ネット発信ライフ縮小作業をしながら思うこと
ここのところずっと、
「ネット発信ライフ縮小」のための作業をしている。

昨年末、久しぶりにブログ更新の頻度をあげようとしてみたが、
結局続かなかった。

たぶん、ネット発信でやりたいことはやりつくしたのだと思う。

これまでいろいろな形でネット発信をしてきて、
気が滅入ることできごともあるにはあったけれど、
基本的にとても楽しかった。

ブログは、ある時期の私を支えてくれたとも思う。

でも、もうそろそろ、
整理していく時期に入ったと感じている。
それはこの生活ブログのテーマのひとつでもあったはず。
(なお、健康上の理由ではないです)
生活の等身大化は、高齢になる前に

ちなみに、現在の私のネット発信ライフの場は以下の6箇所。

1.大昔につくったサイト
2.数学教育ブログ
3.生活ブログ ←TATA−STYLEはここ
4.親子ブログ
5.note
6.Twitter

そもそもが多いのだ。

このうち2、5、6は当分残すことに決めていて、
2は整理中で、5はこれから整理する予定。

1、3、4は閉じることも視野にいれている。

1のサイトのおおもとをいつ作ったのか、
もはや記憶が曖昧なのだが、
1999年くらいだったのではないかと思う。
いわゆる「ホームページ」というやつで、
いまとなっては編集するのも一苦労。

しかし、縮小作業をしながらいちばん思い出すのは、
1を作ったときのことだったりする。

あのころ、それまでにはなかった
「私のようなただの一般人が、
 自分が言いたいことを
 不特定多数を対象に言える場所」
を得て、興奮もしたしのめり込みもした。

だから、ひとつひとつのコンテンツに
時間と手間をかけたし、
それはまるで仕事のようだった。

いまやっている縮小作業も、
だんだんと仕事みたいになってきている。

それぞれの場について、
自分が納得できる形で縮小するための作業を書き出したら、
32項目になった。
もう少し増えそうな予感。

もちろん、こういうことをせずに、
スポンと消す道もあると思うのだが、
それをできないほどには愛着があり、執着がある。

この作業の時間もまた、「ネット発信ライフ」から
与えられたものなのかもしれない。

最初は過去の記事でもういいかなと思うものを
非公開にしたりもしていたのだが、
それは押入れにしまうようなものであり
今度は押入れの整理が必要になってきそうなので、
思い切って削除するようになった。

ひとつ削除すると、じゃあこれも…というふうに
けっこう大胆になっていく。

そうした作業のなかで何が残っていくのか、
少し楽しみだったりもする。
この感覚は、
買ったかもしれない貯金
で感じたことに似ている。

ひとつずつゆっくり、
作業を進めていこうと思う。

ところで。

「これは…」と思う記事については、
リンク先を含めて確認しているのだが、
「リンクする場合は要連絡」のサイトが
実はけっこうあることに気づいて
青ざめているきょうこのごろ。

この作業を始めて、すでに6サイト見つけている。

「リンクは自由」がネットの基本だと思って
ほいほいリンクしてきたけれど、
1周か2周まわってそれが古い考えになったのか、
もともと私の勘違いだったのか、
そういうサイトをリンクする記事ばかりを書いてきたのか、
自分でもよくわからない。

ただ、リンクについて
ひとこと書いておきたいというのは理解できるし、
リンクをある程度管理しておきたいという気持もわかる。

ので、順次連絡している。

こういう連絡は、先方に手間をかけさせて
逆に迷惑なんじゃないかと思っていたのだが、
相手がそれを望んでいるのだから、
してもよい…というか、
しないといけないのだろう。

いまさらの話ではあるけれども。

なお、逆に、サイト内をさがしても
リンクの条件が見つからなかった場合や、
ソーシャルボタンが設置してあるサイトは
(原則として)連絡不要と判断することにした。

もうひとつつけたせば、
リンク報告をときどき気にするのは
自分の強迫症状のひとつではないかと思っていたのだけれど、
どうやらそういうことでもなかったらしい。

だったら実際に調べて
もう少しはやく気づけよ自分…
と思ってみたりもするけれど、
いずれにせよいまさらの話ではある。

 2018.02.12 Monday 17:44 その他 permalink  
インターバル家事とそのバリエーション
私はインターバル家事と名付けた方法で
家事をすることが多い。

何かの合間に家事をするという意味で、
インターバルという言葉を使っている。

最初は読書だった。
本の一節を読んではひとしごと、
また一節を読んではひとしごと…というふうに
家事を片づけていくもの。

あまり褒められた方法ではないが、
ぐーたらな私がなんとか家事を運んでいくのには
かなり有効だったりする。

すでに非公開にしているブログの記事によると、
どうやら2010年あたりに始めたことらしい。

その後、ずーっとやっていたわけではないと思うのだが
ここ1ヶ月半、PCゲームを使ったインターバルが、
いろいろな変形を見せており、
なんだか盛り上がってきている。

「50代の人間がやることかー??」と自分でも思うのだが、
何しろ家事がすすむし楽しいのでやめられない。

いまはもうやっていないものを含めて抜きだしてみると、
こんな感じ↓


******************************


【インターバル・スタンダード】

 1回めは10アクション、2回めは20アクション、
 3回めは30アクション…というふうに、
 数を増やしながら家事をやっていくもの。

 アクションという単位はとても小さいもので、
 テーブルの上のコップを2つ流し台にもっていけば、
 それが2アクションとなるし、
 ゆっくり10数えながら掃除機をかければ、
 それが10アクションとなる。

 スタンダードというくらいで最初はこれが基本だったが、
 数えることが負担なのと、キリがよくないときがあるのとで、
 最近はやらなくなった。

 なお、インターバル・オール30といったように、
 数を一定にしたバージョンもやってみたが、
 同じ理由で不採用。


【インターバル・タイム】

 時間を測ってひとしごとするもの。これはすぐにやめた。
 インターバルに向いていない。


【インターバル・ひとしごと】

 数もかぞえず、時間も測らずにひとしごと。
 特徴がないので定着せず。

 インターバル・モーニングやインターバル・夕方も
 定着しなかった。


【インターバル・健康】

 パソコンの前に座ってばかりで身体が固まってきたときなど、
 少し身体をほぐすためのインターバル。
 ストレッチ2種類、便秘体操の他、いくつかやることがある。


【インターバル・リーディング】

 「読むこと」に特化したインターバル。
 過去の日記帳やライフログノートの読み返し、
 メールチェックなど。


【インターバル・がんばる】

 やる気がなくても、とにかくがんばってひとしごとする。
 韻をふみたかっただけのような気がするので、現在は不採用。


【インターバル・計画】

 あらかじめやることを書き出しておき、こなしていくもの。
 いまはこれがスタンダードになっている。


【インターバル・NEXT】

 最初からやることを書き出すのではなく、
 ひとしごとしているときに、次にこれをやろうと決めて、
 ひとつずつこなしていくパターン。
 インターバル・計画からこちらに移行したりもする。


******************************


その他、「インターバル・ROOM MAP」 とか、
「インターバル・見た目きれいに」とかもある。
インターバルの可能性は無限大なのだ。

書き出しながら楽しくて仕方がないのだけれど、
やっぱり私はアホかもしれないと自分で思う。

ちなみに、高校生の娘は
インターバルを発展させるハハを
「天才だと思う」と言ってくれた。
なんていい娘なんだ。

しかし、先日PCの調子がわるくなったときに、
「ママからインターバルをとったら何も残らないっっ」
となげいていたら、さすがにビミョーな反応だった。

とにもかくにもそんなこんなで日々インターバっており、
かろうじて日常生活が送れているのだが、
そうすることではこなせない家事が浮き彫りになってしまった。

何かというと、アイロンがけ。

というわけで、
アイロンがけをどうするのかが現在の課題なのだった。
 2017.12.27 Wednesday 12:49 その他 permalink  
電子レンジの点検に来てもらってよかった〜
坂口恭平『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』
を読んでいるところだけれど、
電子レンジの点検のことを早めに書くことにした。

というのも、
シンプルライフの一形態としてのニート暮らしで、
「うちの電子レンジは道端で見つけて
 もらってきたんだよ(エッヘン!)」
みたいな感じで、若干ドヤ顔で(!?)書いていたので、
その自分の脳天気さを、早めに回収しておきたいがゆえ。

あの記事を書いた少しあと、
電子レンジでちょっと気になる症状が出た。
(正確にはオーブンレンジ)

扉が上から下にあく方式なのだが、
その日、たまたま扉の前に、ハンカチで包んだ
小さな保冷剤をおきっぱなしにしてしまっていて、
扉をあけて中のものを出すときに、
扉の表面が保冷剤に接触する形になってしまったのだ。

そうしたら、表面の一部が白濁したような状態になった。
内部で結露したのかとも思ったのだが、妙に白い。
しばらくすると白濁は消えた。
割れたりヒビが入ったりはしていない。

で、そのあとも電子レンジは使ったのだけれど、
だんだん不安になってきて、翌日からは使うことをやめ、
メーカーのサイト経由で問い合わせをしてみた。

お返事によると、この症状に関しては
直接見てみないとわからないとのこと。なるほど。

お返事を読んで気づいたのだが、私はおそらく、
「これこれこういうことが起きたのだと思います、
 心配ありません」
の一言がほしくてメールしたのだ。
でも、お返事を読んで、確かにそうだとしみじみ思った。

で、帰省直前だったこともあり、
点検・修理をお願いするときには
あらためてメールしますと返信して、
そのあとしばらくオーブンレンジなしの生活を送ってみた。

温めたいものは、鍋に入れて火にかけたり、蒸したり。
オーブンのかわりに魚焼きを使ったり。

しかし、オーブン機能はわりと大丈夫なのに対し、
やはり解凍したり温めたりするときに
電子レンジはあったほうが便利だなぁ・・・
という結論が出つつあった。

なので、
路上生活者の、電気とのつきあい方
を書いた日に、点検の申し込みをしたしだい。

もちろん、有料だということはわかっていて、
その料金も納得したうえで。

で、きのう見てもらったのだが・・・

来てもらって本当によかったと思った。

古いのが気になっていたこともあり(1987年製!)
安全に使えるかどうかも確認してほしくて、
それはなかなか難しいというお話だったのだけれど、
見た目にあきらかな不具合があれば、その限りではないわけで。

私はまったく気がついていなかったのだが、
扉の上の端が両方とも、少し欠けていたのだ。

何しろもらってきてからもう10年使っているし、
そのあと何度か引越しもしているので、
そういうことがあってもおかしくないかもしれない。

で、例の白濁は、同じ状況を再現してみせて、
最初は結露でしょうと言われたものの、
しばらくおいておくとやはり結露にしては白くて、
何かをこぼしたのか、ガラス向こう側に
何かが付着しているのかもしれない、とのこと。

表面のガラスと内側のガラスの間には空間があって、
そのあいだに黒い網状のものがあり、
(このあたりについてはネットでさんざん調べ済み)
そこはあけることができないので、
掃除もできないわけだけれど、
もともと、ゴムパッキンの隙間から
水分が入り込む可能性はあるうえに、
扉が欠けて隙間があるんだから、
それ以上入ってもおかしくないわけであり。

こういう状態のときには、
あまり近づいてのぞいたりしないほうがいい、
というお話だった。
(っていうか、基本、あんまり近くで
 のぞきこまないほうがいいんだと思う。)

さらに、アースの線が根元から切られていることもわかった。
幸い、事故も不都合も起きてないからよかったけれど、
知らない人からもらってくると、
こういうことがあるんだなぁ・・・と思った。

で、この機会に、
電子レンジにまつわる不安や気になりごとを、
あれこれあれこれたくさん質問した。

マイクロ波の話はもちろんのこと、考えられる事故の話など。
(お味噌汁とか牛乳を温めたときの、
 いわゆる突沸現象によるヤケドなどがあるらしい)

それから、買い替えはすでに考えていて、
近所のリサイクルショップに売っていることも
確認してあったのだけれど、
電子レンジは中古ではないほうがいい、
という結論も出た。
(これは考え方によるみたいで、
 私はこういう結論を出した、ということ)

また、オーブンレンジではなく、
レンジはレンジ、
オーブンはオーブン(あるいはナシ)で
いくことにした。

私が電子レンジに求めるものから、
どのくらいの値段の電子レンジを買えばいいか、
の目安もわかった。

そのほかも、昔の電子レンジといまの電子レンジの違いや、
ターンテーブルのことや、マグネトロンのことや、
音についてのことや、修理代のことなどなど。

そこで聞いた話を、
こと細かにここに書くわけにはいかないけれど、
とにかくこれだけ話をきいて3,360円なら高くない、
としみじみ思うことであった。

説明嫌いな人じゃなくてよかった。
(って、そういう人ならこの仕事つかないか・・・)
あと、へんに営業営業もしてなかった。

とにかく、なんでもかんでももらえばいいや、
ということではなくて、
ある程度、そのものについての知識があることと、
ちゃんと確認することできて判断することができる、
というのが、
「どういう使われ方をしてきたのかわからない」
ものをもらってきて使っていい人の条件かもしれないなぁ、
と思うことであった。

保冷剤を置いてしまったときには、
失敗した〜〜と思ったのだけれど、
それがなかったらずっと使っていた気がするので、
いい機会になって、本当によかったと思う。

 2013.09.06 Friday 10:38 その他 permalink  
食品品質保持剤の場合はどうなるのか

先日久しぶりに、
1個だけで包装されて売られている洋菓子を買った。
パウンドケーキとワッフル。
どちらにも食品品質保持剤が入っていた。

パウンドケーキのほうは「オイテックL」。
日本化薬フードテクノ株式会社の製品で、
シリカ・エタノールと書いてある。
エタノールガスを蒸散させてカビを防ぎ、
食品をソフトに保つのが目的であるらしい。

ワッフルのほうは「アンチモールド・テンダー」。
こちらはフロイント産業株式会社の製品で、
エタノール・吸液ポリマーと書かれてある。
こちらもエタノールガスの蒸散が目的であるらしく、
食品の保湿と防カビを目的としたものであるらしいが、
ジェル状のエタノールを使っているとのこと。

私ってば、こういう食品の袋に入っている小さい附属物は、
乾燥剤以外は脱酸素剤的なもので、
「脱」を目的にしていると思っていたのだけれど、
これらは「蒸散」するのですね。 

ほんでもって、
「あんまり意味はないんだろうな」と思いつつ、
吸着型乾燥剤だろうか品質保持剤だろうが、
ビニール袋に入れるなどして、
水気に触れないようにして捨てていたのだが、
どうやら上記のアンチモールド・テンダーや脱酸素剤は
不燃ゴミとして捨てたほうがいい(場合が多い)らしいのだ。

脱酸素剤といえば、いま手元にエージレスがある。

 三菱ガス化学株式会社エージレス

鉄が錆びる時に酸素と結合する働きを応用したものらしい。
なるほど。中身が鉄粉なら、不燃ごみだな・・・
でも、包装材は可燃ごみなんじゃなかろうか。

鉄系のほか、有機系と言われる脱酸素剤もあるらしい。

ううむ。

こういうものの捨て方が気になるなら、
食品品質保持剤が必要な食品を
あまり買わないようにするのが、
いちばん話は早いのかもしれない。

でも、今回検索してみて、勉強になったし面白かった。

身のまわりのものの仕組みが1つわかると、
安心が1つ得られる。

と同時に、なぜこんなにいろいろな
「食品を守る化学テク」が必要なのか、
ということを考えるきっかけにもなりそう。
・・・だったのだが、
今回はそこまで思いをめぐらせられなかった。
また今度。

 2012.06.26 Tuesday 16:10 その他 permalink  
石灰乾燥剤を生ゴミといっしょに捨ててはいけないことについて

強迫神経症気質のワタシ、
「ゴミ出し」にはけっこう神経を使う。

その神経の使い方はいろいろで、
意味ある使い方と意味のない使い方があるわけなのだけれど、
意味ある使い方のひとつは、「乾燥剤の捨て方」だったりする。

海苔などに入っている石灰乾燥剤は
水気にふれると発熱するので、
生ゴミと一緒に捨ててはいけないというのは
常識だと思うのだけれど、
ならばいっそ水に入れて反応させてから
捨てるという方法もあるらしいということを知っていて、
一度試してみようかと思い、結局実践していなかった。

で、ちょっとやってみようかと思い立ち、
念のために検索して勉強しておこうと思ったのだが、
以下の動画を見て、やっぱりやめようと思った。

http://science.wao.ne.jp/experiment/
recipe.php?contents_no=50765


なぜかというと、袋から出してまで
実験しようとは思っていなかったから。

どうやら乾燥剤の袋は
けっこう考えられて作られているらしく、
そのままどぼっと水に入れても、
水温は急には上昇しないらしい。

しかし、中身に直接水を反応させると、
やはり発熱して温度は急にあがるものらしい。
(自分ではやっていないが)

確かにあの紙がある程度工夫されていないと、
もっと事故は起こっているかもしれないし、
もっと世間の話題になっているかもしれない。
http://www.ohe-chem.co.jp/qa.html#1-10

やっぱりこれまでどおり、
ビニール袋に入れるなどして
水に触れない状態で捨てようと思うのだが、
うちはそれでいいとしても、
ゴミ収集車の中で袋がやぶれて、
他の人の生ゴミとまざったりしないのだろうか?

ちなみに、発熱しないタイプの乾燥剤でも
やっぱり水と触れないようにして捨ててしまう私。
このあたりは意味のない神経の使い方なんだろうな。

ちなみに、乾燥剤は、
化学反応を利用するものと、吸着方式のものがあるらしい。
http://www.ohe-chem.co.jp/qa.html#1-8

なので、化学反応を利用するタイプのものは、
簡単に再利用ができないということになるのだろう。

それにしても、化学反応利用タイプの乾燥剤を
生ゴミと混ぜて捨ててはいけないことを考えたい場合、

CaO + H2O → Ca(OH)2

という化学式だけで考えても、意味がないんだろうな。

CaO + H2O = Ca(OH)2 + 65.2kJ

で考えないと。
http://kinki.chemistry.or.jp/pre/esa-15.html

というところまでわかるのだが、
実際にこの式をみても、数字を見ても、
ちんぷんかんぷんなのであった。

しかし今回このことを調べてみて、少し安心した。
これまでよりも、神経の使い方がまともになる気がした。

 2012.06.18 Monday 11:24 その他 permalink  
お詫びとご連絡:メールの返信について

先ほどメールボックスの整理をしていたら、
このブログを読んでくださった方からのメールが、
何かの手違いで、海外からの迷惑メールの対策用の
フォルダに入っていたことが判明しました。(>_<)
(もう1件、別のメールも入っていました)

実は、昨年11月くらいから、
日本語のスパムメールもすごくて(うちだけじゃない?)
相手が一定していないので、
こちらはワード指定で地道に別フォルダに送っていました。
(きょうだけですでに100件以上入っています)

もしかすると、見落としているメールや、
どこか別のフォルダに送られてしまったメールが
ほかにもあるかもしれません。

誠に申し訳ありませんが、
メールを送ったのに一度も返信がない場合は、
もう一度送っていただけましたら幸いです。
(メールをいただくこと自体ほとんどないのですが、
必ず1度は返信しています)

新年そうそう、こんなお詫びとご連絡で申し訳ありません。



  迷惑メール対策、考えなくちゃな・・・

  どうしようかな・・・

 2012.01.02 Monday 17:07 その他 permalink  
いまを大切にすることは、過去と未来を考えないことではない

母宅から拾いあげてきたアクリル毛糸は、
その後どういうことになったかというと、
帯がついていて新品(というか未使用)と思われるものは
学校のイベントの提供品として出し、
残りの毛糸は気がむいたときに新しいたわしを編み、
すでに編まれているものも含めて、少しずつ使っている。
が、全然減っている感じがしない・・・

ふだんよりペースをあげたとしても
(これがこわいところだけど>)、
消費するのは、1ヶ月に1〜2こ。
1玉で3こくらいあめるのだから、
単純に考えても、何年分もある。

しかも、自分が使いにくい形のものや、
自分では買わない色の毛糸も
たくさんある。(っていうか、そんなのばっかり)

たかがアクリルたわしだけれど、
こういうストックが押入れにあることを
時々思い出しては、軽〜く憂鬱になるのだった。
否、なっていた。
余計なストックのうえ、
余計なストレスも抱えるのもなんだから、
さすがにそろそろ割り切ることにした。

とはいえ、思うのだ。

母は、これだけのアクリル毛糸を、
どうするつもりだったのか?と。
そういえば、うちにもよく送られてきていたっけ。
だとしても、限度というものがあるだろうに。

たしか「アクリルたわし編み機」のようなものも
買っていたと思うから、
どんどん編めるのが楽しくて、
どんどん買っては、どんどん編んでいたのかもしれない。
ということは、母にとって、「使う」という最終段階は、
もうほとんど見えていなかったのかもしれない。

アクリルたわしだけに限らず、
すべてについてそんな感じだったのだと思う。

断捨離にしろシンプルライフにしろ、
「時間軸は今」という発想があるのだろうと思うが、
母の“物”に接していると、いろいろ考えこんでしまう。

母は、自分の“この先”を、どう思い描いていたのか、と。

老後や、人生の“この先”といった大きなことは
とりあえずおいておくことにしよう。
準備したって、想像したって、
先のことはわからないのだから。

でも、たとえば、アクリル毛糸を買うときに、
その消費のペースを自分で考えて、
在庫を確認するとか、買いとどまるとか、
そういう発想はなかったのだろうか?
(皆無だったと思う)

食べきれない量のお菓子を、
そのとき欲しいという気持ちだけで、
なぜ、買ってしまうのか。

という母の生き方は生き方で、
「いまの自分の欲望しか考えていない」
ということになってしまうと思うのだ。

たぶん、いまを大切にするって、
いまの欲望に忠実に行動する、ということではないと思う。
がしかし、いまを大切にするというのは、
いまの自分の快適さを大切にするということだと思う。

その違いは、大きいのか、紙一重なのか。
あるいは、欲望それ自体を問い直していくということか。

シンプルライフの「いまを大切にする」という姿勢は、
「あとのことを考えない」ということではなく、もしかすると、
「あとのことをちゃんと考える」ということなのかもしれない。
「過去をひきずらない」ということではなく、
「過去をちゃんと受けとめる」ということかもしれない。

買ったはいいけれど、使えなかったものを、潔く捨てる。
そのときに、捨てる痛みを感じる。自分でひきうける。
そして、できるだけ、同じ“捨て”をくり返さないよう、
次の買い物のときに、
それを買った自分の未来の情景を想像する。
そして、GOサインを出すか、買いとどまるかの
判断をする。
絶対くり返してはいけない、ということではなくて、
あのときの自分も、これからの自分も、大切にしよう。
そういうことなのかもしれないなぁ、と最近思う。

これまでは、捨てない人が多かった。
だから、無駄なものを買った自分、持ち続けている自分を
知らなかったし、認めなかった。

だから、まず、知ろう。認めよう。

そして、これから先の大切なことは、
「捨て慣れない」ことのような気がする。

そう、自分に言い聞かせながら、
アクリルたわしを編む日々なのであった。

 2011.02.13 Sunday 12:42 その他 permalink  
母子家庭の新居さがし(3)

 お部屋を決めるときには、保証人になってもらう姉に一度見てもらってから、と思っていた。姉はちょうど出張中で、次の日帰ってくる予定だったので、あと1日、他の物件をあたることにする。

 前日A社に行ってみて思ったことは、大家さんとつながりの深い地元の小さい不動産屋さんよりも、契約まとめてなんぼの(賃貸を得意とする)大手のほうが、実は熱心にやってくれるんじゃないだろうか、ある意味、お客を選ばないんじゃなかろうか、ということ。

 2件目の不動産屋さんで言われた「ターミナル」という言葉で検索をかけてみて、なるほどそういうことかとわかった。地域密着型は、運よくいいところにめぐりあえればいいけれど、そうじゃない場合はなかなか難しいのかもしれない。それよりも、私のような条件の場合は、むしろターミナル型に行って事情を話して、数ある物件の中からがんばってさがしてもらうほうが、近道なのかもしれない、と思った。

 2件目の不動産屋さんのおにいちゃんってば、逆のことを言ってたわけで。

 前日のA社ですっかり気をよくしたので、一応、情報誌も買ってみることにする。その中に、わりと希望に近いものがあり、担当の大手E社に電話。ほかにもあるということで行くことにした。住もうとしている土地よりも少しはなれたところの駅近くにある支店だったが、物件は幅広く扱っているもよう。

 出てくる出てくる、条件にかなり近い物件がけっこうあるじゃないか! もちろん、そのほとんどは「独身のみ」の可能性は高い。地域密着型は調べるまでもなくそれが頭に入っているから教えてもらえなかっただけかもしれないけれど、実は部屋自体はけっこうあることがわかった。A社はその物件を扱っている会社に問い合わせをしていたが、E社は直接大家さんに交渉するとのこと(つまりE社の持ち物件の中から選んでいたのだろう)。さっそく1件電話をかけてもらったが、あっさり“子ども不可”とのこと。

 そうこうするうちに、幼稚園にかなり近いところにある部屋が検索にかかってきた。広さ、料金ともに条件内。外観の写真もいい感じ。「ここをねらっていきましょう」ということで、とりあえず私は帰ることになった。大家さんと連絡がとれたのが翌朝。最初は独身のみのところを、E社の担当者が交渉してくださったらしく、子どもOKになったのだ。

 最終的にはA社の物件(気に入ったところ+α)と、E社の物件(的を絞った1件のみ)の両方を姉と見て、E社の物件に決めることにした。A社の新人さんはがんばってくれたけれど、2日目のミスがちょっと大きかった。少なくとも、部屋番号を確かめてから現場に向かいましょう>おにいさん。そして、車の運転は慎重に!(こわかったよ〜)。断られても納得したことと思う。おやまぁ、いつのまにか選ばれる立場から選ぶ立場になってるし。なお、A社が紹介してくれた物件は、大手C社の持ち物件だった。

 さて、審査について。2件目の不動産屋さんで訊かれるままにだらだら答えてしまったことを反省して、A社とE社では先制攻撃(?)をかけることにした。まず条件を言って、ある程度お部屋をさがしてもらう。そして、詰めていく少し前に、こちらから以下のようなことをお話しした。

 母子家庭であること。保証人である姉は身元もしっかりしており安定した収入があるが、私自身は仕事はしているが去年おととしの収入は少なくて、収入証明が必要なレベルの審査だと難しいと思われる。がしかし、貯蓄があり、家賃が滞ることはない。預金通帳のコピーをお渡ししてもいいし、1年分前払いでもいい。

 話すタイミングがよかったのか、会社の方針なのかどうかはわからないが、A社もE社も快く引き受けてくださった。A社は新人さんにあれこれ教えていた主任らしき人が「私たちはお客様の味方ですから」とも言ってくれた。「むしろ正直に話していただいたほうがいいし、保証人の方がだいじょうぶならばOKですよ」というお話だった。E社も、同じようなお返事だった。

 やはりネックは、審査のことよりも「予算内で2人(うちひとり子ども)入居可能」な物件さがしだったと思う。あと1〜2万円上乗せすればすぐに見つかったのだろうが、この1〜2万円は大きい。予算内のところでなんとか見つかってよかった。

 あれから2年数ヶ月。更新もすませ、快適に幸せに暮らしている。いまのマンションの唯一の不安材料が1Fであることだったのだけれど、その不安を伝えると不動産会社の担当の人が、「1Fというのは意外と安全なんですよ、中で何をやっているかが見えるので。むしろ、2Fのほうが要注意かもしれません。のぼろうと思えばすぐにのぼれるし、住んでいる人も油断しがちだし。」と教えてくださって、心が決まったのだった。半分営業トークだったかもしれないけれど、結果的に1Fで大正解だったと思う。何しろまだ子どもが小さく、音をたててしまうことが多いので、階下の人に気を遣わなくていいのは助かる。

 当時は幼稚園への通いやすさを考えて場所を決めたのだけれど、小学校にもかなり近いことがわかり、本当にラッキーだったと思う。この幸運に恵まれたありがたさを忘れずに、ワンルームマンションでの快適親子暮らし計画をさらにすすめていこう!

 2008.07.13 Sunday 07:00 その他 permalink  
母子家庭の新居さがし(2)

 2件目の不動産屋さんがいけなかった。先輩らしき女性社員、後輩らしき男性社員、奥に年配の男性。年配の男性は営業はしないようだった。女性社員が他の方と契約の確認をしていたので、私の担当は後輩らしき男性社員に。条件を伝えて、1つ部屋を紹介してもらうことになる。そして行く道々で訊かれた。仕事のこと、収入のこと・・・。訊かれるままに正直にだらだらと答えてしまった。そのやり口にカチンとなり、なんだか横柄な態度になってしまった私。

 「保証人はしっかりしています」と伝えても、「問題は住む本人なのです」と言われる。「前払いしてもいいです」と伝えると「みなさんそうおっしゃるんですけど・・・次に住む方がどうであるかというより、以前住んでいた人が何をしたかってことなんですよね」とのこと。なんの話かは忘れたけれど「うちのような真面目な不動産は・・・」というフレーズも出てくる。私のような状況(低収入の母子家庭)では、ターミナル(?)の不動産屋さんはどこも相手にしてくれませんよ、なんだそう。

 で、見せてくれた部屋は、とても住む気になれず、現場でさよならをした。

 その日はもう1件だけ不動産屋さんに寄ったのだけれど、そこは「前払いならだいじょうぶだと思いますよ」とのお話だった。でも、紹介してくれたお部屋は幼稚園からかなり遠く、予算も超えていたし、娘も私も疲れきっていたので、本日の不動産屋さんめぐりはこれにておしまい。どんよりと帰路についた。

 次の日も、地元の不動産屋さんをめがけて、いざ出陣。前日は幼稚園から駅に行く途中のお店をまわったので、その日は幼稚園のその先に行ってみることにした。大学があるので不動産屋さんも多いだろうと思ったのだが・・・が・・・ない。1件も(おそらく大学の反対側の最寄駅に不動産屋さんがあったのだろう)。

 1つもお部屋も見ないうちに、ファミレスで昼食。娘の機嫌がすこぶるわるい。どうやら疲れてきているらしい。やはり小さい子どもを連れての連日の不動産屋さんめぐりは、けっこう大変。娘にとっても私にとっても。というか、そもそも部屋さがしというのはエネルギーがいるわけなのだが。

 どんよりとした気持ちで、きのう行かなかった駅近くの不動産屋さんに寄ってみたものの、紹介してもらったお部屋はやはり住む気になれない。うーん、状況きびしいかなぁ・・・

 またトボトボと帰路につき、仮住まいさせてもらっていた姉宅の最寄駅に降りると、大手A社の営業所を発見。こんなところにあったっけ? 物件は幅広くもっているだろうから、きくだけきいてみるか、と思ってきいてみたら、あるとのこと。どうやらそこはオープンしたて(正確にいうとオープン直前)のお店で、私の担当の若い男性は新人さん、しかも私がはじめてのお客さんだったらしい。

 なので、とにかく親切、熱心。私の出した条件をもとに、3人がかりでデータを調べてくれた。もう夕方だったけれど、なんとか行けそうだということで、3部屋見せてもらった。うち1つがけっこう気に入ったので(というか、はじめて「住める」と思った)、お店にもどって打ち合わせ。でも、まだ決められないので、とりあえずキープしてもらうことに。

(つづく)

 2008.07.12 Saturday 06:57 その他 permalink  
母子家庭の新居さがし(1)

 現在、親子2人でワンルーム生活をできていることのありがたさを今一度確認すべく、離婚直後のお部屋探しのことについて、当時の記録をもとに書いてみることにした。長い文章になるので、改行なしで。

 私は独身時代から引越しの回数が多く、結婚後も含めると全部で15回の引越しを経験している。うち自分1人でさがして決めた部屋は5ヶ所。不動産屋さんめぐりはそこそこ経験してきているほうだと思う。楽しいとさえ思う。がしかし、独身時代に1人で住む部屋をさがすのと、母子家庭という不安定な身分で子ども連れの部屋をさがすのとでは事情が違う。わかっていたつもりなのに、それを痛感したのはお部屋をさがし始めてからだった。

 これまでの自分の経験から「お部屋は足でさがす」という感覚があったので、情報誌などにはあまり頼らず、地元の小さい不動産屋さんをまわるところから始めた。そのほうが、情報誌などに掲載されていない良物件があると思ったからだ。そして、まず、自分の希望・条件を伝えて、いくつか物件を見せてもらった上で、なければさよなら、ありそうならば詳しく話をつめていく、という段取りでいこうと思っていた。

 がしかし、母子家庭の新居さがしに限っては、これは正解ではなかった。結局、地元の小さい不動産屋さんは、大家さんとのつながりを大事にするので、先行き不安な母子家庭に積極的にお部屋を斡旋してくれるところは、なかなかないのだ。しかも、2月上旬という時期。私が出した条件の部屋ならばいくらでも単身者(おもに学生さん)が入るようなところ。なにも、ほとんど収入のない小さい子供のいる人に貸す必要はないわけで。

 1件目の不動産屋さんは、まだよかった。すでに母子家庭が3世帯入っている、古い木造アパートの1部屋を紹介してくれた。母と子の2人入居はもちろん最初に伝えたが、母子家庭であることを告げたのはお部屋を見たあとだったと思う。でも、そこで決めるのはまだ早いし、検討してみますといって、2件目に移った。

(つづく)

 2008.07.11 Friday 22:35 その他 permalink