「いい人」のようにふるまうと、「いい人」になる。
先日、佐々木俊尚さんが
自分の10代の思い出を語る(語らされる!?)
次インタビュー動画を観た。

【大人だって】
作家・ジャーナリスト 佐々木俊尚さん 秘密の10代

http://buff.ly/1hLs9RI

     *     *     *  

 ネタバレというのもあれですが、
 最初から最後まで先入観なしで聴きたい方は、
 まず全部通して聴いてくださいね!

     *     *     *

いろいろ興味深かったのだけれど、
特に印象に残ったのは、
後編の3分15秒後くらいの話と、
それをふまえたラストの話。

佐々木さんは大学に入った頃、
村上春樹のデビュー作を読んで、
「ほんとに強い人間なんていないなんだ。
 自分が強いというふりをしている人間だけが
 強くなれるんだ。」
というような台詞を読み、感動して、
そうしようと思ったのだそう。

7分10秒後くらいにもう一度その話になり、
佐々木さんが
「最近、自分はいい人になろうと思っている。
 もともといい人じゃないんだけど、
 自分はいい人だと思い込んでいるうちに、
 いい人になれるんじゃないかな…」
という話をされている。

これは、つい先日読んだ森田療法の本の
「外相整えば内相おのずから熟す」―――形から入る
につながる話だと思う。

思いやりのある人間になろうとすることは、
思いやりのある人間になってから、
思いやりのある行動をとろうとすることであり、
そうではなくて、
実際に思いやりのある行動をとれば、
思いやりのある人間になるということ。

どんなに心のなかや頭のなかで
善意をこねくりまわしても、
善意のある行動をとらなければ、
そこに善意はない。

逆に、心のなかで「本当は立ちたくないなぁ」
と思っていても、実際に席をゆずれば、
それは思いやりのある人間のとる行動。

つまり、そのように装えば、
そのようになる、ということ。

自分は強いのか、自分はいい人なのか、
と考えて結論を出すのではなく、
強くなろう、いい人になろうと目指すのではなく、
自分がそうなりたいという状態に
実際に自分がなっているように振舞う。

思い込むうちに、そうなっていく。

おそらく、最初は「思い込み」でも、
そこから生じる自分の言動が、
フィードバックされていって、
自分が作られていき、
実際にそうなるのではないかと感じている。

逆のことも言えるんだと思う。

攻撃的な言動を繰り返すうちに、
攻撃的な人になる。

自分はくだらない人間だと自分で思い込むと、
くだらない人間になってしまう。

人間ってたぶん、とまっていないし、
固まっていないんだと思う。

ずっと、つくられていくんだと思う。
 2014.05.19 Monday 15:03 その他 permalink  
目の前を幼虫が歩いていたのだ
ゴールデンウィークが明けた5月上旬、
道を歩いていたら、ふと、
目の前を幼虫が通りすぎようとしているのに気がついた。
「踏み潰さなくてよかった〜〜」
と思いながら座り込んでまじまじと眺めてみる。

カブトムシ・・・? 

まさかこんなところにはいないよね・・・

コガネムシ・・・?

近くに小さな公園があるけれど、
そこそこ交通量のある道路の向こう側なので、
公園から横切ってきたとは考えにくい。

となると、すぐそばにあった花壇からの
お引っ越しだったのだろうか。

葉っぱか何かにのせて手助けした覚えがあるのだが、
近くの植え込みまで運び、しばらく観察していると、
幼虫はわっせわっせと地中へもぐっていった。



いっしょにうつっているダンゴムシとの比較からわかるように、
3cmくらいの大きさだった。

環境から考えるとコガネムシだと思うのだが、
背中ではなく足で歩いていたような気がするので、
ということはもしかしたらカブトムシだったのだろうか・・・

なお、ここから歩いて2〜3分のところに娘の通う小学校があり、
数年前に、小学校のコンポストの中から
カブトムシの幼虫が見つかったという話はきいているので、
絶対にない話でもないのかもしれない。

さて。

もしこれがコガネムシだった場合・・・

私はわざわざ害虫を、
よそさま(そこは確かデイホーム)の植え込みに
仕込んだことになるのでしょうか・・・

いっそ踏み潰していたほうが、
世のため人のためだったのでしょうか・・・
 2012.06.07 Thursday 09:51 その他 permalink  
PTA活動をしながら感じること、考えること
PTA活動は、やれば必ず得るものはあるが、
楽しくてしかたがないというものでもない。
仕事でもなく、自発的なボランティアでもない、
独特な世界。

でも、PTA活動が完全になくなったら、
学校は成り立たないだろうと思っていて、
自分がやれることはやろうと思っていて、
娘が2年生の頃から、まあまあ働いている。

  PTA活動については、
  子育てブログ:こどものちかくに、
  カテゴリー作って書いてます。

しかし、今年はこともあろうに、
とある委員会の委員長になってしまった。

じゃんけんとかくじ引きではなく、
最終的には自分でOKしたわけなのだけれど、
ちょっと荷が重いなぁという感触が、
ずっと消せずにいた。

幼稚園のときに役員の経験はあるが、
何しろ規模が違う。
それに、幼稚園より組織立っている。

加えて、実際に活動が始まったあと、
これまでとちょっと違うことを感じるようにもなっていた。

PTA活動って本当に勉強になるんだけれど、
「この勉強が役に立つ場面が、
これから先の私の人生にあるだろうか?」というふうに。

ふだん自分が好きでやっている勉強のときには
こういうことは感じない。
ふだんの勉強は、知ることそのものが喜びだから。
たぶん、「勉強」の意味が違うのだと思う。

そんなこんなで、引き受けたはいいけれど、
4月下旬からずっと、うすーく、ユーウツだった。
毎年のことになると、さすがに疲れてくるらしい。

しかし、何かの会合に参加したり、作業をやったりすると、
参加してよかったなぁ、とやっぱり思う。
この人たちと出会えてよかったなぁと思うし、
これを知ることができてよかったなぁ、と思う。

PTA活動をしていると、がんばっている人のがんばりが、
本当に身近にせまってくる。

だから、「あとに活かせるかどうか」ではなく、
その瞬間で成立、成就する喜びを感じられるよう、
なんとか1年間がんばりたいと思うきょうこのごろ。

さて、それはそうとして。

今年のPTA活動は・・・というか、何をするにも、
どうしても震災・防災のことを意識してしまうものだと思う。

たとえば、夏祭りの係の人が節電を意識したり、
地域のあれこれのお世話をする係の人が、
例年以上に防災・安全を意識したり・・・というふうに。

今年私が所属している委員会も
一時的にではあるが、
震災のことを意識する活動になっている。
しかも、かなり。

なので、学校側からの話をきくことも多く、
いろいろ考えさせられる。

そこで知ることや考えることは、
これまでブログで考えてきたこととは少し違う。

会話のなかに放射性物質の話は出てこないし、
節電対策の話も出てこない。

福島や東北、日本、世界、地球というような、
大きな話ではないし、
かといって、「私の生き方」というプライベートな話でもない。

自分が通う学校と、その近隣地域に限られた、
遠距離でも近距離でもない、中距離な話。

PTA活動というものそのものが、
中距離活動なのかもしれない。

そして、中距離の活動にまつわる思考は、地味だ。

もちろんそこから、一般的・普遍的なことを
抽出することはできるだろう。
しかし、ディテイルが大事な世界であり、
遠距離や近距離ほど理念的なものにはならない。

なので、最近、放射性物質のことや、
遠距離のことを、あんまり考えられなくなった。

でも、こんなことも思うのだ。

はじめて幼稚園の役員をやったときには、
究極の不払い労働だと感じたけれど、
その後、いろいろ考えて、
PTA活動というのはある種の社会奉仕なのだなぁ、
と思うようになった私。

ダイレクトに自分の子どものためにやるものではなく、
自分がたまたま小学生の保護者であるという立場のもとに、
学校を通してやる社会奉仕。

私は、東北にボランティア活動にも行っていないし、
なんにもしていない。

でも、困った人を助けたい、傷ついた人の力になりたい、
と思う気持ち・行動が社会奉仕なのであれば、
私は自分に与えられた場で、
やるべき仕事を地道にこなすことが、
結局、私にできることなのではないだろうか。
たとえ直接には関係しないとしても。

ということを教わったのも、
これまたPTA活動を通してなのだった。
 2011.05.21 Saturday 08:19 その他 permalink  
いまを大切にすることは、過去と未来を考えないことではない

母宅から拾いあげてきたアクリル毛糸は、
その後どういうことになったかというと、
帯がついていて新品(というか未使用)と思われるものは
学校のイベントの提供品として出し、
残りの毛糸は気がむいたときに新しいたわしを編み、
すでに編まれているものも含めて、少しずつ使っている。
が、全然減っている感じがしない・・・

ふだんよりペースをあげたとしても
(これがこわいところだけど>)、
消費するのは、1ヶ月に1〜2こ。
1玉で3こくらいあめるのだから、
単純に考えても、何年分もある。

しかも、自分が使いにくい形のものや、
自分では買わない色の毛糸も
たくさんある。(っていうか、そんなのばっかり)

たかがアクリルたわしだけれど、
こういうストックが押入れにあることを
時々思い出しては、軽〜く憂鬱になるのだった。
否、なっていた。
余計なストックのうえ、
余計なストレスも抱えるのもなんだから、
さすがにそろそろ割り切ることにした。

とはいえ、思うのだ。

母は、これだけのアクリル毛糸を、
どうするつもりだったのか?と。
そういえば、うちにもよく送られてきていたっけ。
だとしても、限度というものがあるだろうに。

たしか「アクリルたわし編み機」のようなものも
買っていたと思うから、
どんどん編めるのが楽しくて、
どんどん買っては、どんどん編んでいたのかもしれない。
ということは、母にとって、「使う」という最終段階は、
もうほとんど見えていなかったのかもしれない。

アクリルたわしだけに限らず、
すべてについてそんな感じだったのだと思う。

きのうあることを調べていて、

それはテレビで「断捨離」のことをやっていたときに、
「いまの自分を中心に考える」
といったような説明があった気がして、
それを確かめたくて検索していたのだけれど、
やはり「断捨離」には「時間軸は今」という発想があるもよう。

「現実逃避型」「過去執着型」「未来不安型」
という分析もあるらしい。

それはシンプルライフでも同じであり、
要は、過去への執着や、未来への不安にとらわれると、
「いま」が見えなくなっていく、ということなのだと思う。
しかし、人生は「いま」の連続なのだから、
「いま」を大事にしないと、快適な生活は永遠にこない。
ということになってしまう。

「いまを大切にする」という考え方には
大いに共感するというか、
学ばされるところが大きいのだけれど、
そうはいっても、母の“物”に接していると、
いろいろ考えこんでしまうのだ。

母は、自分の“この先”を、どう思い描いていたのか、と。

老後や、人生の“この先”といった大きなことは
とりあえずおいておくことにしよう。
準備したって、想像したって、
先のことはわからないのだから。

でも、たとえば、アクリル毛糸を買うときに、
その消費のペースを自分で考えて、
在庫を確認するとか、買いとどまるとか、
そういう発想はなかったのだろうか?
(皆無だったと思う)

食べきれない量のお菓子を、
そのとき欲しいという気持ちだけで、
なぜ、買ってしまうのか。

という母の生き方は生き方で、
「いまの自分の欲望しか考えていない」
ということになってしまうと思うのだ。

たぶん、いまを大切にするって、
いまの欲望に忠実に行動する、ということではないと思う。
がしかし、いまを大切にするというのは、
いまの自分の快適さを大切にするということだと思う。

その違いは、大きいのか、紙一重なのか。
あるいは、欲望それ自体を問い直していくということか。

シンプルライフの「いまを大切にする」という姿勢は、
「あとのことを考えない」ということではなく、もしかすると、
「あとのことをちゃんと考える」ということなのかもしれない。
「過去をひきずらない」ということではなく、
「過去をちゃんと受けとめる」ということかもしれない。

買ったはいいけれど、使えなかったものを、潔く捨てる。
そのときに、捨てる痛みを感じる。自分でひきうける。
そして、できるだけ、同じ“捨て”をくり返さないよう、
次の買い物のときに、
それを買った自分の未来の情景を想像する。
そして、GOサインを出すか、買いとどまるかの
判断をする。
絶対くり返してはいけない、ということではなくて、
あのときの自分も、これからの自分も、大切にしよう。
そういうことなのかもしれないなぁ、と最近思う。

これまでは、捨てない人が多かった。
だから、無駄なものを買った自分、持ち続けている自分を
知らなかったし、認めなかった。

だから、まず、知ろう。認めよう。

そして、これから先の大切なことは、
「捨て慣れない」ことのような気がする。

そう、自分に言い聞かせながら、
アクリルたわしを編む日々なのであった。

 2011.02.13 Sunday 12:42 その他 permalink  
残すもの、残るもの
「残った」ものには、
「残したもの」と、
「残っちゃったもの」があるなぁ・・・と最近思う。

そして、モノであれば、「残す」ことも可能だけれど、
人の心に残る無形のものは、
「残す」よりも「残る」ものが圧倒的に多いのかもしれない、
と思う。

どんなふうに残るかは、結局、自分が手を出せないのかも。
残したいように残す、ということはできないのかも。
そして意外と、残したかったものは残らなくて、
残すつもりがなかったものが残ってしまうのかも。

同じように、遺すもの・遺るもの、があるような気がする。

  (あら、「遺る」は変換してくれないのね…)
 
 2010.12.16 Thursday 11:10 その他 permalink  
母子家庭の新居さがし(3)

 お部屋を決めるときには、保証人になってもらう姉に一度見てもらってから、と思っていた。姉はちょうど出張中で、次の日帰ってくる予定だったので、あと1日、他の物件をあたることにする。

 前日A社に行ってみて思ったことは、大家さんとつながりの深い地元の小さい不動産屋さんよりも、契約まとめてなんぼの(賃貸を得意とする)大手のほうが、実は熱心にやってくれるんじゃないだろうか、ある意味、お客を選ばないんじゃなかろうか、ということ。

 2件目の不動産屋さんで言われた「ターミナル」という言葉で検索をかけてみて、なるほどこういうこと↓かとわかった。

 お部屋探し達人不動産会社は二種類ある!

 これでいくと、地域密着型は、運よくいいところにめぐりあえればいいけれど(それが一番だけれど)、そうじゃない場合はなかなか難しい。それよりも、私のような条件の場合は、むしろターミナル型に行って事情を話して、数ある物件の中からがんばってさがしてもらうほうが、近道なのかもしれない、と思った。

 2件目の不動産屋さんのおにいちゃんってば、逆のことを言ってたわけで。

 前日のA社ですっかり気をよくしたので、一応、情報誌も買ってみることにする。その中に、わりと希望に近いものがあり、担当の大手E社に電話。ほかにもあるということで行くことにした。住もうとしている土地よりも少しはなれたところの駅近くにある支店だったが、物件は幅広く扱っているもよう。

 出てくる出てくる、条件にかなり近い物件がけっこうあるじゃないか! もちろん、そのほとんどは「独身のみ」の可能性は高い。地域密着型は調べるまでもなくそれが頭に入っているから教えてもらえなかっただけかもしれないけれど、実は部屋自体はけっこうあることがわかった。A社はその物件を扱っている会社に問い合わせをしていたが、E社は直接大家さんに交渉するとのこと(つまりE社の持ち物件の中から選んでいたのだろう)。さっそく1件電話をかけてもらったが、あっさり“子ども不可”とのこと。

 そうこうするうちに、幼稚園にかなり近いところにある部屋が検索にかかってきた。広さ、料金ともに条件内。外観の写真もいい感じ。「ここをねらっていきましょう」ということで、とりあえず私は帰ることになった。大家さんと連絡がとれたのが翌朝。最初は独身のみのところを、E社の担当者が交渉してくださったらしく、子どもOKになったのだ。

 最終的にはA社の物件(気に入ったところ+α)と、E社の物件(的を絞った1件のみ)の両方を姉と見て、E社の物件に決めることにした。A社の新人さんはがんばってくれたけれど、2日目のミスがちょっと大きかった。少なくとも、部屋番号を確かめてから現場に向かいましょう>おにいさん。そして、車の運転は慎重に!(こわかったよ〜)。断られても納得したことと思う。おやまぁ、いつのまにか選ばれる立場から選ぶ立場になってるし。なお、A社が紹介してくれた物件は、大手C社の持ち物件だった。

 さて、審査について。2件目の不動産屋さんで訊かれるままにだらだら答えてしまったことを反省して、A社とE社では先制攻撃(?)をかけることにした。まず条件を言って、ある程度お部屋をさがしてもらう。そして、詰めていく少し前に、こちらから以下のようなことをお話しした。

 母子家庭であること。保証人である姉は身元もしっかりしており安定した収入があるが、私自身は仕事はしているが去年おととしの収入は少なくて、収入証明が必要なレベルの審査だと難しいと思われる。がしかし、貯蓄があり、家賃が滞ることはない。預金通帳のコピーをお渡ししてもいいし、1年分前払いでもいい。

 話すタイミングがよかったのか、会社の方針なのかどうかはわからないが、A社もE社も快く引き受けてくださった。A社は新人さんにあれこれ教えていた主任らしき人が「私たちはお客様の味方ですから」とも言ってくれた。「むしろ正直に話していただいたほうがいいし、保証人の方がだいじょうぶならばOKですよ」というお話だった。E社も、同じようなお返事だった。

 やはりネックは、審査のことよりも「予算内で2人(うちひとり子ども)入居可能」な物件さがしだったと思う。あと1〜2万円上乗せすればすぐに見つかったのだろうが、この1〜2万円は大きい。予算内のところでなんとか見つかってよかった。

 あれから2年数ヶ月。更新もすませ、快適に幸せに暮らしている。いまのマンションの唯一の不安材料が1Fであることだったのだけれど、その不安を伝えると不動産会社の担当の人が、「1Fというのは意外と安全なんですよ、中で何をやっているかが見えるので。むしろ、2Fのほうが要注意かもしれません。のぼろうと思えばすぐにのぼれるし、住んでいる人も油断しがちだし。」と教えてくださって、心が決まったのだった。半分営業トークだったかもしれないけれど、結果的に1Fで大正解だったと思う。何しろまだ子どもが小さく、音をたててしまうことが多いので、階下の人に気を遣わなくていいのは助かる。

 当時は幼稚園への通いやすさを考えて場所を決めたのだけれど、小学校にもかなり近いことがわかり、本当にラッキーだったと思う。この幸運に恵まれたありがたさを忘れずに、ワンルームマンションでの快適親子暮らし計画をさらにすすめていこう!

 2008.07.13 Sunday 07:00 その他 permalink  
母子家庭の新居さがし(2)

 2件目の不動産屋さんがいけなかった。先輩らしき女性社員、後輩らしき男性社員、奥に年配の男性。年配の男性は営業はしないようだった。女性社員が他の方と契約の確認をしていたので、私の担当は後輩らしき男性社員に。条件を伝えて、1つ部屋を紹介してもらうことになる。そして行く道々で訊かれた。仕事のこと、収入のこと・・・。訊かれるままに正直にだらだらと答えてしまった。そのやり口にカチンとなり、なんだか横柄な態度になってしまった私。

 「保証人はしっかりしています」と伝えても、「問題は住む本人なのです」と言われる。「前払いしてもいいです」と伝えると「みなさんそうおっしゃるんですけど・・・次に住む方がどうであるかというより、以前住んでいた人が何をしたかってことなんですよね」とのこと。なんの話かは忘れたけれど「うちのような真面目な不動産は・・・」というフレーズも出てくる。私のような状況(低収入の母子家庭)では、ターミナル(?)の不動産屋さんはどこも相手にしてくれませんよ、なんだそう。

 で、見せてくれた部屋は、とても住む気になれず、現場でさよならをした。

 その日はもう1件だけ不動産屋さんに寄ったのだけれど、そこは「前払いならだいじょうぶだと思いますよ」とのお話だった。でも、紹介してくれたお部屋は幼稚園からかなり遠く、予算も超えていたし、娘も私も疲れきっていたので、本日の不動産屋さんめぐりはこれにておしまい。どんよりと帰路についた。

 次の日も、地元の不動産屋さんをめがけて、いざ出陣。前日は幼稚園から駅に行く途中のお店をまわったので、その日は幼稚園のその先に行ってみることにした。大学があるので不動産屋さんも多いだろうと思ったのだが・・・が・・・ない。1件も(おそらく大学の反対側の最寄駅に不動産屋さんがあったのだろう)。

 1つもお部屋も見ないうちに、ファミレスで昼食。娘の機嫌がすこぶるわるい。どうやら疲れてきているらしい。やはり小さい子どもを連れての連日の不動産屋さんめぐりは、けっこう大変。娘にとっても私にとっても。というか、そもそも部屋さがしというのはエネルギーがいるわけなのだが。

 どんよりとした気持ちで、きのう行かなかった駅近くの不動産屋さんに寄ってみたものの、紹介してもらったお部屋はやはり住む気になれない。うーん、状況きびしいかなぁ・・・

 またトボトボと帰路につき、仮住まいさせてもらっていた姉宅の最寄駅に降りると、大手A社の営業所を発見。こんなところにあったっけ? 物件は幅広くもっているだろうから、きくだけきいてみるか、と思ってきいてみたら、あるとのこと。どうやらそこはオープンしたて(正確にいうとオープン直前)のお店で、私の担当の若い男性は新人さん、しかも私がはじめてのお客さんだったらしい。

 なので、とにかく親切、熱心。私の出した条件をもとに、3人がかりでデータを調べてくれた。もう夕方だったけれど、なんとか行けそうだということで、3部屋見せてもらった。うち1つがけっこう気に入ったので(というか、はじめて「住める」と思った)、お店にもどって打ち合わせ。でも、まだ決められないので、とりあえずキープしてもらうことに。

(つづく)

 2008.07.12 Saturday 06:57 その他 permalink  
母子家庭の新居さがし(1)

 現在、親子2人でワンルーム生活をできていることのありがたさを今一度確認すべく、離婚直後のお部屋探しのことについて、当時の記録をもとに書いてみることにした。長い文章になるので、改行なしで。

 私は独身時代から引越しの回数が多く、結婚後も含めると全部で15回の引越しを経験している。うち自分1人でさがして決めた部屋は5ヶ所。不動産屋さんめぐりはそこそこ経験してきているほうだと思う。楽しいとさえ思う。がしかし、独身時代に1人で住む部屋をさがすのと、母子家庭という不安定な身分で子ども連れの部屋をさがすのとでは事情が違う。わかっていたつもりなのに、それを痛感したのはお部屋をさがし始めてからだった。

 これまでの自分の経験から「お部屋は足でさがす」という感覚があったので、情報誌などにはあまり頼らず、地元の小さい不動産屋さんをまわるところから始めた。そのほうが、情報誌などに掲載されていない良物件があると思ったからだ。そして、まず、自分の希望・条件を伝えて、いくつか物件を見せてもらった上で、なければさよなら、ありそうならば詳しく話をつめていく、という段取りでいこうと思っていた。

 がしかし、母子家庭の新居さがしに限っては、これは正解ではなかった。結局、地元の小さい不動産屋さんは、大家さんとのつながりを大事にするので、先行き不安な母子家庭に積極的にお部屋を斡旋してくれるところは、なかなかないのだ。しかも、2月上旬という時期。私が出した条件の部屋ならばいくらでも単身者(おもに学生さん)が入るようなところ。なにも、ほとんど収入のない小さい子供のいる人に貸す必要はないわけで。

 1件目の不動産屋さんは、まだよかった。すでに母子家庭が3世帯入っている、古い木造アパートの1部屋を紹介してくれた。母と子の2人入居はもちろん最初に伝えたが、母子家庭であることを告げたのはお部屋を見たあとだったと思う。でも、そこで決めるのはまだ早いし、検討してみますといって、2件目に移った。

(つづく)

 2008.07.11 Friday 22:35 その他 permalink  
お気に入りのネックレス(いわくつき)

現在、稼動しているネックレスは3本。
(すべてペンダントタイプ)

特に気に入っていて、
ここ一番のときにつけていくのが次の1本。



実はこのペンダントトップ、
結婚指輪をリメイクして作ったもの。
(もちろん、離婚後に)

離婚を決めたばかりの頃、指輪をどうするか迷った。
みんなどうしているのか、インターネットで検索もしてみた。
女性のほうが男性よりも割り切っていて、
特に石のついたものは廃棄せずに、放っておくわけでもなく、
なんらかの形で活かしている人が多いようだった。
「指輪に罪はない」とのこと。なるほど〜

そうこうするうち私も、
せっかくのプラチナのリングだから、
リメイクして使おうと思うようになった。

そして、アクセサリーをリメイクしてくれるところをさがした。
見つけたのがアイデクト
引越しして、生活が落ち着いてきたころ、
表参道のお店に行って注文した。
プラチナのチェーン(長さ調節機能付)も新調して、
リメイク料金とあわせて全部で3万円くらいだったと思う。

裏の刻印は削っても残してもどちらでもよかったのだけれど、
デザインの都合上、消したほうがいいことになり、
消してもらった。

もともとが均一なわっかではなく、
少し前にたれさがったデザインをしており、
それをねじって作ってあるので、
なんともいえないフォルムに仕上がっている。
何もないところからこのデザインを思いつくのは
なかなか難しいと思う。

机の上におくとループして見えるけれど、
首からさげるとシンプルなラインになる。



むかし結婚指輪であったという“いわく”は、
もはやほとんど問題ない。
指輪をリメイクしたからこそ得られるこのデザインが、
とてもとても気に入っている。

 2008.07.04 Friday 08:17 その他 permalink