有効なのは
「広い家に住まない」ことなのかもしれないな。

と、ポイントをまとめたところで、自分ちをながめてみる。
上記の項目で、コピー、収納用品、広い家に関しては
すでにクリアしているので、
自分にいかせるのは「なんのために保存しておくか」を
意識すること。

で、ちょっとずつ作業を進めているところ。
「いったいどうしたいの?」
「なんのためにとっておいたの?」と自分に問いながら。

思うに。

使っていないのに捨てられないものって、
「不安」と「欲」の象徴なんだな。
 2012.08.17 Friday 10:53 老いについて考える permalink  
証書を紛失した母の保険関係の手続き終了
というわけで、私単独では印鑑証明書がとれなかったので、
月曜日に母を連れて市役所に行き、
その足で保険会社に行くことになった。
とある保険関係の手続きをするために。

4ヶ月ぶりに会う母は、比較的元気だった。
体力は衰えていて、あまり長くは歩けなかったが、
ゆっくり階段の上り下りもできたし、
おしゃべりも達者だし、
2年前の夏から比べるとかなり「復活」した感じがする。

どうやら母は折り返したらしい。
と、姉と話しているきょうこのごろ。
けっこうリアルに「私のほうが先かも・・・」と思う、
私と姉であった。

結論からいうと、本人がいさえすれば、本当に話は早い。
どちらも手続きに15分とかからなかったと思う。

すべての手続きが終わったあと、
おばあちゃんの墓参りに行こうと母が言い出す。
保険会社から歩いていける距離に、
母の母のお骨が納められている納骨堂があるのだ。

実は、買い物に行きたいと言い出すのではないかと
内心ひやひやしていた私。
それもあってめんどくさかった。

でも、行きたい先がお墓参りであることに安堵した。
そういえば市役所に向かうタクシーの中で、
「ときどきふと、おばあちゃん(おかあさん)に会いたくなる」
なんてことを口にしていたっけ。

生きている間に仲良くしておけばよかったのに、と思う私。
そう思った直後、私も同じ道をたどるのだろうか・・・
なんて思ってみたり。

お墓参りといっても、
おばあちゃんがいる納骨堂の5Fに上がる手段は
階段しかない。
母には大変そうなので、本人は下で座っていて、
私と娘が代表で行くことにした。
母にとってはこれでもじゅうぶんお参りになるだろう。

母は、父(母にとっての夫)のお墓参りもしたかったらしい。
日をあらためて。
でも、父のお墓は電車で小1時間かかるところにあり、
タクシーで行くにしたって長丁場だから、
とてもじゃないけど(私は母を連れて行くのは)無理。
なので、断った。
なお、今回は私たちも父のお墓参りには行かなかった。

「朝な夕なにお祈りしたら? 
 私も○○ちゃん(娘)もそうしてるよ」と言うと、
「仏壇があるの?」と母。
「ないよ。空に向かって祈るんだよ。
 だって、風になっているんでしょ?」
と言うと、苦笑いしていた。

  ちなみに、私と娘の場合、
  お祈りというよりは毎日「お願い」なのだが・・・
  そして、「お墓」まで行くことに意味はあると思うけれど、
  母にはそんなことは言わない。

で、無事に施設に到着。
部屋で少し過ごしたあと、私たちは実家にもどる。

あまり欲を出さないのがミソだと思ったので、
今回はこの保険の手続きに専念したのだが、
懸念事項がまた1つクリアになってうれしい。

とにもかくにも、買い物に行きたがらなかったことと
数年前のような毒気がすっかりなくなっていたことが、
私にとっては大変にありがたかった。
ストレスなく作業をすすめられるので。

こちらにもどってきてから、
このブログのカテゴリー:老いについて考える
読みなおしてみたのだが、
思えばいろいろあったよなぁ・・・

母にとっては、
私とさんざんやりあったあの日々は、
完全に「ない」ものになっているのだろう。

でも、私はなかったことにはしない。

「老い」のせいにもしない。
 2011.08.13 Saturday 12:19 老いについて考える permalink